093:秋休み1
空港で出国手続きをしながら、海外へ行くのはいつ以来だろうと思う。
幼いころから中学までイギリスで育った事もあり、海外に行く事に抵抗はない。一つの場所しか知らないよりは、いくつもの国、いくつもの街、それぞれの異なる環境で育ち、異なる価値観を持つ人たちと交流することでしか見えてこないものがある、と零は思っている。
結局、スーツケースはずっとかおるに運んでもらってしまった。かおる自身のスーツケースもあるから、自分で運ぶと何度訴えても姫に荷物を持たせる馬鹿はいないと断られてしまう。
一度無理やり奪い返そうとしてみたが、そんな事をするおてんばさんにはお仕置きするよ、と耳元で囁かれて諦めた。
いつもかおるが姫の様に扱ってくれる事に、慣れたようで慣れない。最初の頃にくらべたら慣れた、と言えるのだろうが、それでもそこまでしてくれる事に躊躇いを覚えてしまう。
「零ちゃん、そろそろ搭乗時間も近いから行こうか。」
ぼんやりとそんな事を思っていた零は、かおるの言葉で我に帰り、いつだったか駿に『執事がいないとダメだ』と言われた言葉を思い出す。
どちらかと言えば、しっかりしている方だと思っていた。一人でも平気だし、どんな事でも一人で出来る、と思っていた。この高校へ転校して、いつもかおるがそばに居てくれて、駿の言う執事の様に時間管理をしてくれる。
必要な物はいつも事前に準備してくれていて、自分はただその場所に行くだけでいい。慣れない環境で戸惑う事も多い中、そんなかおるの優しさに甘えている間に、いつのまにかそれが当たり前になってしまっている自分に気付いた。
「・・・どうかした?そんな顔して。」
「えっ?!ううん、何でもないよ。かおる君、いつもありがとう。」
座っていたベンチから立ち上がろうとすると、当然のように手を差し伸べてくれる。いつもより引く力が強い、と思った次の瞬間零はかおるの腕の中にいた。
「大切な人を気遣うのは当然だよ。零ちゃん、お願いだからそんな寂しそうな顔しないで。寂しいのに、平気って強がらないで。零ちゃんは素直だから何を考えてるのかすぐにわかるけど・・・辛いなら辛いって、ちゃんと言ってほしいんだ。」
ぎゅっと強く抱きしめられて、一瞬呼吸が止まる。
「僕は伊織の替わりになるつもりはないよ。伊織の身代わりじゃなく、ちゃんと僕の方を見てもらえるように頑張るから。」
「かおる・・くん・・・」
「少なくとも、僕は零ちゃんのそばを離れたりしない・・・さぁ、行こう。」
ふわりと抱き締めていた腕を解いたかおるはそのまま零の手をとって搭乗口へ向かう。いつもより強く握られた手に胸の奥が痛くなる。誰にも触れられるなよ、という伊織の言葉が脳裏にひらめいてその胸の痛みは大きくなった。
「・・・伊織に零ちゃんを守れって言われてるから、僕のそばを離れちゃだめ。」
手を放そうとした零の手をぎゅっと握ったかおるは、少し悲しげにそう言って、小さく微笑んで見せる。
「驚いた?・・・昨日、わざわざ僕の部屋に言いに来たんだよ。自分の代わりに、零ちゃんを守って欲しい、ってね。」
「伊織君が・・・?」
「そばにいられない未来を選ぶ伊織には零ちゃんは守れないから、僕に任せろって言っておいたよ。」
「・・・・・」
様々な想いが心の中に渦巻いて言葉にならない。あのプライドの高い伊織がかおるにお願い事をするなんて一体どんな気持ちだったのだろう。胸の奥が締め付けられるような痛みに零は思わず昨日伊織が付けた痕に触れる。離れるのが辛い、と言う伊織はいつもの自信に満ちた伊織ではなく、自分と同じように不安を抱えているように見えた。
伊織はいつも堂々としていて、不安など抱えていないと勝手に思い込んでしまっていた。
そんな伊織のそばにいることで甘えていた自分と、甘えさせてくれる伊織の強さに、今更ながらに気付いた気がする。
伊織君、今頃どうしてるのかな、と零は思う。早朝便と言っていたが、まだ到着には少し早いだろう。飛行機の中で眠っているのだろうか、と想いを馳せる。
背の高い伊織はきっと、窮屈に足を曲げて、不機嫌そうにしてるんだろうな、と思うと少し心があたたかくなったが、一方で、伊織の心に同じように自分が顔を出しているとしたら、かおるのそばにいる自分を思っているのだろうか、と思うと急に苦しさを覚えた。
久しぶりの飛行機に乗り、数時間のフライトを終えた零達は、大学から迎えに来てくれていた学生たちと合流した。
いわゆる、短期留学生受け入れ実行委員、とでも言ったところなのだろう、数人の男女が優しく迎えてくれた。
日本人としても背の低い零は、アメリカ人から見れば子供のように見えるのだろう、可愛い可愛いと全員に激しくハグされて挨拶が終わるころにはぐったりしていた。
ハグとか、ほっぺにキスとか、久しぶりだ、と零は思う。幼いころイギリスで生活していたころは毎朝クラスメイトとこんな挨拶をしてたっけ、と思いだす。
かおるが窓際の席に座らせてくれたのをいいことに、窓の外の景色を眺めてぼんやりしていると、後ろの席から声を掛けられた。
・・・確かこの人はジェイクさん、だっけな、と零は自己紹介の時の事を思い出しながら振り向くと、全開の笑顔でこの後デートしよう、と誘われた。
「・・・え?」
いきなり、ナンパ?しかも、このタイミングで?
断って角が立つのもよくないし、と零が戸惑っていると、隣に座っていたかおるがいつもの彼らしくない鋭い瞳でジェイクを睨む。
「彼女は僕の大切な人なので、手を出すのはやめて下さい。」
かおるの英語は綺麗だ、と零は思ったが、内容が内容だけに恥ずかしくなってうつむく。
「へぇ、君の彼女なんだ?なるほど。」
車内での会話はそれで終わり、宿泊先に用意された大学近くのホテルに案内された。明日からはこのホテルから大学へ通い、実際の講義を受けさせてもらえるのだと言う。講義以外の時間は基本的に行動は自由で構内を自由に見ていい、と言ってくれた。
「俺が君をアテンドするよ。彼のアテンド係は彼女がするから。」
ホテルに荷物を置き、再びロビーにあつまった零達は、一人ずつアテンドの学生がつく事を知らされた。一対一でずっと2週間いろいろな事を教えてくれるのだと言う。
「ジェイクさん・・・」
車内での事もあり、零が素直によろしくお願いしますと言えずにいると、零とジェイクの間にかおるの影が落ちた。
「女性のアテンドは女性にさせるのが常識だろう、」
明らかに怒気を含んだ声。こんな風に怒るかおるを初めて見た、と零は思う。
「たかが学内の案内くらいで熱くなるなよ。よっぽど彼女の事が大切なんだな。」
ジェイクはそう言ってかおるの肩をたたき、そんなに心配ならお前もついて来たらいい、と続けた。
「もちろん、そうさせてもらう。・・・零ちゃん、行こう。」
安心させるようにぎゅっと手を握られて、零は小さく頷く。もし、かおるがいなかったらどうなっていたのだろう、と少し思う。
一人でも大丈夫だと思いたかったが、一方でそれが難しい事にも気付いていた。
アマアマデレデレしたいのに、
できない時もありまして。
今がそう言う時期です。ツライ。
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