「貸すだけだ」
本日は2話更新です(12時・20時)。
「……掃除、続けとけ」
「え?」
デションは立ち上がり、そのまま奥の部屋へ入っていった。やっぱり、子供の戯言だと思われたんだ。熱かった耳が、今度は別の理由で熱くなった。僕は黙って箒を動かした。さっきより、ずっと丁寧に。ほかにすることが思いつかなかった。
奥から、何かを動かす音が聞こえる。箱を開ける音。金属同士が触れる、かちりという音。しばらくして戻ってきたデションの手には、何かが握られていた。
銃だった。
「……あ」
古い銃だ。ところどころに傷が入り、塗装も剥げている。銃身は新しいものに替えられ、銃床には割れ目を継ぎ合わせた跡がある。それでも、見間違えるはずがなかった。
いつも家の壁に掛かっていた銃。あの夜明け、焼け跡で僕を抱き上げたデションの手に握られていた銃だ。
「……父さんの銃」
声が掠れた。
「覚えてたか」
「忘れるわけないよ。あの朝、デションが持ってた」
デションは少しだけ目を伏せた。
「銃身は焼けてひん曲がってたし、銃床も割れてた。……捨てる気にはなれなくてな。部品を替えて、ときどき油だけ差してた」
それからデションは、銃を僕へ差し出した。
「持ってみろ」
恐る恐る受け取ると、ずしりとした重さが両手にかかった。鉄パイプとは、重さの質が違う。油と、古い木と、冷たい鉄の匂いがした。これは人を殺せる。モンスターを殺せる。本物の武器だ。
子供の頃、壁から下ろして触ろうとして、父さんにひどく叱られたことがある。あのときは、どうしてそんなに怒るのか分からなかった。今、腕にかかるこの重さの分だけ、少し分かる。
「勘違いすんなよ。ハンターやってた頃の主力武器じゃねえぞ。あいつが現役の頃に使ってたまともな銃は、引退するときにほとんど手放してる」
「じゃあ、戦車は?」
思わず聞いていた。父さんが戦車に乗っていたことは知っている。でも、その戦車がどうなったのかは、一度も聞いたことがなかった。
デションは少しだけ苦い顔をした。
「戦車はな……けじめだとか言って、屑鉄の丘に捨ててきやがった」
「捨てた?」
「売りゃいい金になったのによ。ハンターはもうやめる、ハンナと一緒になって畑をやる、だから戦車はもういらねえ。手元に残してたら、また乗りたくなるからってな。どこに置いてきたのかは、あいつしか知らねえ。もう二十年近く前の話だ。今頃はくず鉄の下か、とっくに誰かがばらして売っちまってるだろうよ」
父さんの戦車。屑鉄の丘の、どこかに。毎日あの丘を這い回っていたのに、そんなもの、影も見たことがない。
「この銃は、農場に移ってから使ってたやつだ。畑にモンスターが入り込んできたときに追っ払ったり、農場の連中を守ったりするためにな。旧式だが、撃てるようにはしてある。大ネズミ程度なら十分すぎる」
父さんの手が、この銃を握っていた。父さんが狙って、父さんが引き金を引いた。あの夜も、最後まで。そう考えたら、指が銃床に吸いついたように離れなくなった。
デションはもう一度奥へ戻ると、小さな箱を持ってきた。中には、弾が五十発ほど入っている。
「これも持ってけ」
「……僕にくれるの?」
「貸すだけだ。調子乗んな」
箱の重さを手のひらで量りながら、頭の中では勝手に勘定が始まっていた。弾がいくらするかなら、子供の頃から武器屋の店先で眺めてきたから知っている。床板の下の缶の中身を全部はたいても、この箱が、片手の指で数えられるほどしか買えない。一年かけて重くしてきた缶が、弾にしたらそれだけだ。それを、デションは「貸す」の一言で棚から下ろしてきた。
ジョウは「親父に言って」で戦車を手に入れた。僕は――頼んだわけじゃない、と言いかけて、口の中で言葉が止まった。差し出されたものを受け取っただけなのは、同じじゃないか。
「でも――」
「先に言っとくぞ。俺は、お前にハンターになれとは言ってねえ」
声が少し低くなった。
「ライセンスも出さん。今のお前じゃ早すぎる。銃を持ったからってハンターになれるわけでもねえ。戦車乗りたいって言ってりゃ戦車が空から降ってくるわけでもねえ」
胸に刺さった。でも今度は、目を逸らさなかった。逸らしたら、銃まで取り上げられる気がした。
「明日、くず鉄拾いに行くんだろ」
「……うん」
「そいつを持ってけ」
「いいの?」
「ああ。ただし入口だけだ。いつもお前がくず鉄拾ってる辺りに大ネズミがいるだろ。まず、あれを撃ってみろ。一匹撃ってみりゃ分かる。自分が本当にモンスターと戦える人間なのか、それとも頭ん中でハンターごっこしてただけなのか」
大ネズミ。鉄パイプを持っていても、近づいてこられると膝が笑う。噛まれれば普通に怪我をする。でも、この銃があれば。
「怖かったら逃げろ。危ねえと思ったら逃げろ。勝てそうでも嫌な感じがしたら逃げろ。恥でも何でもねえ。いいか、強いやつが長生きするんじゃねえ。逃げるべきときに逃げられたやつが長生きするんだ。俺も、お前の親父も、それで何度も生き残った」
父さんも、逃げたことがあったのか。あの夜は逃げなかった父さんが。
「それから絶対に奥へ行くな」
「分かってるよ」
「分かってねえ顔してるから言ってんだ。大ネズミを二、三匹倒したくらいで、自分が強くなったなんて思うな。屑鉄の丘の奥は別物だ。汚染だまりもある。強いモンスターもいる。お前みたいなガキが一人で入る場所じゃねえ」
「……うん」
「本当に分かったな?」
「分かった」
それからデションは、僕をハン協の裏手へ連れ出した。積み上げた空き箱の上に、錆びた空き缶を一つ置く。
「構えてみろ。……違う、片手で撃つな。両手で握れ。肩の力を抜け。引き金は引くんじゃねえ、絞るんだ」
言われた通りにやってみる。一発目は、空き缶のずっと上を飛んでいった。耳の奥がきんと鳴って、反動で腕が跳ね上がる。肩が抜けたかと思った。
「弾はタダじゃねえ。三発だけだ。あとは身体で覚えろ」
二発目も外れた。三発目が缶の縁をかすめて、からんと弾き飛ばした。
「……まあ、最初はそんなもんだ」
デションは弾の込め方と、弾が詰まったときの直し方を一度だけ見せた。それから空き缶を拾い上げて、僕の方を見ずに言った。
「いいか。撃つ前に、逃げ道を見とけ。どこへ逃げるか決めてから撃て。それができねえうちは撃つな」
何度も念を押された。デションは、僕をハンターにしたいわけじゃない。むしろ逆なんだろう。実際に銃を握らせ、実際にモンスターへ向けさせて、引き金を引く怖さを知れば、僕が諦めると踏んでいるのかもしれない。大ネズミ一匹に震えて逃げ帰ってくれば、それでいい。「ほらな。ハンターなんてやめとけ」と言える。たぶん、そういうつもりだ。
分かっていても、僕には違って見えた。ずっと閉まっていた扉の隙間から、ほんの一筋だけ光が漏れてきたように見えた。昨日までの僕には、戦車も仲間もなくて、武器すら持っていなかった。夢を口にしているだけだった。でも今、僕の手には父さんが握っていた銃がある。戦車乗りになりたい、ハンターになりたいと言い続けてきて、初めて、足の裏が一歩分だけ前の地面を踏んだ。
銃を両手で握り直す。
「……ありがとう、デション」
「礼は帰ってきてから言え。それと弾は無駄撃ちすんなよ。タダじゃねえんだからな」
「さっきも聞いたよ」
「何度でも言うんだよ。掃除も終わってねえぞ」
「……分かってるよ」
口の端が、勝手に持ち上がっていた。さっきまで鉛を詰めたみたいだった身体が、今は妙に軽い。浮かれるな、と自分に言い聞かせてみたけれど、ちっとも効かなかった。窓の外を見る。遠くに、屑鉄の丘が見える。
明日は、くず鉄拾いの日だ。でも、明日の僕は、いつもの僕じゃない。
入口から先へは行かない。そのときは、本気でそう思っていた。
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