081:元気の種
選択授業で教室移動の途中、零が休みだと言う話を耳にはさんだ健は、朝食の時に真っ赤に腫れていた零の瞼を思い出して心の中で舌打ちした。
それにしても、目が腫れているくらいで休むなんて、と言う。疑問が頭をよぎる。
「・・・久遠も遅刻してるし、怪しいよなぁ?」
他愛もない噂話。駿が遅刻する理由は零のためでしかない。となると、朝食の後、学校に来るまでの間に何かが起こったとしか思えない。
しかも、遅刻しているのがかおるではなく、駿だと言うのがなおさら不自然だ。
伊織の野郎、やっぱり一発殴っとけばよかった、と健は心の中で思う。そもそもの諸悪の根源は伊織で、当の本人は姿をくらましている。
「・・あっ、ごめん・・・ってなんだ、健か・・・。」
「おっと・・・ってかおる?!なんだって何だよ!」
「・・ごめんごめん、他の人じゃなくてよかった、って言う意味。」
「何だよそれ・・・」
それにしても、と健は思う。かおるが他人にぶつかるなんてらしくない。
「・・・何かあったのか?」
零が休んでいて、駿が遅刻していて、かおるが上の空。何があったのか、何となく想像がついた。
「・・・黙っていても、きっと分かる事だろうけど。」
そう言ってかおるは悲しげに微笑んだ。
「今朝、零ちゃんに酷い事言っちゃったんだ。いろんな想いが抑えられなくて。・・・それで、零ちゃんを泣かせちゃって・・・」
「酷い事って、何言ったんだよ?!」
「・・・零ちゃんを責めるような事。・・・ごめん、もう授業が始まるから・・また後で。」
かおるはそう言って健の肩を軽く叩いて教室に入って行った。
かおるが零を泣かせた、と言う話の後、部屋で一人で泣いている零を想像してしまってほとんど授業が耳に入らなかった健は、唯一の楽しみである昼休みを返上してひとっ走り寮へ戻ろうと決めた。いつだったか、俺といると自然と元気になると笑ってくれた事がある。馬鹿な奴だと思われてもいい、馬鹿な事を言ってそれで笑ってくれるなら、それでいい。
昼休みになり、健は昼食をとる前に寮と校舎の間の徒歩5分ほどの距離を走りながら、どんな口実で部屋をノックしようかと思考を巡らせていた。
さしていい案も思いつかないまま零の部屋の前まで来た健は言い訳を考える事をやめることにした。思っている事をそのまま伝なければ想いなんて、きっと伝わらないだろうから。
「・・・零ちゃん、入ってもいい?」
小さくノックをして声をかける。恐ろしいほどに心臓が暴れ狂ってノックする手が震えている事に気付いた健は自分自身を落ちつけようと深呼吸をした。
「健君?どうして・・?」
驚いた声。涙声でないことにとりあえずホッとする。
「今日休みだって聞いたからさ。大丈夫かなって。」
そう言うと、ゆっくりとドアノブが回り、そっとドアが開いた。
「ごめん、体調良くないんだろ?寝てた?」
朝見た時よりも瞼の腫れがひどくなっている。かおるが泣かせたと言ったのは本当だったんだなと心の中で思う。
「健君、ごめんね、私・・・」
背の低い零が自分を見上げる瞳にふわりと広がった涙。
「え?!や、ちょっ!あのっ!俺が勝手に心配してただけだし!俺学校休んだ事とかないから休むってよっぽど体調悪いのかなとか思ったら心配でさっ!それにほら、今日すげー天気いいから昼休みに走りたいなーとか思って走ってたらなんとなーくここに来ちゃった、みたいな?」
慌てて思いつく限りの言い訳を並べた健に、零は思わず噴き出した。
「・・・健君って、本当にいつも元気だね。」
「えっ?!お、おう!俺から元気を無くしたら何にも残らないからな!元気だけは誰にも負けないぜ!」
泣きそうになった零をみて焦って言い訳しただけで笑ってくれたことに安心して、健も笑う。
「あのさ、俺基本バカだから何も考えてないし、俺に気ぃ使わなくていいからな!それに、俺ホント全然気づけないから言ってほしいんだよ。喉乾いたんだよバカ!とかさ。言ってくれたら、なんでもするし!元気有り余ってるからさ、何かしてないと余計疲れるっつーか。」
そう言っていたずらっぽく笑って見せると、つられるように零も笑顔を浮かべた。
「・・・いつもね、健君と話すと元気になれるんだ。健君の元気を分けてもらってるみたいだね。」
零のその言葉に、健の鼓動がはねる。
「俺の元気は有り余ってるからな!俺のまわりには元気の素がいっぱい飛んでるんじゃね?」
「そっか!じゃあ元気が欲しくなったら健君のそばに行くね。」
自分が部屋をノックした時と比べて明らかに元気になった零のその言葉が苦しいほどに愛おしくて、気付いた時には思い切り抱きしめていた。
腕の中の零は小さくて柔らかくて、甘い香りがする。
「・・・俺は、いつもそばにいたいんだけど。」
声が震える。背の低い零にはきっと、暴れている自分の心音が聞こえているんだろうと思うと余計にドキドキが加速していく。
「痛いよ・・健君、苦しい・・」
腕の中の零の訴えに我に返った健は慌てて零の身体を離した。
「ご、ごめんっ!つい・・・その、いつも元気でいて欲しいしさっ!俺はいっつも元気だしさ、だから、いっつもそばにいたら零ちゃんもいっつも元気かなって・・」
我ながら苦しい言い訳だと健は思ったが、零は楽しそうに笑ってありがとう、と背の高い健を見上げた。
「本当だね、今まで気付かなかったけど、健君とずっと一緒にいたらいっつも元気でいられるね。」
「だろっ?!なんで今まで気付かなかったんだろうなっ!よし!これからは俺零ちゃんのオプションみたいにくっついていようかな。」
何それ、と笑う零に健も笑う。これでいいんだ、と健は思う。零を笑わせる事が出来るなら、それでいい。
零ちゃんいいなー
みんなに愛されてるなー
うらやましいなー
と思いながら。
本音はもっとらぶらぶしたいです。
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