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全てを失ったので、もう一度頑張ります  作者: 智慧砂猫


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EP.4 実力の証明

 目の前には名だたる騎士たち。フローレンスがかつて凱旋を見て憧れた、歴戦の猛者。羨望の眼差しで見つめた人々が立っている。ましてや、その中に自分も加わろうというのだから、緊張して気が気でない。


「フ……フローレンス・アウストラリスです! これより新たに聖炎騎士団の所属となりました! 皇国騎士団では団長補佐を務め、腕には多少なりとも自信がありますが、歴戦の皆様に肩を並べるには些か未熟と存じますゆえ、どうかご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします!」


 騎士たちからの第一印象は、それで定まった。『めちゃくちゃ緊張してるなあ』と気が抜けてしまった。可愛い新人。そんな印象だった。


「すんませぇん、団長ォ。この子、本当に大丈夫なんですか。魔力はともかく、とても俺らと一緒に訓練なんて出来なさそうに見えるんですけどォ」


 四十代ほどに見えるくたびれた表情の男が、ニックスに訴える。しかし、視線は確かにフローレンスを見ていた。言い返してこいと言わんばかりの目だった。


「僕はあなたなんてすぐに超えると思いますよ、バシリオ」

「……言ったな? じゃあ、その才能があるかを俺が見てやりましょう」


 わざと挑発で返したニックスは、フローレンスに耳打ちする。


「彼はプライドの高い男ですが、ご安心を。勝てますよ、あなたは」

「ちょっと……。私は入ったばかりなのに、いきなりそんな……」


 大して気にも留めていなかったのに、半ば巻き込まれる形でフローレンスは途端にバシリオとの一騎打ちをさせられる。相手は熟練の騎士。四十代ということは、少なくとも三十年近く、騎士として従事してきた男だ。勝てるかと不安になる。


 他の騎士たちはすっかり観客と化して二人を囲み、どちらか勝つかに賭けはじめた。良く言えば柔軟ではあるが、フローレンスの想像からは遠い姿だ。


「ではルールを説明いたします。まだ魔力を磨いていないフローレンスに配慮して、魔力の使用は禁止。純粋に剣の腕で競い合って頂きます。どちらかが気絶、あるいは剣を五秒以上、握っていなければその時点で負けとなります」


 渡された木剣を握りしめる。真剣ではないものの、久しぶりの感触には身が引き締まる思いだ。勝てるかどうかではなく、やらねばならないという騎士として、武人としての自分が奮い立たされる感覚にフローレンスの目つきが鋭くなる。


「なんだ、お前……案外ビビってないんだな?」

「臆病者に剣は握れない」

「なるほど。それが口先だけじゃないことを祈るぜ!」


 決闘に合図は要らない。どちらかが、あるいは両方が構えた瞬間から戦いは始まっている。バシリオの剣は重たく、熟練の捌き方でフローレンスを防戦に追い込む。ただ重いだけではなく素早い。序列が低いとはいえ、実力は確かだ。


「勝てよ、嬢ちゃん!」

「ベテランの腕を見せてやれ、バシリオ!」


 応援が飛び交う中、打ち合いは苛烈さを増していく。


 次第に皆が静まっていき、戦いを見守り始めたのは、動揺が見えたからだ。フローレンスではなく、バシリオの方だ。表情に焦りが滲んでいた。


「くっ……! いつまで防御してるつもりだ、勝つ気がないのか!?」

「その挑発に乗る気はない。私がやっているのは決闘だろう」


 戦場であれば、ただ身を守っているだけでは意味がない。


 だが、今は違う。限られた狭いフィールドの中で、互いに剣をぶつけあう逃げ場のない戦い。引くことを許されず、どちらかが攻め、どちらかが守るしかない。


 最初からフローレンスは守りに徹していた。バシリオの棘のある言葉や態度、先に踏み込んだとき、彼が攻撃的な性格であると確信に至ったからだ。


 戦場ではあらゆる敵が存在する。受け止めようとすれば剣ごと砕かれるような剛腕を持つ者。素早い身のこなしで駆け抜ける者。攻防のバランスに優れ、戦況を汲んだ戦い方をする者。フローレンスはまさにバランスに長けた人間だった。


 あらゆる戦いを経て得られる技術と判断力、それらを活かす才能。相手が新人だと見下して粗暴で強引な戦いを選んだベテランには、最初から剣のみによる戦闘での勝ち目はなかった。明らかな差があった。


 手を打たれて空に飛んだバシリオの木剣は、離れた場所に落ちた。


「私の勝ちだ、バシリオ卿。これで入団に文句はないな」


 木剣を振り返ったバシリオのうなじを軽くコツンと突き、動けば今度こそ気絶させようとする。勝敗が決まると、ニックスが勝者の名を告げた。


「決闘の勝者、フローレンス・アウストラリス」


 僅かな間を空けて歓声が響く。新入りがベテランを下す瞬間は、誰であっても面白い。納得がいかないのはバシリオだけだった。


「ふっ、ふざけるな! もっと真剣にやれば俺だって……!」

「そこまでにしておけ。見苦しいぞ、バシリオ」


 全員の心臓が鷲掴みにされたような緊張感が走り、歓声が途絶えた。騎士たちはいっせいに道を開け、姿勢を正すと頭を下げて動かない。


「これはこれは、大公閣下。どうしたんです?」

「……」


 決闘後のフローレンスとバシリオを交互に見て、ニックスを睨む。


「帰らせろと言ったはずだ」

「本人がやる気になったものですから。それで、いかがでしょうか」

「馬鹿馬鹿しい。と言いたいところだったが」


 決闘の後にも拘わらず、汗は流していても息のひとつ切らしていない。涼しい顔で勝利を掴んだ姿にはヴィクトルも驚かされた。


「(序列が低いとはいえバシリオも決して弱くはない……。腕がいいのは分かっていたが、なるほど。これはニックスが欲しがるわけだ)」


 聖炎騎士団は一騎当千の実力者揃い。とはいえ数が少ない。今は安定した勝利を手にしていても、欠員が出ておかしくない戦いもあった。少しでも戦力を増やしておきたいと進言したニックスの審美眼は、何にも勝る信頼感を持たせた。


「素晴らしい決闘だった。フローレンス・アウストラリス、貴君の聖炎騎士団への入団を正式に認めよう。ニックス、彼女を衣装室に連れていけ」


「はい、制服のオーダーですね。かしこまりました」


 ニックスに命令をすると、ヴィクトルは敗者を蔑んだ視線で刺す。


「バシリオ・ドラコ。お前には二か月の謹慎と宿舎からの出入りを禁ずる」

「……はい、大公閣下」


 大公を前にすれば、意地っ張りで態度の悪いバシリオでさえ、借りてきた猫のように大人しくなる。ただの権力者ではなく団長であるニックスよりも立場も実力もある騎士相手に刃向かうほど彼も馬鹿ではない。


「やったのう、お嬢ちゃん」

「君凄いね。バシリオだって弱くないのに」


 憧れの騎士たちに褒められてニヤニヤが止まらないフローレンスに近付き、ヴィクトルも決闘の内容から考えて、讃えるべきだろうと肩を叩く。


「見事だった、フローレンス」

「あ……。いえ、大公閣下のおかげで目が覚めたのだと思います」


 俯いているのは終わりだ。全てを失った以上、死ぬ以外で今よりさらに落ちることはない。であれば、あとはもう一度手に入れるだけ。愛する両親は二度と戻らないとしても、地位や名誉は回復できるものだと分かったから。


「それはなによりだ。……さて、諸君。今のところ魔物討伐に関する通達はない。だが油断するな。お前たちに与えられているのは討伐任務だけではない。日々の鍛錬もまた、怠ってはならない任務だ。つまらぬ慢心で俺の期待を裏切るなよ」


 バシリオの敗北は、本来あってはならない。いくらフローレンスが優秀だからといって、かすり傷ひとつもつけずに負けたのではベテランといえども、子供が剣を振り回しているのと変わらない無能ぶりだと言うような鋭い眼。


 騎士たちの精神は、たったそれだけで研ぎ澄まされた。久方ぶりの新人に浮かれていた。騎士たるものがどうあるべきかを目の前に見たのだ。負けてはいられないと奮起すべきところだったと各々が猛省する。


「ウーゴ、これから視察がある。護衛に就け」

「承知しました、大公閣下」

「では励めよ。俺がいないからと手を抜いたら殺す」


 ヴィクトルが立ち去ると、あれは本気の目だったとゾッとする。

 困ったご主人様だとニックスは愉快に笑った。


「さあさあ、皆さん。訓練に戻ってください。フローレンスは僕と衣装室に行きましょう。制服をオーダーするために採寸が必要ですので」

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