第12話 空の騎士
「なッ……!」
転瞬。
敵機がふいに翼を大きく切り返し、今度は右旋回へと反転したのだ。
その鮮やかな身のこなしに「ドラゴン・スラッシャーズ」飛行隊のパイロット達は一瞬、我を忘れ……そして、そんな彼らの編隊の真っただ中を敵機は見事にすり抜けていってしまった!
「くそ! してやられた!」
無理して機体を反転させて追おうとした一機がバリバリと翼を折ってしまい、そのまま墜落してしまった。機体の強度が耐えられなかったのだ。慌てて脱出したパイロットは、そのままパラシュートを開いた。
「レナート、見えるか? こっちは失敗した! 性能も段違いだが操縦している奴はかなりの手練れだぞ! 急降下で奴をなんとか捕捉しろ」
「了解、やってみます!」
見上げると、スキージャンプのように一機、また一機と落下に近い角度でB編隊のガレッカ戦闘機が急降下するところだった。降下速度も加われば一時的に最高速度が更に上がる。
(逃げているアイツをあれで捕捉することが出来れば……)
だが、こちらもまったく話にならなかった。急降下する先の地点を的確に先読みした敵機が巧みに右に左に避け続け、付け入る隙を一切与えなかったのだ。
なおも「ドラゴン・スラッシャーズ」飛行隊は必死に追いすがったが、しばらくするとエンジンを全開にさせ続けた無理が祟り、一機、また一機と脱落していった。
「駄目だ、エンジンが焼きついちまった!」
「ちくしょう……」
パイロット達は歯噛みして悔しがったが、どうしようもなかった。
編隊長のガルダ大尉も唇を噛んだ。
しかし、あの未知の戦闘機にこのまま手も足も出ず取り逃がしたとあってはセント・ラースロー帝国空軍最強の飛行隊にとって屈辱以外の何物でもない。
(せめて奴に決闘を挑めないか?)
彼は誇りある戦士として、どうしても一矢報いなければ気が済まなかった。
祈るような思いで敵機に向かって機銃を短い間隔で何度か連射する。俺と一対一で戦え、戦ってくれと呼びかける。
しばらくしてそれに気づいたらしく、敵機は急に速度を落とした。
「おおっ!」
ガルダの目が歓喜に輝いた。 敵機の傍へ自機を寄せる。空に生きる男の病気というべきか、腕のある敵と命を懸けたやり取りが出来るかも知れないというだけで胸が躍った。
「お前ら、絶対に手を出すな。俺は今からコイツに決闘を挑む。一対一だ」
「大尉……」
ガルダの宣言に部下たちは一様に息を呑んだ。
敵機の風防が後ろへスライドし、パイロットが顔を見せた。ガルダは喰い入るようにしてパイロットを見る。
「……」
端正な、それでいて凛々しい顔立ちの若い青年だった。若さとは裏腹にその顔には一種の凄みが刻まれている。無数の過酷な戦場を渡ってきたに違いない。
彼は、けなすでも憐れむでもない静かな表情で、自分へ何か呼びかけている様子のガルダをじっと見つめている。
「俺と戦え! 戦ってくれ!」
右手で自分の胸を叩き、ガルダは必死に呼びかけた。その意を悟ったらしい彼は「すまないが、それは出来ない」というように黙って首を横に振り、親指で自分の後ろを指した。
「……?」
彼の後方の席に花のような少女がいた。おそらく総司令部の参謀が「連れ返れ」と無茶振りしていたフェリーリラ王国姫ロゼリアだとガルダには容易に察しがついた。では彼女が、自分の渇望する決闘を受けられない理由なのか。
(なんと可憐な……)
彼女は「空こそ俺の恋人」と嘯く荒くれ男のガルダでさえ見惚れてしまう美しい容姿をしていた。その顔にはあきらかに気品と知性が見て取れる。装飾具のような類のものは身に着けていないが、それは却って彼女の凛とした美しさを際立たせていた。
これほど見目麗しい乙女との婚約を破棄する皇子はただの馬鹿じゃないのか……ガルダはそうとしか思えなかった。
その彼女は、彼の目の前でしきりと頼み込むような仕草をしていた。
体調がよくないらしく何度もふらついていたが、それでも彼女は魔法でシーリングされているらしい水宝玉を掲げ、必死に何かを訴えている。
言葉は聞こえなかったが、伝えようとしていることはハッキリと分かった。間違いなく、「私たちをこのまま行かせて下さい!」と訴えているのだ。
(アンタを憎んでいる訳じゃない。だが俺も譲れないんだ)
(このまま行かせたら俺たちの立つ瀬が……)
そう叫びかけた彼の上を、そのとき大きな影が覆った。
「何だ……?」
思わず見上げたガルダの視界いっぱいに次の瞬間、赤黒い鱗で覆われた翼龍の身体が広がっていた。
「!!」
今まで彼等が狩った龍とは明らかに大きさも格が違う。ガレッカ戦闘機の五倍はあろうかという巨大なスケールの飛龍だ。
後方に控えていた部下は、「た、大尉……龍が……」と言ったきり声を失った。
空の平穏を乱された龍が、怒り心頭に発して現れたのだ。
「しまった……」
必死に追跡するあまり、ガルダは龍の存在をすっかり忘れていた。
今日は脱落や墜落が相次いでいる。今さらチームで連携し戦うなど出来る相談ではなかった。ましてや、これほど間近にまで接近されてしまっては……
今さら戦おうにも「詰んだ」も同然だった。
だが、次の瞬間。
真っ青な顔で震えているガルダの向こうで、未知の戦闘機は風防をぴったりと閉め、飛龍の眼前を大きく右から左へ横切った。明らかな挑発である。
当然ながら龍はけたたましい咆哮をあげた。スロットルを開け、加速してゆく戦闘機の後を龍は追う。窮地にいたガルダは、捨て置かれる形で九死に一生を得た。
だが身代わりに標的となったあの戦闘機は、一体どうやって飛龍と戦うつもりなのか。
ガルダが固唾を呑んで見守る中。
龍に己を追わせた未知の戦闘機が次に見せた妙技を、彼はその後の生涯の中で、ついに忘れることがなかった。
戦闘機は急に減速しながら龍の周囲を、まるで緩く円を描くようにしてぐるりと横転したのである。
追われる立場だった未知の戦闘機が、まるで魔法でも使ったように龍の背後という絶好の射撃位置にピタリとついたのをガルダは驚愕の眼差しで見つめた。
そして次の瞬間、機首に装備された複数の機銃と機関砲が火を噴いたのである。赤い閃光を纏った銃弾が飛龍の身体へ容赦なく突き刺さってゆく。
致命傷を負った龍は、悲鳴をあげて地上へと墜ちていった。
「……」
ぼう然とするガルダの前で、未知の戦闘機は大きく翼を傾けると再び北へ……フェリーリラ王国への方角へと進路を向けた。
かすかに見えた後部座席から、あの少女が胸に手を当てて頭を垂れ、祈るような仕草をしていたのが目に入った。墜ちていった龍を憐れんでいるのだろうか、それとも自分に対して無事に帰れるよう祈っているのだろうか。
その姿は、とても美しかった。
「……」
ガルダはもう後を追おうとは思わなかった。
命びろいした彼の周囲に、いつの間にか残った味方のガレッカ戦闘機が三々五々と集まっている。誰もが無言だった。
しばらくしてガルダは部下たちへ「帰ろう」と、静かに告げた。
「大尉……」
「俺たちの負けだ。さっきの見事な戦技を見たか? それに俺は……生命を救ってくれた相手を撃墜するような卑怯者にはなれん」
「……」
応える者はいなかったが彼等はガルダに黙って従った。翼を翻し、自分達の基地へと機首を向ける。
誰もが自分達の初めての敗北を、それぞれ胸の中で噛み締めていた。
だが、悔しさや怒りは不思議と湧いてこない。ガルダはため息をつき、「還ったら皆で静かに一杯やろう。オレが奢るよ」と部下たちを慰めた。
「変だな……負けたはずなのに、これで良かったような気がする」
一人の部下が、ふと心に思い浮かんだことをつぶやいた。
「大尉、もしかしたら我々は戦うべきではない相手に今日、まみえたのかも知れませんね」
「そうか……もし、そうだとしたらこの妙な気持ちも納得ゆく」
ガルダの脳裏に、花のような乙女を戴いて翼を駆る空の騎士の姿が蘇った。
(ルーベンスデルファー、お前が望んでいるものが何かは知らんが……)
(それが叶うことを、俺は祈っているぞ……)
最後にせめてもう一目、見送れないものかと背後へ首を回す。
だが、彼方に拡がる空の向こうへ去っていった機影を目に捉えることは、もう出来なかった……




