085:宝物
膝の上で抱きかかえている零の体重が心地よくて、ずっと腕の中に閉じ込めていた伊織は、少し迷った末に実家に戻っていた間の事、父親から言われた事、そして、フィアンセとして両親に紹介したい、と言う自分の想いを伝える事にした。
「前にも少し話したけど、俺には継ぐべき家があって、もし・・・零がずっと俺のそばにいてくれるならそう言うものを一緒に背負ってもらう事になる。・・・だから、まずは一度一緒にパーティーに来てくれないか、」
伊織の言葉に、いつかのかおるとのパーティーの一日が蘇る。周囲の人たちとの格の違い、明らかに場違いな自分を思い出した零は簡単に頷けなかった。
あの時、かおるは自分を庇ってくれたけれど、自分がいることでかおるの品位まで落としていたことは明らかだった。たまたまかおるの父親が諸々許してくれたからよかったものの、逆の状態になっていたらと思うと今でも恐ろしい。
「・・・どうした?」
零の瞳の中を駆け抜けた様々な感情を見た伊織が問いかける。零が不安を感じるのはもっともだ。慣れている自分でも、パーティはあまり好きではない。
「私・・・夏頃かおる君に頼まれて、一度パーティーに行った事があるの。」
「かおると・・?」
あの野郎、と伊織は心の中で思う。親に引き合わせるにはもっとも有効な手段。でも、月島家の嫡男にはすでに決められた相手があったはず、と伊織は心の中で思い巡らせた。
「うん、どうしても、夢を叶えるために一日だけ恋人のふりをしてほしいって。」
イタリア野郎め、と心の中でかおるを毒づきながらも、伊織は零の言葉を待つ。
「それで、一緒にパーティーに行ったんだけど・・・私ダンスも踊れないし、ドレスを着たのも初めてで歩くだけでも大変で・・・。そのせいで、かおる君の品位まで落としちゃって・・・」
しゅんとする零が可愛くて思わず微笑むが、そんな思いをさせたかおるには腹が立った。と、言うよりは、自分よりも先にそう言う事をした、と言う事実に嫉妬した、と言うのが正しいところかもしれない。
「私が伊織君と一緒にいたら、伊織君が恥ずかしい思いする事になると思うの。だから・・・」
「行きたくない?」
「行きたくないって言うよりも・・・怖いって言うか・・・」
零の気持ちはいつも素直でまっすぐだ。知らない人しかいない場所で、慣れない服装で、経験のない事をしろと言われて怖くない人などいない。しかも笑顔で言葉を交わす中で無言の審査がなされる場所。パーティーとはそういう場所だ。
「そうだよな。俺も好きじゃないからその気持ち、分かるぜ。零が嫌なら、無理に来てくれとは言わない。けど、もし零が来てくれないと・・・パーティーの間他の女をパートナーにしなきゃいけない。俺は・・・たとえパーティーの間だけでも零以外の女をパートナーにしたくないんだ。パーティーの間に何があっても俺が守るから、一緒に来てくれないか。」
デジャヴの様な出来事に、零は戸惑いを覚える。かおるの時もそうだった。セレブと言われる人たちは自分が望んでいなくてもパートナーを作らなければいけなくて、自分が選らんだ相手が、周囲に認められなけれなならない。
住む世界が違いすぎて、想像さえできない場所。ただ漠然とした孤独を感じた。
「・・・伊織君は、一人じゃないよ?」
「え・・・?」
突然の零の言葉に、伊織は驚く。人の言葉の裏を理解するのは得意だと自負していたが、零の言葉の真意が見えずに戸惑った。
「私には、伊織君やかおる君の住んでいる世界の事はよくわからないし、本当の意味で理解なんてきっと出来ないと思うけど、でも・・・・」
零は言葉を選ぶように少し黙った後、伊織の瞳を見つめた。
少し眠そうな瞳。伊織は寝ているところを起こして攫って来た事を思い出す。
「どんな伊織君もね、ホントの伊織君だと思う。高校でみんなと笑ってる伊織君も、パーティーの時に見せる顔も。伊織君はいつも毅然としてて堂々としててかっこいいけど、誰もいない時に誰も知らない自分に戻った時、そう言う自分は誰も知らなくって独りぼっちになった様に思うんじゃないかなって。でも、もし伊織君がそう言う自分を外に出せなくっても、それもホントの伊織君だから、私の知らない伊織君も、私は好きだから・・・あれ?私何言ってるんだろ・・・」
「零・・・」
想像さえしなかった零の言葉に、伊織は思わず言葉を失う。誰にも明かした事のない孤独に優しく触れる零の心に救われる気がした。
「・・・やっぱり零は俺にとって必要な存在だ。絶対に誰にも渡さない。」
「零、ずっと俺のそばにいて、俺のために笑っていて欲しい。もし零の事を傷つける誰かがいるなら、俺が絶対に守る。誰にも何も言わせない。もし、零が俺の事を好きじゃなくても、好かれるように努力する。だから、どこへも行くな。」
強く抱きしめた腕の中で、零の体重がふわりと伊織の身体によりかかる。
「・・・伊織君、私、伊織君の事、好・・・」
かくん、と零の頭が伊織の肩に落ちた。
「・・・今度、ちゃんと最後まで聞かせてくれよ。」
耳元で囁いて、そっと零の頭を抱きしめる。時計の針は5時前。伊織はこんな時間まで零を付き合わせてしまった事を少し反省しながらも、自分の腕の中で穏やかな寝息を立てる愛しい人に微笑む。大切すぎて触れることすら躊躇ってしまう宝物。
伊織は眠っている零を起こさないようにそっと抱き上げて零の部屋まで行き、ロフトの上の柔らかな寝台の中へ、そっと寝かせてその額に口付けた。
べた惚れ警報発令中です(笑)
そろそろデレ期突入です(笑)
デレデレあまあま大好物です。




