EP.2 恵まれた才能
逃げたかった。だがニックスは追いかける気満々だ。そのうえ、彼はフローレンスと違ってフードも被っていないので、よく目立つ。皇国最強の騎士と名高い男が誰かと個人的に話しているふうに映れば注目を浴びて当然だ。
「わかった、わかりました……! 行くよ、行けばいいんでしょう!?」
「わお。そういう思いきりの良いところ好きですねえ」
結局流されるままに、フローレンスは大公邸へ招かれる事態となった。
応接室でしばらく待たされ、紅茶とクッキーの用意ができたら面談の始まりだ。相手は聖炎騎士団の団長を務めるニックス。状況判断ではとても勝てないとなれば、言葉の上手さも敵わないのは目に見えている。
渋々に応じて、釣り合わないと思ったら断ればいい。そこまで強引な方でもないだろうとフローレンスは少しだけ気持ちを楽にしようと努めた。
「ハハハ、そう気を張らなくても大丈夫ですよ。あ、敬語も使わないでください。僕は嫌いなんですよ、他人に敬語を使われるのって距離感あって」
「……自分は使うのに?」
意外なことを言う、と驚く。ニックスは優しそうに見えるが、その実、眼つきは鋭く、常に視線はフローレンスの仕草に向かう神経質さも感じられた。
「色々と理由はあるんですが、それはいずれ機会があれば話してあげます。それより、本題に入りましょう。あの求人の目的について」
気配が変わったのを感じ取って、フローレンスは息を呑む。
最強の聖炎騎士団が腕に自信のある者を求めるというのも不思議な話だ。きっと何か大きな理由があるに違いない、と。
ニックスがカップをソーサーにゆっくり置いた。
「我々は新たな仲間を探しています。それも聖炎騎士団に相応しい、魔力を備えた人間を。知っているでしょう、我々が武器に属性を纏わせて戦うのは」
聖炎騎士団の団員たちは皆が武器に魔力で属性を付与できる。何年か前に演舞が行われたときには、皆が美しい光景を見せてくれた。あのような騎士になれたら、とフローレンスも何度思ったか分からない。
特に団長であるニックスの纏う蒼い炎は見惚れてしまうほどだった。
「でも、私には魔力はないが」
「うーん、そうですね。簡単に説明をしてあげましょうか」
宙に円を描くと蒼い炎が渦になっていく。
「魔力はすべての人間に宿ります。ただ、これくらいの些細なことさえ出来ないのが普通なのです。我々はそれを増幅させる術を持っているので、あなたが今、魔力を持っていなくとも、増やして差し上げられます。ただし個人差は出ますが」
これまでも聖炎騎士団はそうして人数を増やしてきた。魔力を増やすこと自体は、個々の才能はあれど難しいことではない。問題は────。
「問題は強さです。現場での経験もなく、平和に満ちた皇国で逸材を見つけるのは難しい。なにしろ我々の相手は時折発生する魔物。人知を超えた力を持ち、あらゆる生命を冒涜するように脅かす怪異とでも言いましょうか」
指先で炎の渦を突くと、ふわっと消えた。
「彼らは実に神出鬼没です。その強さも区々だ。それゆえに我々は腕の良い仲間を集めなくてはなりません。張り紙をしておけば、釣られた人間が広場にやってくるので強さを遠目に確かめられます。あなたは見事に私の眼鏡に適ったというわけですね。どうです、光栄なことだとは思いませんか?」
冗談めかした言い方をしてクッキーを小動物のように小さく齧り、あまり気を重く受け止めさせない。見るからにフローレンスが緊張していたからで、せっかく大物が釣れるかもしれないのに、下手を打って逃がしたくはないのだ。
「だとしても私には聖炎騎士団は荷が重いというか……。確かに以前は皇国騎士団に所属していたが、団長補佐だ。実績と見るにはどうかな」
「十分な実績ですよ。貴女は自分を過小評価しているようですが」
ニックスの評価に嘘偽りはない。ただの令嬢にしておくには惜しい。
「普通、騎士を目指すのは五歳か七歳頃です。正式に見習いとして騎士団に採用されるのが十四歳。では、あなたはどうです。十七歳で既に見習いではなく正式な騎士として試験を通過したうえ、たった数年で団長補佐。それがどれほど才能に恵まれているか気付いていらっしゃらないようだ。運だけで此処まできたとでも?」
もし採用価値がなければ、広場に来た時点で断りを入れた。だが、顔が見えずとも彼女ならば十分に条件を満たすと考えた。だから声を掛けたのだ。最初から見覚えのある男爵令嬢だったからではない。
「あなたは聖炎騎士団に属する名誉ある機会を与えられたんです」
「……わかった、そこまではいい。だが、私との取引にどう繋がる?」
「そこです。あなたは叔父を警戒しているようですが心配はいらない」
堂々と足を組み、手を膝に置いた。ここからは既にフローレンスを団員として迎えられる、と確信を得ての態度を取った。
「我々はあなたの身分を保証できます。奪われた男爵位を取り返すのは申し訳ないが難しいでしょう。ですが少なくとも、彼の牙をへし折ることはできる。聖炎騎士団に所属した者の身分は大公家による庇護を受けますから」
騎士たちは大公に剣を捧ぐ盟約を交わし、その対価として大公からの恩恵に与ることができる。それは身分も例外ではない。
「つまり大公の所有物となる、と……」
「ええ。そうすれば、アウストラリス男爵も簡単に手出しは出来ません」
いくら我が娘であろうとも、大公の所有物となった時点で指一本でさえ気軽に触れることは許されない。よほどの馬鹿でもないかぎりは手を出したりはしない。ましてや男爵家は資産こそあれど歴史は浅く、あるのは小さな領地だけ。
かの男爵家が大公の名誉に傷を付けたとあっては無事では済まない。吹けば飛ぶ藁の家のように頼りない領地など守り通すのは無理難題だ。
「ですからぜひフローレンスにも、うちの騎士団に────」
話がぷつりと途切れたのは、部屋の扉が開いたからだった。来客中にも拘わらずノックもせずに開けるとは無礼なと目をやった瞬間、そこにいるのが大公であることに気付くと表情を柔らかくする。
「これはヴィクトルさん。ちょうど今、新しい団員の勧誘中でして」
「見ればわかる。俺も同席しようと思ったのだが……」
柔らかそうな黒髪が僅かに揺れた。白い肌と整った顔立ちに合わせたような山吹色の瞳が、フローレンスを捉えて驚きに丸くなった。
「お前……。あのとき宮殿にいた令嬢か」
「え?」
フローレンスはすっかり忘れていた。そして、嫌でも思い出してしまった。
婚約破棄を言い渡され、わんわんと幼子のように泣きじゃくりながら宮殿を出ていこうとしたときに、ぶつかった男がいたのを。
嫌な思い出と同時に彼の顔がフラッシュバックして、顔が真っ赤になった。
「アッ、エット、違うんですよ、あのときは色々あったと言いますか、顔を存じ上げなかったものですから無礼な態度を取ってしまって申し訳────」
「落ち着け、俺は別に何も気にしていない」
慌ただしい令嬢もいたものだと戸惑いつつ、空いた席に腰掛けた。
そこに座っているだけでニックス以上に存在感が強く、圧を感じてしまう。
「あの、すみません。私のような者がこんなところへ来てしまい……」
「誰であろうと、どうでもいい。ニックス、こいつは使えるのか?」
厳しめの返答にしょんぼりするフローレンスを横目に、ニックスは実に愉快そうな表情を浮かべてヴィクトルに報告をする。
「もちろんです、閣下。彼女は実に素晴らしい腕を持つ騎士ですよ」
疑うというよりは確かめるような目でフローレンスを見つめたヴィクトルは、ニックスの報告には間違いなさそうだと納得して小さく頷く。
「わかった、ニックスが勧誘したのなら俺も問題はない。後はお前の意思次第だ、令嬢。聞かせてもらおうか、聖炎騎士団に名を刻む覚悟があるかどうか」




