092:男同士の会話
零の部屋を訪れた後、伊織はかおるの部屋にいた。
思えば、自分以外の男の部屋に入るのは初めてだ、と伊織は思う。
「めずらしいね、伊織が僕の部屋にくるなんて。」
口調は穏やかだが刺のある言葉に伊織は内心苦笑し、嫌われたもんだな、と呟いた。
「嫌う?嫌ってはいないよ。僕が伊織を嫌えば零ちゃんが傷付く。そんな事はしない。」
模範解答、と伊織は思う。だが、かおるの言葉は真実だろう。
明日からの2週間の留学に備え、準備されたスーツケース。大きさから推測するに、零と行動を共にするために別荘は使わないのだろう。
「明日から、零の事ちゃんと守れよ?ナイト様。」
本当なら、零を守るのは自分の役目のはずなのに、それをライバルであるかおるにゆだねなければならない屈辱。それでも、そばにいるのがかおるだと思うとまだ少し安心出来るのも事実だ。
「そんなこと言うためにわざわざ来たの?」
氷の様な視線。零を見る目とは大違いだな、と伊織は内心思いながら、大げさにため息をついた。
「まぁな。」
一瞬、ごまかそうかとも思ったが、相手がかおるだと言う事を思い出してやめる。
「ナイト様が零を傷つけるような事をしないって事くらい、百も承知だが・・・ほんの少しでも零に触れてみろ、ただじゃおかないからな。」
零が他の男に触れられる、と言う想像はそれだけで伊織の心に怒りの火を灯す。それは同時に、自分の手の届かない場所、目に触れない場所に宝物を無防備に放置する自分に対しても向けられた。
「触れる、ってどういう意味?手を出す、って意味?・・・それなら、安心しなよ。合意がなきゃしないから。」
「合意、だと?」
「そう、合意。合意の上なら手を出すとは言わないよね?」
冷ややか、ともとれるかおるの言葉が、今の伊織には現実に起こり得ることのように思え、背中が粟立つような感情に囚われた。
「心配しなくても、零ちゃんが傷付くような事はしない。ただ、僕は伊織に零ちゃんを任せるつもりはない。それだけだ。」
言っておくけど、とかおるは少し言葉を切って、座っていた椅子から立ち上がる。
「伊織、僕は君が零ちゃんにふさわしい相手と思っていないから。君の炎はいつかきっと零ちゃんを傷つける。僕はそうなる前に、零ちゃんを守るよ。必ずね。」
「俺が零を傷つける?んなことするわけねーだろ。お前こそ、見苦しい嫉妬で零を泣かせた事、忘れた訳じゃないよな?」
まぁあの時最初に泣かせたのは俺だけど、と伊織は心の中で思う。もしもあの時、かおるがいつも通りの彼の優しさで零を包んでいたら違う未来になっていたのだろうか、と思うと今でも少し怖い。
「そばにいない未来を選択する君が、本当に零ちゃんの事を守れると思ってるの?」
相変わらず、痛いところを突いてくるな、と伊織は心の中で思う。やっかいなイタリア野郎。どうしてこんなヤツがライバルなんだろう。
「そばにいたって、守れない事もあるさ。守りたいからそばにいない事を選んだんだ。」
伊織の言葉にかおるの瞳に一瞬いつもの彼とは違う感情が閃いて消える。
「なるほど。じゃあ僕は遠慮なく、そばにいることで出来る事をするよ。伊織は何も心配しなくていい。零ちゃんの事は僕が守る。必ず零ちゃんを振り向かせてみせるから、そうなったらもう二度と口出しさせない。いいね?」
「・・・ちっ、好きにしろ。その代わり、何があっても零を守れよ。」
「伊織がそうしたように、僕も命に代えても守ってみせるよ。」
任せたぜ、と伊織は言い置いて部屋を出る。
不安になりに来たのか、安心しに来たのかわからなくなってしまった。
どんなにあがいたところで零のそばにはいられない。それなら、そばに居られる人に託すしかない。
思わず、ため息が出る。
・・・俺だって、そばにいたいさ。
それでも、と伊織は思う。自分にはなすべき事がある。
学ぶべき事を学び、今よりももっと強くなって本当に零を守れる自分になりたいと思う。
夢、と言うよりは必ず実現させるべき未来、だ。
本当の別れの季節までにはまだ時間がある。それまでに今よりももっと強く零の心を抱きしめたいと思う。
身体の距離が離れても大切な人の心をあたためられるように、今よりももっと心の距離を近づけたい。
・・・俺が零を傷つける、か・・・。
かおるの言葉が心の中で渦巻く。
絶対に失いたくないと思える宝物。彼女の事になると強くも弱くもなる自分がいる。そんな大切な相手をいつか傷を付けてしまう日がくるのだろうか?
起きてもいない未来を描いて不安になるなんてばかばかしい、と伊織は自身を諌めながらも、零が自分の手の中からいなくなるかもしれないと言う想いは伊織の心に深い影を落とした。
男同士のこういう会話っていいなぁと思う私。
プライドとか、意地とか。
お気に入り登録して下さった方♪
ポイントを付けて下さった方♪
本当にテンション上がります!次も頑張ります。




