080:泣き止んで
さて、どうしたものか、と駿は心の中で思う。
女は苦手だ。特に、泣いている女は。しかもそれが、大切にしたいと思う相手ならなおさらだ。
「ごめ・・なさい・・」
「?!」
泣きながら謝る零に駿は戸惑いながらも、小さくため息をついた。
「俺に謝る必要はないだろう。俺は何もされてない。」
そう言いながらも、泣きやむ気配のない零にどう声をかけて、何をすればいいのかさっぱり見当がつかず、かといって放置することも出来ず、困っている事は確かだった。
「とりあえず、座れよ。」
そっと促して、ソファーに座らせ、ポケットに入れていたハンカチを渡す。
何があったのか、全てを知っている訳ではない。朝食の時に零の目が腫れていた事、必ず姿を現して零を連れ去ってしまう伊織がいなかった事、そして、柄にもなくかおるが荒れていた事。
それらから想像される事はいくつかあった。
「お前は、他人に頼らなさすぎる。」
「・・・え・・?」
零の隣に座って、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「前にも言っただろう。みんなお前に頼られたいんだ。それなのにお前はだれにも頼らずに強がってばかりだろう。辛い時は辛いと言えばいい。一人が寂しいならそう言えばいい。」
「でも・・・」
涙に揺らぐ零の声に、自分が泣かせたわけでもないのに心臓がズキズキと痛む。
「お前はお前のままでいいんだ。変わる必要なんかない。・・・少なくとも俺は、今のままのお前が好きだ。」
好きだ、と言ってしまってから、駿はハッとしたがあえて平静を装って続ける。
「かおるだってそう言ってただろう?他のみんなもそう思ってる。」
「でも・・・」
「何かあったのか?」
泣いている理由をうまく説明できない子供と話しているような気分にさえなりながら、駿は問いかける。
「・・・話してみろよ。少しは楽になるだろ?」
そう言って、一瞬ためらった後、駿は泣いている零の肩を抱き寄せた。
「伊織君に・・・自分の事を信じられないからって相手の事も信用しないのは相手に対して失礼だと思わないのか、って。」
零の言葉に、駿は内心なる程、と思う。なんとなくは聞いているが零はここに来る前に同級生から受けたいじめが原因で自分の事を好きになれずにいる。
好きになれない、と言うよりは自分の存在が周囲に負の影響を与えていると思い込んでいる。そう言う事を伊織は言いたかったのだろう。
伊織に冷静さがあればもう少し言葉を選んだのだろうが、伊織は伊織で、零が自分から離れてしまう事を恐れて焦っていたに違いない、と駿は分析した。
みんなそうだ。あのかおるでさえ、零の前では冷静さを失う。
「・・・それで、どうしたんだ?」
「私・・・信じてない、んじゃなくって。」
「信じるのが、怖くて、ずっと一緒にいられるって信じて、また一人になるのが、怖くて、それで・・・」
零の言いたい事はわかる。ある日突然友人らが全員結託して一人にされた彼女の過去を思えばその気持ちを想像するだけで心がチクチクと痛んだ。
「それ、伊織に言わなかったのか?」
「・・・・」
黙って頷いた零は、また肩を震わせて泣きだした。
「何を言っても信用しないなら、話しても無駄だって、怒って行っちゃったの・・・」
あぁ、と駿は心の中でため息をついた。伊織らしいと言えばそうだが、伊織らしくもない言葉だな、と思う。伊織は自分よりも彼女の過去について良く知っているはずで、知っていれば彼女の心の内くらい容易に想像できるだろうに。
「伊織は、よっぽどお前の事が好きなんだな。」
「・・・え・・・?」
「かおるもそうだ。お前の事が好きだから自分の感情がコントロールできなくなってるだけだ。心配するな。」
「でも・・・」
訴える様な瞳を向けられて駿の鼓動が跳ねる。そもそも、咄嗟の事だったとは言えあまりにも零との距離が近すぎる。
「でも・・何だ?」
早まった鼓動を悟られないようにしながら、駿は零から目をそらせる。これ以上近くで、これ以上目を合わせていたら言わなくてもいい事をまた口走ってしまいそうだったからだ。
「伊織君も、かおる君も、怒らせちゃった・・・」
しゅんとする零は叱られた子犬の様で思わず抱きしめたくなる衝動を抑えながら、駿は軽く零の頭を撫でる。
「お前に対して怒ったんじゃないさ。二人とも、うまくいかない自分に対して怒ってるんだ。お前は今まで通りにしてればいい。変わろうなんて思うな。」
「自分に・・・?」
「いつもならもっとうまくやれるし、自分の思い通りになるのにうまくいかないから歯がゆかったんだろうさ。それはお前のせいじゃなく、あいつらの問題だ。俺に言わせればそんなことでお前を傷つけたあいつらこそ、泣いて反省すべきだと思うけどな。」
泣いてる伊織なんか気色悪いだけだけど、といたずらっぽく言うと、まだ涙の乾かない瞳のまま、想像できないね、と零が少し笑顔を見せた。
「・・・やっぱり、笑っている方がいい。」
「え・・?」
思わず口に出してしまった駿はハッと口を噤むが、ごまかす事を諦めて小さくため息をついた。
「俺は・・・笑っている佐倉が好きだ。だから、泣いているなら慰めたいし、泣くような事をするヤツがいるなら、そう言うヤツから守りたいと思ってる。伊織やかおるに頼れないなら、俺に言え。」
「久遠・・・君・・・」
驚きに彩られた大きな瞳に見つめられると、居心地が悪くて目をそらせてしまう。
「・・・ごめん、なさい・・・」
「?!」
消え入りそうな声で謝った零に、駿が驚いて零を見ると、零の傷付いた様な瞳にぶつかった。
「・・・あぁ、違う、悪かった。・・・俺がお前の目を見ないのは・・・」
お前の事が好きだからだ、と言いかけた言葉を飲み込んで、駿は小さく吐息をつく。
「俺は、人見知りなんだよ。お前はじっと相手の目を見るから・・・その・・・照れてるだけだ。」
「だから、お前の事を嫌っているとか、避けているとか、そう言うわけじゃない。誤解させて悪かった。」
駿はそう言って微笑み、そんな顔するなよ、と零の額をつつくと、零はやっと少し笑顔を浮かべてありがとう、と呟いた。
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