EP.5 聖炎騎士団へ
訓練場はいつにも増して賑やかになった。皆が新入りの強さを話題にして、フローレンスの歓迎会を開こうとまで話し始める。一緒にいられれば良かったが、制服の採寸があるというので、仕方なく諦めて邸宅を出た。
既にヴィクトルが手配していた箱馬車に乗って衣装室へ向かう。見慣れた町の景色だというのに、久しぶりに高級な馬車に乗ってみると、どうにも腰が落ち着かない。数か月前までは乗り慣れたものだったが、身の丈には合っていなかった。皇太子妃になるからという責務だけで耐えていたに過ぎないのだと気付かされる。
「皇帝陛下はご自身の経験から、子供をひとりしか設けませんでした」
「……はい?」
窓の外の景色を眺めながら、突然ニックスは語り始めた。
「ですから、殿下を溺愛するのは必然だったのだと思います。教育は紛れもなく熱心でしたが、我が子のワガママに関してはよく甘やかされたそうです。あなたを立てていたのも、可愛い子犬を欲しがったようなものでしょう。もう気負わなくてもいいんですよ。あなたより態度の悪い騎士などいくらでもいます」
居心地の悪さを察してか、他の騎士たちを引き合いにしてフローレンスがリラックスできるように促す。今まではさぞや皇太子を立てるために苦労されたのだろう、と笑みは浮かべながらも馬鹿にはできなかった。
「ありがとう、ニックス。気持ちが楽になった」
「どういたしまして。ですが、他の騎士については本当ですよ」
不満げにため息を吐く。窓の外に見える巡回中の皇国騎士を見て、あれくらい聖炎騎士団も個々が己を律することができれば、と叶わない願いが頭を掠めた。
「我が騎士団は統率が取れているようですが、実のところ閣下と私のいないところでは怪我をするほどの争いが絶えません。自信家の集団ですから」
「……私が見たかぎりだと、そんなふうには思えなかったが」
バシリオ以外には温かく迎えてもらったふうに感じられた。
だが、ニックスは首を横に振った。
「我々には序列があるのは知っていますね。最も強い騎士に閣下を据えるとしたら、次点が団長を務める僕。そして副団長であるライラ・ラハブ。それより下の団員たちには全員、大公閣下から序列を与えられているんです」
「つまり三番から始まり三十番台まで……地位の奪い合いを」
「その通りです、賢いですね」
自分もこれからそこに加わるのか、と思うとゾッとする。皇国騎士団では序列を与えられるどころか、そもそも団長や副団長でさえただの役職。与えられた地位に過ぎず、貴族たちの社交場のひとつと捉えてもいいほど安穏としていた。
だからといって簡単に出世できるわけではないし、騎士としての務めを果たすときは命を懸けることにもなったが、聖炎騎士団ほどではない。
「やはり魔物の討伐を専門にしているから?」
「そこは惜しいところでして。そもそも魔力の素養がなければ受け入れないのはご存知ですよね。その意味がお分かりですか」
知っていれば簡単なことでも、その理由についてフローレンスは考えたことがない。魔力を持っていれば誰でも入れるのか。違う、そうではない。ならば、なぜ彼らは聖炎騎士団に入れているのか────。
「まさか、魔力を操るのに身体的な鍛錬が必要なのですか?」
「よくできました。ほぼ正解ですが、それ以上は想像もつかないでしょう」
ニックスが仰向けにした手の中に小さな炎がぼっ、と灯った。
「魔力に必要なのは集中力と判断力。そして鍛えられた体です。我々が日々、訓練を欠かすなと言われている理由。魔力を大きく、より強い力を振るうには、それに耐えられる体が必要になります」
ぎゅっと握ると炎は消える。パッと広げると今度は小さな風が舞った。
「普通の人間はこれくらいでも、とても疲れるんです。ですが訓練を重ねてきた我々は、これよりも多くの魔力で長時間の戦闘が行える。────だから即戦力として育てられる人間が欲しかった。それが、あなたに目を付けた理由だ」
フローレンスは皇国騎士団の中でも珍しく真面目で、たったひとりでも訓練を欠かさない人間だった。才能に溢れるだけでなく、努力することさえ厭わない。
団長補佐に任命されるほどの熱心ぶりはニックスも前々から見ていた。
「まさか広場に求人広告持って待ってるのが元騎士団長補佐とは思いませんでしたがね! いやあ、良い拾い物でした! 行方不明になったと聞いたときは勿体ないなあと思ってたので、こうして出会えて何よりです!」
「もしかして馬鹿にしてないか」
人がどれだけの苦労をして、やっとの思いで動いたかも知らないくせに。そんな悪態を吐きたくても、ニックスが本当に嬉しそうなので静かに呑み込んだ。
「いやあ、ハハハ、すみません。聖炎騎士団も最近は弛んだ訓練ばかりしていたものですから、新しい風を入れたかったんです。……それで、どうでした。バシリオとの決闘。彼もそれなりに強かったかと思うのですが」
真剣な問いに変わるとフローレンスもじっくりと思い返す。
「素晴らしい人だったよ。序列が低いなんて言っても、聖炎騎士団がなぜ最強と言われるかを知るには十分すぎる強さだ。あれが決闘ではなく戦場だったなら、彼の方が明らかに優れていたと言わざるを得ない」
決闘の内容は、あまりにフローレンスに有利だった。
技術では勝ったという自信はある。見抜く目が違った。
だがそれ以外を比較すれば、勝てた部分はまったくない。
「決闘では魔力を使わなかった。それに真剣の重みがあれば、あれほどの威力を耐えられたかも怪しい。あのとき、ニックスが彼を挑発したせいもあってか、動きも単調だった。私が勝てたのは、そういう過程があっての結果だ」
分析は正しい。バシリオが本気であれば負けていた。ニックスは静かに深く頷き、フローレンスというひとりの騎士の能力の高さを認めた。
「合格です。……正直、不安でした。あなたがただ強いだけの騎士なら、聖炎騎士団に迎え入れこそすれ、さほど期待も持たなかったと思います。その聡明さと素直さ、あなたのような人間こそ、我が騎士団には必要だった」
荒くれ者たちの集まる騎士団の統制は難しい。ヴィクトルやニックスは彼らにつきっきりにはなれない。いがみ合って喧嘩ばかりで訓練もまともにしない。いつだって序列争いのために味方同士で剣を向けあう。
だが、その序列も上位十人は何年も変わっていない。新しい風を入れて、もっと訓練に身を入れてもらうためには、彼らを打ち負かす可能性のある者が欲しかった。フローレンスは、まさにその条件を満たした騎士となった。
誰を意識して争うわけでもなく。騎士であることに誇りを持ち、努力を厭わない。分析も正確で、決して他者を見下さない。打ち破っても驕らない。
聖炎騎士団にはそういう人材が足りていない。誰もが互いをけん制しあい、軽口をたたき合って笑っていたかと思うと、目を離した隙に険悪な空気になる。それを仲裁するどころか、誰もが決闘が始まると喜んで野次馬根性を燃やす。
なんとも馬鹿馬鹿しい。統制の取れていない騎士団など、いつか命を落とす。壊滅する。ヴィクトルや自分では敬意こそ抱いてもらえるものの、立場と強さによる統制でしかない。心で彼らを結託させられる人間が欲しかった。
彼女ならば変えられる。そう確信することができた。
「では参りましょうか」
馬車が停まり、ニックスが先に降りてエスコートする。
振り返って手を差し出しながら、彼はニコッと笑って────。
「我らが聖炎騎士団へようこそ、フローレンス。あなたが制服を着て、我々と共に戦場に立てるときが今から楽しみです」




