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偽りの婚約破棄令嬢は恋を胸に、遠き蒼穹の彼方へ  作者: ニセ@梶原康弘


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第13話 魔少女召喚

 「し、失敗しただと?」



 ランスロットは魔法式の伝声管を持ったまま、怒りに声を震わせた。


 報告を待てなかった彼は、首尾よくルーベンスデルファーを撃墜出来たのか、王宮から空軍基地の司令部へ直接聞いていたのだった。


 だが、その返答は彼の望んでいたものではなかった。



「どういうことだ! セント・ラースロー帝国空軍最強の第三飛行隊はドラゴンも屠ったというではないか! それが十二機の最新鋭戦闘機で待ち伏せて、たった一機を撃ち落とせなかったというのか?」


「恐れながら殿下、その通りでございます」


「馬鹿者! その通りで済むか!」



 カッとなったランスロットは「この無能どもが! 貴様ら揃いも揃って一体何をしておったのだ!」と怒鳴り散らしたが、相手は空の荒武者達を纏める海千山千の空戦隊長である。我儘な皇族が烈火の如く怒ったところで、子供が癇癪を起した程度にしか感じていない。



「性能が違い過ぎました。それにパイロットが恐ろしいくらいの凄腕で……明らかに彼は我々とは次元の違う空の戦いを経験してます」


「感心してる場合か!」


「ルーベンスデルファーと言いましたか……彼は何者なのです? それにあの戦闘機は我が軍の新鋭機と聞かされていましたが、我々のガレッカⅣとは世代が違うくらい性能差がありましたぞ。一体どういうことなのですか、殿下」


「それは……」


「後部座席にはフェリーリラ王国のロゼリア姫がいらっしゃいました。どういった事情で搭乗されていたのです? 拉致されていたようには全く見えませんでした。『私をこのまま行かせて下さい』と、必死に訴えておいででしたが……」



 返答に窮したランスロットは「黙れ! 余を誰だと思っている! 軽々しく質問などするでないわ、無礼者!」と逆ギレして喚き出した。



「貴様は余の質問にだけ答ればいい! 本来なら余と直々に話せるような身分でないことをわきまえろ、下郎が!」


「……そうですか。下郎呼ばわりされて私も話す気が失せました。これで失礼いたします」


「なんだと? おい!」



 応えはなかった。現実を知らぬ青二才の逆ギレなんぞに付き合う気などない、とばかりにガルダ大尉は電話を切ってしまったのである。


 ランスロットは怒りに任せて伝声管を床に叩きつけると、バラバラに砕けたそれを何度も踏みつけた。



「クズが! クズどもが! おい、第三飛行隊の指揮官もパイロットも全員クビにしろ! 今すぐにだ!」


「……」



 優秀なパイロットや指揮官を簡単に罷免して、この先どうやって帝国の空を守れというのだろう。


 傍に控えていた空軍次官のバレストン中佐は何も言わず、機械的にただ「かしこまりました」と応えた。



「くそっ、どいつもこいつも余の顔に泥を塗るばかりの役立たずが!」



 毒づいたランスロットはイライラしながら「バレストン、ルーベンスデルファーは今どこにいる」と向き直った。


 彼はランスロットの前に、持参した地図を広げた。覗き込むランスロットの横からアリストゥスも顔を出す。バレストンはチラリと見たが何も言わなかった。



「彼はセント・ラースロー首都ペストブルダの王宮庭園を飛び立ってから真っすぐ北を目指しています。第三飛行隊が先程、迎撃に失敗した地点がここ」



 彼は地図の一角を指で示した。



「なんだと? もうそんなところまで行っているのか!」


「このままだと明後日にはおそらく国境を越えてしまうでしょう」


「駄目だ、そんなことは余が許さぬ! あれだけ余を侮辱しておいておめおめ国外へ逃がすなど!」


「水も」



 アリストゥスが口を出し、ランスロットは慌てて「そ、そうだ。水宝玉も取り戻さねばならん!」と付け足した。



「それにエインゼルも取り返さねば。あれは余の傍におらねばならんのだ」


「……」



 あの晩、ルーベンスデルファーとエインゼルに「追放だ」だの「この国から出て行け」だの叫んだことなど忘れたように、ランスロットはイケシャアシャアと捲し立てる。


 バレストンは自分勝手な主君を今さら諫める気など起きなかった。



「国境守備隊の飛行隊に必ず奴を撃墜させろ! だがエインゼルには決して傷をつけてはならんぞ。いいな!」



 セント・ラースロー空軍最強の飛行隊でさえ相手にならなかったのだ。撃墜など、もはや無理だろうに……そう思ったバレストン中佐は「殿下、彼を説得して投降させてはいかがでしょう」と、現実的な提案を口にした。



「説得?」


「そうです。彼をどこかへ着陸させ、交渉するのです。殿下の恩情で寛大な処分を約束するから投降せよと。エインゼル嬢には水宝玉を返して殿下へ伽仕えすることで罪を許すと」


「……」



 ランスロットは、自分が下手に出るのが不服らしく露骨に嫌な顔をしたが、どのみちこのままでは国外へ逃げられるだけである。不承不承うなずくしかなかった。



「では国境守備隊の飛行場に着陸させ、そこを交渉場所にしましょう。遭遇が予想される空域に白塗りの非武装機を向かわせ、接触させます」


「……そこらへんはお前に任せる」


「殿下、投降を促すなら何か恩典を用意しなければなりますまい。例えばルーベンスデルファーには罪を問わず賓客の礼を持って遇する、エインゼル嬢にはフェリーリラ王国へ水供給の再開を約束するとか。それでしたら彼等が交渉に応じる可能性も……」


「ふざけるな! あれだけ侮辱されて、そのようなことなど断じて出来るものか! ルーベンスデルファーもエインゼルも交渉を申し出た余の寛大さだけで感涙し情けを乞うはずだ! 当然であろうが!」


「……」



 この交渉は絶対上手くいかないな、とバレストンは内心思ったが顔には出さなかった。失敗したところでそれは皇子の自業自得である。勝手に恥を重ねればいい。



(自分自身の失敗を他者へなすりつけられまい)



 彼は敬礼すると踵を返し、足早に執務室を後にした。


 執務室の外では、決裁や承認待ちの政務官や大臣達が大勢、廊下に列を作っている。


 ドアをノックして入室の許可を乞うても大抵返事がなく、かといって強引に入室すれば怒号を浴びる。


 結局ランスロットがアリストゥスとイチャイチャするのに飽きるか、手が空いた時を待つしかない。そんな人々が列を成しているのだった。


 この国の政務はますます滞っていた。税で賄われる社会保障やインフラの整備も遅れたり止まったり。人々は国政へ次第に不満の目を向け始め、治安の悪化もあちこちで報告されている。


 だが、例によってランスロットは、一向に国政へ真剣に向き合おうとはしない。時間があればアリストゥスを溺愛してばかり。

 そしてもうひとつ……皇子の知らないところでさらに深刻になっている問題があった。



「聞いたか? 帝国の水の産出量がついに三割を切ったぞ。資源管理局が昨日から大騒ぎしてる」


「建国以来こんなことはなかった。一体どういうことなんだろう」


「原因は未だにハッキリしていないそうだ。減り始めたのはランスロット殿下がアリストゥス様をはべらせるようになってかららしい」


「事態が深刻なので、節水を呼び掛ける布告を殿下に出していただきたいんだが……」


「駄目だろう。あのランスロット皇子が承諾するはずがない。困ったな……」



 政務官や大臣達は青ざめた顔を寄せ合ってひそひそと話を交わし、ため息をつきあった。



「どうしたものか……」


「ランスロット殿下に、そうお伝えしましょうか?」



 誰かが頬を寄せてささやいた。


 誰だと振り向いた政務次官は、そこに笑みを浮かべているアリストゥスがいたので「ヒッ!」と怯えた声を上げて飛び退いた。


 いつの間に、どこからどうやって現れたのだろう。


 廊下でたむろしていた人々は一斉に息を呑み、妖しい美しさを振り撒くこの少女へ凍り付いたような眼差しを向けた。



「あらあら。そんな目で見ないで下さいまし。ランスロット殿下の寵をいただいているだけで良く思われていないと分かっておりましたけど」


 アリストゥスは口に手を当ててコロコロと笑ったが、その紅玉の瞳は笑っていない。


「ランスロット様はまもなくセント・ラースロー帝国の帝位に就かれる御方。この国をどこへ導いてゆこうと、私たちはただついてゆくしかございませんわ。それが滅びへの道であろうと……そうは思いませんの?」



 誰も一言も発しない。



「皆さまが何もなさいませぬなら、殿下が正しい道へ導いて下さいますよう私、これから祈祷の間で神意を得て参りますわ」



 怯えたように自分を見つめる人々を侮蔑したように赤い瞳で見回し、口の端を吊り上げた彼女は、ドレスの裾をさやさやと鳴らしながらその場を去ってゆく。


 人々は声もなくその後姿を見送るしかなかった。



(王を気取る愚者を諫める気概もない者たち。お前達には何も分かっていまい。この国の水が減っている本当の理由など……)



 そう思いながら、アリストゥスは王室の敬虔な人々が祈祷を行う大広間へ足を踏み入れた。



「……」



 他に誰もいないことを確かめると後ろ手に扉に鍵を掛ける。


 そして、広間の中心へ進み出るとアリストゥスは一礼し、小さな声で呟きながら艶やかな仕草で舞い始めた。


 一見するとそれは見る者を惹き付ける美しい円舞だったが、その足取りは広間の床に六芒星を描き、つぶやきは呪詛にも似た邪悪な言葉で綴られていた。


 アリストゥスは、この世界の人々が言い伝えでしか知らない、古き神話の時代に創られた召喚魔法を唱えていたのである。


 やがて……六芒星の中心に青い焔が揺らめき、それを認めた彼女は足を止めた。


 揺らめきの中に蠢く無数の光を覗き込む。

 それは霊界を彷徨う魂の群れだった。



「あの者と同じ世界に生き、憎しみに燃えて空を駆けた者をここへ、我が手のなかへ……」



 条件に合わぬ魂は、ふっと光を失い、次々と焔の底へと落ちてゆく。


 アリストゥスは瞳をギラギラと輝かせ、焔の中に呼び掛ける。



「私が求めているのは憎しみ。技の高さより、経験より、憎悪に憑かれている魂よ。それでこそ私の下僕しもべにふさわしい……」



 そして……



「ふふふふ……見つけた。とうとう見つけたわ!」



 真っ赤な瞳を煌めかせ、アリストゥスは一つの青い光を両手で掬い上げた。


 光は、揺らめきながらひたすらに呪詛を叫び続けている。



(憎い……憎い……ドイツ人が憎い……)


(私の家族、友達、愛する人を全て奪い去った……)


(生きている限り、いいえ、死んでも未来永劫、お前たちをどこまでも呪い続けてやる……)



「気に入ったわ、赤い星の国の女騎士。お前が駆った鉄の翼も一緒に蘇らせてあげる。お前が憎んだ国の空の騎士をどこまでも追うがいい。私の水宝玉を取り返すのよ」



 空に浮かべた魔法陣へ光を乗せると、それは眩しい光芒を放ち次第に一人の少女の形となっていった。


 アリストゥスは目を細め「私の魔少女。お前をもう一度、戦いの空へ解き放ってあげる」と呼びかける。



「目覚めるがいい。リディア・リトヴァク……ソヴィエトの撃墜王」

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