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全てを失ったので、もう一度頑張ります  作者: 智慧砂猫


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EP.3 騎士に、再び

 大公の騎士になる覚悟は、天に刃を届かせると言うも同義。普通の人間にはとても無理な話。ここが最初で最後の断れる場面だと分かった。


 正直なところ、フローレンスの気持ちは複雑で、ひどく揺らいでいる。


 騎士は憧れだった。だからこそ鍛えに鍛えて皇国騎士団に入った。今でも変わらないほど騎士でありたいと願う一方、それが自分の枷になるのも間違いない。周囲から見れば、団長補佐の役職を捨てた挙句、皇太子を裏切った恥知らずの悪女。後から知ったことではあったが、うわさすら流れていたのだから。


「……騎士でありたいとは思います。私はそのために腕を磨いてきました。でも、いまさら戻ったとしても、大公様の名を穢すだけではないかと」


 悪女がまた良からぬ企てで大公家に近付いたと思われては申し訳ない。騎士でありたい以上に、他人に迷惑を掛けてはならないという父の教えを優先する。


「それでいいのか?」


 ヴィクトルは眉ひとつ動かさず、そう尋ねた。

 意図が理解できず、ほんの間を置いてから同じことを口にする。


「ご迷惑は掛けられません。私は────」

「皇太子を誑かした稀代の悪女の本心はそれで良いのかと聞いている」

「それは……その……」


 本心。そう言われると、やはり心が揺らぐ。

 大好きな仕事だった。誰よりも真面目に取り組んだ。


「私だって、汚名を雪いで騎士に戻れるのであればそうしています。でも、もう何も持ってないんです。地位も、名誉も、誇れるものは何も!」


 思わず声を張ってしまうほど悔しさが溢れてきた。


 なにひとつだって悪いことをした覚えはない。品行方正が取り柄の男爵令嬢は、誰に対しても誠実であった。なのに、全てを失った。全てを奪われた。


「私には分からないんです。何をどうすべきだったのか、今もそう……。大公様と共に職務をこなすことは嫌ではありません。でも、公式の場に立てば、おのずと私の悪評は囁かれます。それではあまりにも」

「不名誉を俺が被ると。下らん話だな、聞いて損をした」


 ヴィクトルは呆れて席を立ち、ニックスの肩を叩く。


「帰らせていいぞ。他の奴を探せ」

「えっ、いやしかし……彼女ほどの腕利きは簡単には……」

「使い物にならん」


 馬鹿馬鹿しい、と退屈そうな眼つきで、俯いたフローレンスを一瞥する。


「己の価値を他人に委ねる者に用はない。失ったのなら手に入れればいいものを、塞ぎ込んで前にも勧めないのなら、うちで雇っても仕方がない」


 冷たい言葉にカチンときた。慰めを欲しがっていたわけではない。

 ただ、あまりにも血が通っていなさすぎると怒り、声を荒げてしまった。


「だったらどうすればいいんだ! たかだか歴史の浅い男爵令嬢如きが、どうやれば彼らに一矢報いることができる!? 影響力だって────」


「ああ、そうだな。影響力が違う」


 言ってから気付いたフローレンスが顔を真っ赤にすると、ヴィクトルはしてやったりな顔を浮かべて、高笑いしながら部屋を出ていった。


「ぐ、うぅ……馬鹿にして馬鹿にして馬鹿にして……!」

「ハハハ、レディ。そう怒ってはいけませんよ、あの方なりの激励です」


 表面的には冷たいが、手段があるときにはそれなりにアドバイスもする。だからこそ騎士団はヴィクトルを敬愛し、その名のもとに剣を捧げて集うのだ。


 ゆであがったような顔を両手で覆い隠すフローレンスを指さして笑いたい気持ちを抑えながら、ニックスは敬意の眼差しで主人の去った後に視線をやった。


「彼は自分の部下であれば、正当な理由のもと大公家の名を使うことを許可しています。もし、あなたが聖炎騎士団に加わるのなら、我々もあなたのために手を貸すことを誓いましょう。少々癖の強い騎士団ではありますが、いかがです?」


 再度の勧誘。傾いていた天秤をより重く、自分の方へ。


 もちろん騎士団に入れば、都合の良いことばかりではない。皇国騎士団では行わないような厳しい訓練や、これまでの安穏な生活には別れを告げることになる。それを踏まえてなお、フローレンスにはメリットが大きいはずだと。


 返事を待った。数秒。あるいは数十秒。それとも数分か。待ち遠しい答えは遠く感じるものだ。しかし、その指の隙間から見えた決意の瞳に安堵する。


「わかりました。私も聖炎騎士団に加わらせて頂けますか」

「僕には敬語使わないでくださいね」

「……わかった。でも、本当に構わないのだろうか?」

「何がです。まだ不安要素でも」

「いや、実績はあれど実力はとても追いついていない気がして」

「そうですね。確かに、実力の序列的には最も下でしょう」


 フローレンスの不安は分かる。厳しい訓練も障害も越える覚悟はあるが、そんなものは誰しもがやってきたことで褒められるほどではない。聖炎騎士団のように実力者揃いであればなおさらだ。


 実際、ニックスも剣を握ったばかりの頃はそうだった。だから気持ちは理解できる。寄り添う言葉を掛けるのは簡単だが、甘えは許されない。彼女もきっと、そんな甘やかす言葉を望んでいないというのも、目を見れば明らかと言えた。


「ですが、訓練を経ていけば序列などいくらでも変わります。実際、我が騎士団の序列最下位だった方が、今は副団長までされてますから」


「……そうなのか?」


 期待が高まって顔をあげる。努力ではどうにもならない壁があるのではと不安だったが、一気に叩き壊された音がした。


「誓って嘘じゃありませんよ。南部の民族出身で、魔物の出現記録もないような平和な土地の方でしたから戦闘もからっきしだったのですが、今では騎士団内でも認められた有数の実力者です。どうです、訓練風景の見学とか」


「えっ、本当に? 見学してもいいのか?」

「もちろんですとも。あなたも参加することになるんですから」


 このときばかりはフローレンスも少女時代に戻った気がするほど、目をきらきらと輝かせた。選ばれた人間にしか目にする機会がない貴重な瞬間を、騎士の端くれとしては見逃すわけにはいかない。


 面談も程々にして、ニックスはそれならとすぐに訓練場に案内する。


「訓練場は邸内にあるんです。というのも騎士たちの宿舎も兼ねて建てられたからなんですよね。もし聖炎騎士団の所属ということになれば、基本的にはこちらで暮らして頂くことになるのですが、問題はありませんか?」


「そうなのか。実は中央から離れたオリエンス区に自宅があるんだ、そちらから通うことは不可能だろうか。いや、ちょっと遠いか……」


 提案をしてみたものの無理があるなと自分でも思って苦笑いする。

 流石に、ニックスも申し訳なく首を横に振るしかなかった。


「それはすみません、いざというときに動きにくくなると困りますから。ですが休暇で静かに過ごしたい日は事前にお伝えしてくだされば構いませんよ」


「ははは、ありがとう。なら家は売らなくても良さそうだ」


 騎士たるもの、甘えは捨てるべきだろうと気持ちを改める。どこの騎士団に所属するかをよく考え直せ、と自分を叱責した。


「さて、こちらです。中はちょっとした立派なダンスホールくらいありますよ。────まあ、彼らがいると狭く感じてしまうでしょうが」


 大きな二枚扉が開け放たれた瞬間、フローレンスは固まってしまった。


「(存在の圧が尋常じゃない……。もしかしなくとも私は場違いなのでは)」


 分かっていた。分かってはいたことなのだ。聖炎騎士団が普通の人間の集まりでないことくらいは理解して、訓練の様子を見に来たはずなのだが────注目の視線を浴びるのは、とにかく痛い。


「なんじゃい、若造か。こりゃ退屈じゃな」


 窓から差し込む光で頭がぴかりと輝く、口髭の立派な老人が言った。木剣は持っておらず、その手には木製のナックルが嵌まっている。


「あなたは確か、鉄拳のウーゴ?」

「……!! ホホ、こりゃ良い子かもしれんのう!」


 自分の名前を知っているのが嬉しくて、ウーゴが立ちあがって手を差し出す。


「握手しよう、儂を知ってくれとるなど職業騎士ではなさそうじゃ」


 ウーゴは気難しく短気な老人で、騎士団内での序列の高さの割には、あまり名前を知られていない。皇国騎士団の人間でさえ彼らを知る人間は多くない。


 ゆえに職業騎士などと揶揄することがあったが、フローレンスの言葉に気を良くしたのか、嬉しそうに握手を交わした後、軽いハグを交わした。


「なんだなんだ。ウーゴの爺さんの機嫌が良くなったぞ」

「どこの誰だ、あんまり強そうには見えないが真面目そうな顔だな」


 ぞろぞろと騎士たちが集まってくる。囲まれてタジタジになるフローレンスを見かねて、ニックスがぱんっ、と勢いよく手を叩く。


「整列。五秒以内」


 三十余名の団員たちは指示を受けた直後に、ぶつかりもせず序列順に正確に三列に並んだ。フローレンスも「おお……」と感動してしまう徹底した動きに、ニックスも隣でご満悦な顔を浮かべた。


「皆さんに、ご紹介しておきましょう。こちらはフローレンス・アウストラリス。これから聖炎騎士団の仲間になります、優しく迎えてあげてくださいね」

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