その13
東京駅から新幹線に乗って向かったのは大阪だった。土地勘の無い二人は新大阪駅でちょっとまごつくが、駅員に聞きながら目的地の私鉄に乗り換えることが出来た。
駅に到着してから、目的の家を探し始める。イマイは肩ベルトに固定させながらも時々ブルっている。
「なあ、聞いてもいいか?」
金髪の男性が尋ねる。髪の毛を脱色した正義だった。意外に似合っている。
「いいわよ、暇だし。何?」
まーが相槌を打つ。
「どうして、俺と一緒にいるんだ? お前にとって、俺はその、許し難い相手だったんじゃないのか?」
「……んー、ちょっと意味が違うかな? ムカついたし好きじゃないけど、それだけよ。そもそも、ちーちゃんはある意味、自業自得だしね」
「……どういうことだよ?」
「あんた、ちーちゃんの日記って見たよね?」
「あれを日記というなら、まあ見たけど」
「あの日記、毎月27日だけ中途半端なのよ」
「中途半端というか、一文字しか入ってなかったけどな」
「で、調べたんだけど、27日って皇子のお母さんの月命日だったのよね」
「へえ?」
「さて、そこで気になるのはちーちゃんの謎バイト」
「どうしてそうなるんだ?」
「そもそもあの子が普通にバイトなんて出来ると思う?」
「酷い言い草だな」
「面倒みるなら手元でみておかないと、何をしでかすかわからないでしょ」
「それは、まあ」
「皇子の奴はちーちゃんを自分の手駒にする腹積もりだったわけよ。もっと言えば自分に惚れさせるというか、自分の女にするつもりだったんでしょうね。そうなるとおのずとできることとやることは絞られる。もし、あたしがさせるならいわゆる酒の相手よね」
「……それって、その、キャバクラみたいな?」
「いやまあ、それに比べたらだいぶとおままごとだろうけどね」
どういう想像をしたのか、正義の表情が曇る。
「毎月の月命日で晩酌にでも付き合わされたら、日記を書く気力も無くなるでしょうね」
「ちょっと付き合わされただけで、そんなになるか?」
「ちーちゃんの家系ってお酒に弱いのよ、めちゃくちゃ。昔、一回だけウイスキーボンボン食べさせたらテンションガン上げしてそのまま気絶したことあるし。あたしの家でね」
「……それって、つまりは?」
「酔って頭がハイになっちゃったんでしょうね。あの時も、多分そうだったんじゃない? いまなら飛べそうな気がするってやつ?」
すごく重大なことをさらりと言われた気がする正義。その案件について突っ込んで聞こうと思った矢先、邪魔者が声を上げる。
《おうっ! もうそろそろだぜっ!》
存在感の消えていたイマイが叫ぶ。通常の音量に設定していても本当にうるさいのだ。
皇子といえば、まーは感謝している点も否定出来ない。一か八かの賭けではあったが、警察の取り調べでは彼はまーと正義を守る為に、二人は自分に脅されてやったと主張をしたらしい。言葉だけでは信ぴょう性の薄い発言だったろうが、自宅で持っていた膨大な盗聴記録によりそれを持って脅迫したことが裏付けとして立証されたことで流れが変わった。まーと正義が一貫して黙秘を続けたことも、状況証拠として一役買ったに違いない。
もっとも、まーはともかく正義は地獄を見たらしいが。
ちなみに、聖歌の母親である聖子は、経営していた会社を辞め、一人で旅に出たらしい。まーがそのことを知ったのは聖子が旅立ってから結構経った後で、詳しい行先や動機などは全く分からなかった。ただ、その後の情報であの会場に聖子が参加していたことを知ったまーは、なんとなくではあったが、その理由に思い当たる節があった。だけれども、どこへ向かったかまでは予想しか出来ない。
そのことにまーは、今更ながらの寂しさを感じてはいた。
「ん? あそこじゃない?」
まーの指先にはボロいアパートがあった。何の変哲も無いが、確かにグーグルマップで事前に見た画像そのままだった。すたすたと家に近付くと、まーはイマイを玄関の扉上にかざす。
「……何をやってんだ?」
「電波収集」
《中にいるぜっ! 現在Wi-Fi使用中!》
「何この電磁波探偵。ちょっと怖いな」
「盗聴と盗撮はこいつの存在意義よ」
「お前も大概じゃね?」
まーが躊躇なく玄関のベルを鳴らす。
「探偵と言えばさ?」
「え?」
「ちーちゃんがアルバイトしてたのは、探偵を雇うためだったみたいね。ちゃんとツテがあったのか知らないけどさ」
正義は何故、とは聞かない。既にここまで来ればうすうす察しがついていたからだ。きっと彼女は、この家を探すための資金を調達するために無謀なバイト巡りを行っていたのだろう。誰の為になど、ここにきて聞く必要も無い。
家の中から足音が玄関へと近付いてくる。
「……はい、何でしょう…………か?」
中にいた住人が玄関を開けると黒い頭と金色の頭が並んでいる光景が目に飛び込んでくる。しかしその住人は若い二人と面識が無いようで、ポカンとした妙な間が開いた。
「あの、部屋を間違えて――」
「久しぶり、おとうさん」
住人の表情が完全に硬直する。再びまーに焦点を合わせると、まじまじと全身を見回した。全身を観察した後で、最期に目線を合わせるとかすれた声で言う。
「愛里、の……?」
「残念ながら正解です」
それからしばらく放心していたが、我に返ると何を心配したのか、辺りをキョロキョロ見て二人を招き入れた。
「と、とりあえず中へ」
入った部屋は手狭な1LDKだった。どうみても男の一人所帯だろう。飲み物を出すのに大いに手間取りながらガチャガチャとせわしなくしている様子を尻目に、まーと正義は部屋に置いているテーブル辺りに座る。イマイはその辺の壁に立てかけておいた。
「す、すまないが、コーラでいいか?」
「全然よくないけどいいわよ」
「バッサリいくなぁ」
茶も無いことに呆れつつ、まーは家主に着席を促す。言われるがまま座る男に、まーは向き合った。
「改めて、久しぶりね、おとうさん」
「あ、その、…………久しぶり…………です?」
緊張のあまり敬語の疑問形になる父親。そもそも、出産前に出奔している身なので、久しぶりというよりも初めましてという方が正しいはずだった。
「えっと、その、そちらはどういう……?」
隣にいる金髪男性にびくつきながら質問をする。いわゆる反社会勢力には見えないが、意図がわからない。生まれる前に自分を置いて出ていった実の父親に会うのに、第三者を同席させるとしても普通は弁護士か何かだろう。どう見てもそうは見えない金髪男性に戸惑うのは当然と言えた。
《俺っちは疑似人格モジュール、イマイ三号だぜっ!》
「いや、お前じゃないわよ」
毛色の違うもう一つの異物が返事をする。
《初めましてだな、ぽっちゃり系のお嬢さん!》
「これがお嬢さんに見えるって末期じゃない?」
《お嬢さんに見た目は関係無いぜ! 相棒!》
「ちょい黙れ。とりあえず、こっちの金髪は変態サイコ野郎で、こっちの無節操な発言をする機械は変態マザコン野郎が作った機械よ」
「その紹介で心を開く人間はいないだろ」
「事実を否定しない辺り、大人になったわね、あんた」
「え? まあ、そう、かな?」
ちょっと照れくさそうな正義。
《別に誉めては無いぜ! 変態のお嬢さん!》
「そういえばそうだな!」
「ほんとうるさいわね、大体、この疑似人格モジュールって触れ込み、そもそも間違ってない? 人格破綻に近い言動しかしないじゃない」
《俺っちは破綻して無いぜ! 自由なだけだぜっ!》
「あいつ、何でこんなの作ったのよ?」
「……あ、そういえば言ってた、昔はゲームクリエイターになりたかったらしいけど」
「ダメな方にこじらせてんじゃん!」
「あ、あの……!」
会話に置いてけぼりな父親が声を上げる。別に会話に参加したいわけでは無く、出会ってからずっと謝罪の言葉を考えていたのだ。しかし、それで出てくる答えが秀逸になるわけもなく、無難で当たり前の謝罪内容となってしまった。
「本当に申し訳なかったと思ってる、本当だ!」
そしてそのまま予定調和のような土下座をする。
「今からでも、出来るなら謝罪――いや、罪滅ぼしをさせて欲しいと思っている! 赦してもらえなくてもいい。どうかこの通りだ!」
静寂の後、まーが優しく諭す。
「もう、そういうのはいいからさ、おとうさん」
「え……」
「よく言うじゃない? 子供は親に迷惑をかけるものだって」
「う、うん」
「あたしは、今までちゃんとそういうことが出来てなかったわ」
「いや、それは」
「だから、今からでも遅くないから、ちゃんと迷惑かけるね」
「…………え? それは、どういう?」
すっくと立ち上がるまーの手にはマイクが握られている。それにあわせて、正義も立つ。
「と、いうわけで、田中愛歌全力で歌います!」
「山崎正義。全力で踊りながら脱ぎます!」
《イマイ三号、全力で動画配信をするぜっ!》
「………………………………………はい?」
まーとサイコは全力でパフォーマンスをした。それはもう、近所迷惑の枠を超えて、地域迷惑レベルで叫びづけた。時間換算すればおよそベテランのバンドが行うライブぐらい、延々と歌い続けたのだ。度を越したライブパフォーマンスはいつしか警察を出動させることになった。
まーの父親が住まいを強制退去させられたのは、それから三日後の事だ。その時、まーは腹を抱えて笑った。
数日後、まーと正義は再びあの橋の上に立っていた。ここへは、まーの家に置いてきた忘れ物を取るために来たのであり、既に他の地域に移住することは決めていた。舞い戻ったわけでは無いが、妙な懐かしさを感じるのは人の性だろう。
「ん? あれって何かしら?」
菓子を頬張るまーの視線の先には、河川沿いに軒を連ねている工事現場のフェンスがある。
「ああ、そういえばここの川、汚水が酷くなってきたからそろそろ浄水工事をするらしいぞ」
金髪の正義が教えてくれる。最近色気づいたのか、ピアスも空け始めた。
「こんな川、綺麗にしてどうすんのよ」
「綺麗にすれば、渡り鳥でも来るんじゃないか?」
だからそれに何の意味が? と思わないわけではないまーだが、まあ、それもいいかとも思った。この川ほどではないが、まーの心もちょっとだけ綺麗になったのかもしれない。
《相棒、メールだぜっ!》
「ああ、ありがと」
「……もう、それ普通に携帯扱いでいいんじゃないのか?」
便利過ぎて不安になるゲーム機に改めて妙な怖さを感じる正義だった。
「正義。次の動画ネタが決まったわよ」
《100万人登録まであと535人だぜっ!》
渡り鳥よりも不安定な生き様を続ける二人。ただ、その足取りは軽かった。
良いか悪いかは別にして、それもアリかと思えるほどに。




