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全てを失ったので、もう一度頑張ります  作者: 智慧砂猫


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EP.6 和解

◇◇◇






「(なぜ、こんなことになってしまったのか)」


 馬車の中の空気が重い。何時間も運動した後のような疲れさえ感じてしまうのは、乗っているメンバーの影響が大きい。


「浮かない顔だな。何か心配事か、フローレンス」


 ひとりだけ。ひとりだけが、堂々としている。


「ヴィクトル様……。とくにはありませんが、その」

「あぁ、なんだ。今回の任務が不安なのか。初めてだから仕方あるまい」


 そう。なんと言っても初任務。フローレンスが聖炎騎士団に所属してから二ヶ月。西部における魔物出現の報せが届き、討伐に出発したところだ。


 その討伐隊の編成はフローレンスを中心に行われた。魔物についての情報が少ないため、万全を期してヴィクトル、ライラ、バシリオ、フローレンスの計四名が討伐隊として西部の村を訪れ、討伐までの滞在となる。


 なぜ。と新入りは思う。ヴィクトルとライラは分かる。だが、バシリオはどういうことか。決闘のあとは険悪な雰囲気になり、宿舎からの出入りを禁ずるといった軟禁状態で、何度か顔を合わせもしたが、声を掛けるでもなく目を逸らされる日々。あまりにも。あまりにも気まずすぎて、気持ち悪さが胸の中でかき混ぜられた。


 とはいえ、そんなことが言い出せるわけもなく。結局、村に着く寸前まで身を縮こまらせて貝のように自分の心を守り、そのうち解消されると励ました。


「着いたぞ。俺は村長と話をしてくるから、お前たちはこのあたりで魔物について聞き込みをしておいてくれ。些細な情報でもいい」


 ヴィクトルが場を離れると、三人とも胸に手を当てて背筋を伸ばす。

 それから、最初に口を開いたのがライラだ。


「……どうする。私、ひとりでも聞き込みできる」


 真っ白な髪に褐色肌。赤い瞳。特徴的な南部出身の見た目をしていて、野蛮と噂される部族の民でありながら、その性格は穏やかで無口だ。二か月間の交流を経て、フローレンスはそれが照れているからなのだと知った。


「俺が新入りと回りますよ、副団長。皇国騎士団にいたんなら、このへんの土地勘はないだろうから誰かが一緒にいないと困るでしょ」


「……うん、そうだね。ニックスでも、そう言ったと思う」


 優しく微笑んで、他に何かを言うでもなくライラが聞き込みのために村を回り始める。想定していない状況にフローレンスは『人選ミスでは?』と不安になった。バシリオにはよく思われているはずがない、と。


「お~い、ぼさっとするなよ。俺たちも仕事しないと大公閣下にどやされる」

「あっ、はい、すぐ行きます」


 私的な感情は別だ。バシリオについていき、聞き込みを始める。


 色々と話を聞くうち、西部海岸に近い大きな森で、熊に似た大きな魔物を見たという話をいくつか耳にする。種類としてはそう珍しいものでもない中型の魔物か、あるいは動物の死骸を塒にする寄生種ではないかと推察された。


 そうして聞き込みを終え、ヴィクトルとライラが合流するのを待つことになった。これといって会話はなく、退屈しのぎにバシリオは煙草を吸い始める。吐き出された煙が風に乗って姿を消すのを眺めながら、彼はフローレンスを横目に見た。


「お前、西部(こっち)には来たことあんのか?」

「いえ……。皇国騎士団で魔物の討伐に出たのは数回だけですから」

「ま、そりゃそうか。あいつらは働かねえもんなぁ」


 会話はそこで途切れ、沈黙が通り過ぎた。


 そもそも何を話していいかもわからなかった。初日から決闘をして打ち負かした相手に、何をどう声を掛けていいのか。実力的には負けていましたとでも言おうものなら、あきらかに挑発行為だと思われる。だからといって気さくに普通の話題を投げるとしても、これまで会話すらしてこなかったのに、彼の気を悪くしないで楽しくコミュニケーションをとるのは、あまりにも難易度が高い。


 全身に重たく圧し掛かった緊張に圧し潰されそうだった。


「なあ、あのときは悪かったよ」

「……はい?」


 目を合わせず、空に煙を逃がす。ぽとりと落とした灰を踏み潰しながら。


「俺もカリカリしてた。団員の中に序列があるのは知ってるだろ。……恥ずかしい話が、良い歳こいて未だに序列は最下位。もう十五年は経つってのにな」


 不満ばかりが募る日々。いくら訓練を経ても魔力は増えていかず、限界を感じていた。四十を超えたら、もう伸びしろはないと諦めた。入ってくる新入りには馬鹿にされてきた。敬意などあったもんじゃないと吐き捨てて、毎日のように喧嘩を売られて腹が立っていた。騎士団にいたのも、ヴィクトルやニックスという圧倒的強者の前ではヒラ団員など蟻も同然だと思えたからだ。


 あれには誰も近づけない。誰もなれない。そう思っていなければ、今頃は騎士団などやめている。決闘の日も、また何人かに馬鹿にされていた。いい加減、歳なんだから引退した方がいいなどと言われてきた。どうせ伸びない、と。


 そんなとき、新入りが現れた。ニックスが連れてきたというだけで信頼できる実力者だとすぐに分かった。それが気に入らず、つい喧嘩を売ってしまったのを、バシリオはずっと胸の中で後悔し続けた。


「お前は良い奴だったんだよな。俺を負かした後でも、その目は馬鹿にしちゃいなかった。だけどよ、プライドってのが邪魔しちまって、どう謝ればいいか分からなくなっちまった。……すまん、俺が馬鹿だった」


 逆の立場だったら、どうだっただろうか。フローレンスは自分が騎士として歩めた道の美しさを知っている。恵まれた環境の中にいたと。人間関係には残念ながら苦しめられてきたが、バシリオのように周りばかりが前を歩き、自分だけが立ち止まっていたなら。それはそれで、かなり苦痛だったのではと考える。


「私は、あなたが弱いようには思いません。なんの気遣いもなく、そう思えるのです。これから成長をして、私がどこまで行けるかはわかりません。でも、きっと強くなれたとしても、この聖炎騎士団に入れるあなたが弱いはずがない」


 純粋。あらゆる不純物が混ざってなお、その輝きを失わない精神。

 驚きと称賛────それから、懐かしさが込み上げた。


「っ……あ~、そうか。忘れてたなあ、そういう気持ち」


 吸い終わった煙草を足下に落として踏み潰す。俯いて頭をがりがり掻きながら、自分の情けなさが滲んでバシリオはため息が出てしまった。


「若い頃はなんでも、やりたいことはやってみるもんでな。だけど、歳を重ねていくうちに現実ってのを分からされるんだよな。俺より十以上も若い奴が、俺よりも少ない時間で俺を超えていく……そういうのに打ちのめされるんだ。そうすっと、俺みたいなスレた中年のできあがりってわけ。自分が嫌になったぜ」


 憧れたら、それになれるわけではない。努力したら、必ずしも報われるわけではない。その黒い感情が塵となって積もり、いつしか大切なものを覆い隠す。最初は何度も手で払って綺麗にしてきたのに、その繰り返しが嫌になるときがくる。


 どう乗り越えるかを考えるのではなく、どう誤魔化すのかで生きるようになる。そんな情けない男が、どうして嘲笑われないでいられたものか。


「バシリオさんなら、まだ強くなれますよ」

「……本当にそう思ってるかぁ?」

「もちろんです。少なくとも、私は本気で言ってます」


 この人は自分の中に嫌な気持ちを抱えながらも前に進んできた。這ってでも追いかけていた。だから騎士団に今もいる。それなら、とフローレンスは彼を励ますでも慰めるでもなく、本心から────。


「もし、いつか本当に限界がきて立ち止まるしかなくなったとしても。やめなかったあなたよりは、ずっと強い。それは大切なことじゃないですか?」


 どれだけ傷ついてもまだ騎士を続けているバシリオを、フローレンスにしてみれば見習いたい部分があった。心を傷つけられて、ずっとふさぎ込んで、大好きだった騎士に戻ろうとする気力さえなかった自分とは違うから。


「けっ、新入りのくせに。……そうだな、俺もまた頑張ってみるよ」

「また手合わせ、よろしくお願いします」

「そんときゃ手加減ナシだ。絶対にリベンジしてやるさ」

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