091:一人じゃないよ
いよいよ、明日から秋休みに入る。それぞれがそれぞれの未来に一歩近づくために必要な準備期間。
かおると零は同じ大学を目指している事もあり、今回のタイムスケジュールはほぼ同じだった。
2週間の短期留学、とはいえ、あこがれのキャンパスに行けると思うと心が躍る。
2週間分の荷物を鞄に詰め込んで、パスポートや必要な書類を確認する。一人なら不安も大きかっただろうが、かおるを含め数人が共に行動することになっており、心細さはなさそうだ。
留学生はキャンパスに居る間は制服を着ていなければならないと言うルールがあるらしく、クリーニングから返ってきたばかりの制服を鞄に入れた。
一通りの準備を終えた零は、荷造りの終わった大きなかばんを持ち上げてみる。海外旅行は初めてではなかったが、毎回かばんの重さが悩みの種だ。自分が入れそうな大きさのかばんにいっぱい詰めた荷物が軽いわけもなく、零は軽くため息をついた。
「零、ちょっといい?」
軽いノックの音と同時に、伊織の声。どうぞ、と返事をする間もなく伊織が部屋に入ってきた。
「もう、準備できた?」
伊織の行き先はイギリス、零はアメリカ。今はどうしても交わることのない二人の未来が少し切ない。
「うん、伊織君は?」
「俺は向こうに別荘があるからな。荷物はそれほど持っていかなくていいんだ。」
そう言えば、伊織君は超セレブなんだった、と零は心の中で思い、そっか、とあいまいな相槌を打った。伊織の家の事に興味がないわけではない。
ただ、知れば知る程、伊織が遠くなってしまいそうであえて避けていると言うのが正しいようにも思う。
「零・・・俺のわがままだってわかってるけど、やっぱ離れんの、辛いわ。」
伊織はそう言いながら零のそばに寄り、その身体を抱きしめる。
「俺がそばにいられなくて、かおるが零のそばに居て、それで零の心がかおるの方に向いてしまうんじゃないかって思ったらどうしようもなく苦しくなる。」
「伊織君・・・」
「そばにいられない未来を選ぶのは俺自身なのに、それが辛いとか苦しいとか、ただの泣き事だってわかってるんだけどな。それでも、零のそばにいたい。」
伊織の優しくて悲しげな頬笑みを向けられると、胸の奥が切なく締め付けられる。零は漠然と離れてしまう未来の事を思った。
大学在学中の数年間、どんなに望んでも伊織はそばにいない。辛い時も、悲しい時も、楽しい時も。
それでも、独りぼっちではない、と思えるのは伊織がこうして想いを伝えてくれるからだ、と零は思う。
「私ね、前の学校では、周りにたくさんのクラスメイトがいても、ずっと独りぼっちで孤独だった。でも、今はね、この高校に転校して、素敵で優しいみんなに囲まれて、いっぱい励ましてもらって前に進めるようになったの。
一人でいる時も孤独じゃないよ。今伊織君は何してるんだろう?逢ったらどんなお話しようかなって、考えてる時はいつも心の中に伊織君がいてくれるから、そばにいなくても、一人じゃないって思えるの。そんな風に思えるようになったのは伊織君のおかげだよ?いつもちゃんと伊織君の気持ちを届けてくれるから・・・。」
そこまで言った零はハッとする。伊織はいつも、こんなにもまっすぐに気持ちを伝えてくれるのに、自分はいつも恥ずかしがって逃げてばかりで。
「・・・私、伊織君の事が・・・大好き・・・だよ」
口にすると、恥ずかしくて声が震える。そんな零の言葉に、伊織の瞳に、驚きが閃いた。
「私、いつも伊織君の事、想ってるよ?このお洋服似合うだろうな、とか、肌寒い日は伊織君寒くないかなとか、おいしいケーキ食べたら、伊織君と一緒に食べたいなとか・・・」
「零・・・」
「一人でいる時も、伊織君がいっぱい心の中に出てくるんだよ。だからきっと、一人でいても前みたいに寂しくないんだと思う。」
「伊織君がぎゅってしてくれた時の事思い出したり、手を繋いで歩いてる時の事を思い出したりしてドキドキするの。言ってくれた言葉を思い出したり、もらったお手紙を読んだり。」
そう言って、零はぎゅっと、伊織の腰に手をまわして身体を寄せる。
「伊織君の事、大好きだよ。いつも私の事見ててくれて、いつも守ってくれて。私も、伊織君の心の中に顔を出せたりする事、あるのかな・・・?」
零の言葉に、自分でも驚くほどに暴れだした鼓動に伊織は自分らしくなく動揺するのを感じていた。
「俺の中にはいつも零がいる。いない瞬間なんてない。好きだ、零!」
「伊織君・・・」
「今の零の言葉、絶対に忘れない。零からもらった大切な言葉だから。」
伊織は、抱き締めた零の温もりを、手に触れる柔らかな髪を、花束の様な甘い香りを、記憶に刻みつけたくて強く抱きしめる。
何度好きだと言っても足りなくて、どれだけ抱き締めていても不安なのは、零を好きだと言う自分の想いが強すぎるせいだと言う事もわかっているのに、零に優しさを求めてしまった自分の不甲斐なさをかみしめながら、伊織は零が返してくれた優しい言葉の数々を心の奥に抱き締める。
「たった2週間なのにこれじゃ、先が思いやられるな。」
伊織は抱きしめていた腕の力をときながら、少し照れたようにそう言い、腕の中で自分を見上げる零の額に口づけた。
「伊織君・・・」
見上げる零と伊織の瞳がぶつかる。心なしか潤んでいる零の瞳に伊織の鼓動がはねた。
「・・・キス・・・してほしい・・・」
耳の先までピンク色に染まった色白な零の頬。心臓を貫かれるような痛みにも似た疼きが駆け抜ける。
「・・・・んっ・・・ちゅっ・・・・んん・・・」
零の柔らかな唇と、少し短い舌、甘い唾液をむさぼるように深く口づける。いつもの冷静な伊織は影を潜め、ただ深く零を求めていた。
「・・・ん・・・そんなこと・・・言わせてごめんな・・・」
キスの合間に、伊織が囁く。
「い・・おり・・・ん・・・っちゅ・・・んぁ・・ん・・」
零は呼吸すら出来ないほどの熱い口づけに身体の力が抜け、伊織の腕に支えられる。伊織はそのまま零の身体を抱き上げて、ソファーの上に降ろした。
「零、好きだ。」
「伊織・・・っん・・・」
暴走しそうになる自分を押さえつけながら、伊織は心の中で何度も零の名前を呼ぶ。そうしていないと本当に理性が消えてしまいそうだった。
「零・・・俺の痕・・残してもいい?」
「・・・うん・・・」
零の首筋にかかる柔らかな髪をそっとよけると、恥ずかしいのかぎゅっと瞳を閉じたまま零は顔をそむけた。
あらわになった首筋は透けるほど白く美しい。
「零、好きだ・・俺の大切な、零・・・」
耳の少し下、ちょうど髪で隠れそうで、それでいて少し髪が揺れると見えそうな場所に唇を付けると、ビクン、と零の身体が硬直する。
「誰にも、触れられんなよ。」
そう囁いて、唇を付けたまま強く吸う。いつだったか零にヴァンパイアの様に言われた事があったが、もし本当にヴァンパイアなら迷わず噛みついていただろうとさえ思う。
「・・・っ・・ぁ・・・痛っ!」
強く吸いすぎたのか、零が声を上げる。唇を放すと思ったよりもきつく痕が残った。
「悪ぃ・・きつく付けすぎた。・・・痣、残らなきゃいいけど・・・」
いいながら、同じ場所にそっと口づける。
「・・・いいよ、痣になったら責任とってもらうもん。」
「え?!」
驚いた伊織に、冗談だよと笑う零を優しく抱きしめる。
「責任とらせてくれるのなら、痣になってくれたほうがいいかな。」
俺は、本気だからな、と伊織は笑い、あんなにも不安だった気持ちが消えている事に気付く。もうこれで大丈夫だ、と思える。
これで、ちゃんと夢に向き合える。
心からそう思えた。
零ちゃんが、かわいすぎて、辛い。
誰かが心の中にいて、自分も誰かの心の中にいられるって素敵♪
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