その12
戻る港を見失ったフェリーは直進していく。もうすぐでこの国の経済水域を突破するだろう。まあ、どう考えてもその前に海上保安庁あたりに捕まると思うのだが。
「どうだった。上手くいったか?」
「うん、ありがとリュウさん」
「聖歌ちゃんも喜んでいると思うぜ」
「いやあ、ナーさん。別に喜んではないと思うよ?」
三人は甲板で祝杯を上げている。
「そういえば、サイコ野郎は?」
「まだジーザスしてたから舞台に置いてきた」
「あいつ、マジサイコ野郎だったな」
「それをいうならマジサイコーね。意外とオモローだったよ」
「確かにそうかも」
三人は屈託なく笑いあった。
「……ちょっとお楽しみのところ申し訳ありませんが。よろしいですかね?」
声をかけてきたのは皇子だった。ちゃっかり着替えている。ただ、その表情は疲れ切っており、覇気がない。
「どうしたの? そんなにやつれて」
「誰のせいだよ本当に」
深いため息を吐くと、皇子は質問をしてきた。
「言いたいことは色々あるけど、それはもういいや。教えてくれ、どうやって潜り込んだ?」
「この名前に見覚えはある?」
まーが取り出してきたのは一通の招待状だ。質問に質問を返されて顔をしかめる皇子だが、その招待状をじっと見た。
「歌島一輪……あの引きこもりか?」
「正解。あの子の代わりに来たのよ。もちろんメイクと変装はしっかりして来たけどね」
隣に立っている浅黒く背の高い外国人が皇子に手を振る。彼の仕業だろう。
「どうやって見つけた? 接点は無いだろう?」
「半分偶然だけどね、盗聴器を仕込んだのよ。電池が無くなる前にあんたたちの打ち合わせを聞いたってわけ。意外とスタンダードでしょ?」
「待てよ、お前が盗聴していたのは元木だろう?」
「ああ、そんな会話劇をしたこともあったかね?」
「会話劇?」
「あんたがイマイに盗聴器仕込んでることはわかってたからね、逆にデマ情報をお伝えしたまでよ」
「……うそだろ? じゃあ、どこに、いや誰に仕込んだ?」
「うん、ふぅさんにね」
「いや、いつだよ?」
「ん? あげた絆創膏に仕込んでたんだけど」
「……怪我の? いや、そんなもん開けたら一発でバレるだろ普通?」
「ふぅさんって貰ったもの大事にしちゃうタイプだからね。使わなかったんじゃないの? あたしの絆創膏、いまでも大事に取ってるんじゃない?」
「……確かに、あり得るな、それは」
「あんたはそういうタイプじゃないもんね。本当はふぅさんがゴネなかったら、一輪ちゃんに招待状送る気もなかったでしょうにね」
「組織を作れば一定数馴染めないやつも出てくるさ。それこそ、どんな崇高な理念のある組織でもな」
「ふぅさんはそれが嫌だったんでしょう?」
「……要するに俺の落ち度ってわけだな」
皇子はまだ聞きたいことがあったが、まーの隣にいる二人を見てとりあえず納得する事にした。どう見てもカタギの職業をしている人相ではない。背の高い外国人はやたら爽やかに微笑んでいるしい、背の低い小太りな外国人は終始薄気味悪い笑みを浮かべている。
「ま、素人じゃ足元掬われるわな」
「ねえ、あんたは結局どうしたかったの?」
まーは何気なく質問する。
「別に、ムカつく連中全員に仕返しがしたかっただけだ」
「まあ、成功していれば今後はアホな模倣犯も出たかもしれないもんね」
公開処刑が完全に配信されていれば、あり得る話だったろう。どこの世界でも猿真似する馬鹿は湧いてくる。公開処刑動画なんてちょっとイってる中高生が好き好んで真似しそうな代物だ。
「成功した後は、どうするつもりだったの」
「捕まって、それで終わりだろう?」
「ふぅさんも、元木元店長も? みんな?」
「……そうだな」
「友達をそんなことに巻き込んだの?」
「友達だから善いことだけしかしない訳じゃ無いだろ?」
皇子の言葉にやれやれと肩をすくめるまー。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
「何よ」
「どうして、変な名前をつける奴は一定数いるんだろうな?」
ちょっと考えるまー。しかし、答えは直ぐに口をついて出た。普段のまーではあり得ない饒舌さだ。
「相対評価でつけるからじゃない」
「相対、評価?」
「そういう名前の共通点は『かわいい』『かっこいい』っていうことが大事になっていると思うのよ。誰かと比べてかわいい、かっこいいとか、目立つとか個性があるとかさ。名前なんてものはただの記号なのにね。何かと比べると、違いを出さなきゃいけないと思っちゃう。それが普遍性から逸脱しちゃう原因になっていると思うのよ」
想像以上に真面目な答えに面食らう皇子。その反応が面白くてまーはさらに話を続ける。
「だから、そういうとき本当に大事なのは『美しさ』だってあたしは思うのよ」
「美しさ?」
「美しさっていうのは、絶対評価なの。例えば壮大な風景を目の当たりにしたとき、人間は自分の小ささを知るって言うでしょ? あれは、ただ大きいからじゃない、膨大な時間、歴史がそこに内包されているから、それを直感的に感じ取ってその情報に圧倒されるから、自分が大したものじゃないって自覚させられるのよ。僅かなの時間しか生きられないような人間じゃ、太刀打ち出来ないほどの絶対性を感じるの」
「古きよき名前が最良ってことか?」
「そういうわけでもないけどね。今更『信長』とか付けても寒いだけでしょう? ただ、そういう絶対性を持てない人間はせめて普遍性を持つべきだって言うのが、まああたしの考えるところかな。だから、まあ、逆を言えば昔からある名前の安心感っていうのは、歴史を感じさせてくれるからってことじゃないかと思うのよ。古き良き、っていうよりも永き良きって感じ?」
「なるほどな、まあ、共感出来ないこともない」
「絶対性を持てない人間は弱い。だから、何かと比べて秀でていないと不安で堪らない。そうやって、変なところで主張しちゃうのよ。大体が間違ったやり方で」
「……そりゃ、お前の母親の話か?」
「まあね、あんたのとこは知らないけど、あたしの母親は弱い人だったからね」
「だから、殺したのか?」
「……あのね、あれは事故よ、それ以上でも以下でもないわ」
ただ、その結果がまーにもたらした楔は相応に重たいものでもあった。まーが特定の加工品しか口に出来なくなったのは、あの時からだ。
その返答に何を感じたかは不明だが、皇子は話題を切り替えた。
「時に、まー?」
「あん?」
「お前はどうするつもりだ?」
「どうって?」
「こんな騒ぎ起こせば退学は必至だろう? しかも傷害罪も付いて来る。少年院でも入るのか?」
「そりゃあたしが主導してたら、そうでしょうね。でも、誰かに脅されて無理やりさせられてたなら、乗除酌量の余地は残るんじゃない?」
「いや、どう見てもお前が首謀者だろう? それともあの変態に全部おっかぶせるのか?」
「いやいや、ベストポジションが一名いるじゃん」
「は? 誰だよ?」
まーは正面を指差す。もちろん、正面の人間とはいま会話をしている。
「……俺? いや、何で俺がお前の妨害を肩代わりすんだよ? 立ち位置がおかしいだろ?」
「でも、あんたは大人なんでしょ?」
「は? それとこれにどんな関係があるよ?」
「あんたが恨んでるのは、この国っていうよりも無責任な大人にってことじゃないの?」
「……」
「つまりは責任感もなくて責任も取らない人間に対して」
「……で?」
「あなたの思う責任を取るって、どういうこと?」
「……守ることだ」
「誰を? それとも、何を?」
「仲間と組織だ。それにお前は含まれてないだろ?」
「でもそれだと、あんたが嫌ってた人間と同じじゃないの?」
「…………」
皇子を否定した人間は彼を嫌悪していたのは間違いないだろう。でも、それと同じくらい恐れていたはずだ。理解し合えない敵対者として。だから、否定出来る材料と条件を整えたに過ぎない。それこそ仲間と組織を守るために。
「あたしのこと、守ってみなさいよ。理解し合えないから抹消するなんて行為を否定しなさいよ。あなたがくだらないと見下げ果てた連中全員、見返してやんなさいよ。俺はお前たちとは違うって、胸を張って言いなさいよ」
「……それで俺は、一体何を得るんだ?」
「少なくとも……」
まーは言葉を選ぶ。だけれども、取り繕っても仕方がないから、正直に告げた。
「少しは、あなたを見直すわね」
「いやいや、たったそれだけかよ」
「責任の報酬なんて、本来そんなものよ」
「…………………………」
皇子の背後から高速で近づいてくる船影がちらつく。日本の誇る海上保安庁の船だった。
「仮に、だ」
「うん?」
会話が終わった気になっていたまーに、皇子はもう一度質問をする。
「仮に俺が全部罪を被ったとして、それであいつらの問題は解決するのかよ。誰一人、こんな状況になっても自分の親を助けようとする奴はいないじゃねえか。このまま元の鞘に戻っても、ヒビの入った関係はもう元には戻らないぜ」
「いいじゃん、それで。駄目なら縁切ればさ」
「……いいのかよ」
「何で駄目なのよ。喧嘩すればいいじゃん。絶交すればいいじゃん。人間なんだから。あんたは神様にでもなったつもりなの?」
「いや、てっきりお前は、なんていうか、その、穏健派? だと思ったんだけど?」
「知らないわよ、そんなこと。大体、あたしに妨害されたくらいで止めるなら、その程度の気持ちだったわけでしょう? ならしてもしなくても同じじゃない」
「じゃあ、お前は何のためにこんな面倒なことしたんだよ?」
まーが皇子を真正面に見据えて言った。
「聖歌の最期を下らないことに利用してんじゃ無いわよ。それが単純にムカついただけ」
「じゃあ、何か? あいつにちょっかいを出さずにいれば、邪魔はしなかったと?」
「そうね。他人がどうなろうが興味も無いし」
「………結局、俺の采配ミスか。やれやれだな。ほんと」
皇子は気が抜けたようにその場でへたり込む。




