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いつも君がいた  作者: 遙香
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076:誤解


 授業が終わると伊織が零を迎えに来て当然のように連れ去って行く、そんな毎日が続いていたが、ある放課後伊織は呼び出しを受けたからと零の所にやってきた。

「ちょっと一般教養棟へ行ってくるから、零はいい子にしてろよ。」

教室にはたくさんの生徒達がいるが、そんな事は全く気にせず零の額に口付けると、いつものように零が真っ赤になって慌てるのを楽しそうに笑ってその場を立ち去って行った。 


 零のそばを離れた伊織は、抑えきれない怒りを抱えながら、自分を呼び出した相手の元へ向かっていた。無視してもよかったがこの際はっきり白黒付けて終わらせるべきだろうとも思った。

待ち合わせ場所、と言っても一般教養棟近くの校舎横。他校の生徒が入ってこれるのはせいぜいこのあたりまでだ。イライラしているせいで歩調が速くなる。遠くに鈴山高校の制服が見えると、伊織のイライラはさらに高まった。


「二度とここへ顔を出すなって、言ったはずだ。」

静かだが、激しい伊織の怒りの炎がゆっくりと周囲に燃え広がり、伊織の姿を見とめて笑顔を浮かべた鈴山高校の女生徒の瞳に怯えの色が広がった。

「わ・・・私は!伊織様のために・・・」

「俺のため?俺のためだって言うならもう二度と俺の前に顔を見せるな。目障りだ。」

「伊織様は・・・佐倉零と言う方の本当の姿をご存じないのです!伊織様以外の方とも親しくして・・・!」

「黙れ!」

ダン、と壁を叩く

「零が何だって?アイツの事を貶めるような事を言うって言う事は、アイツを愛してる俺を侮辱しているって事だぞ?この俺様を侮辱するとはいい度胸じゃねーか。女だからって俺は容赦しないぜ?わかっててやってんのか?」

目の前の女が零に嫉妬して起こした行動だと言う事は理解していても、悪意のある陰口に怒りが抑えきれない。

「俺の女は最初から一人だけだ。ぐだぐだ言ってやがると消すぞ、」

聞く人が聞いたらかなりヤクザなセリフ。伊織なら本当にやりかねないと、誰もが思うだろう。

「とっととうせろ。二度と俺の前に姿を現すな。」

顔の横に手を付いて、耳元でそう言うと、伊織は振り向きもせずにその場を後にする。殴られなかっただけありがたいと思え、と心の中で思うが苛立ちが押さえ切れず、強く掌を握り締める。こんなところまでのこのこやってきて、こともあろうに零の陰口を言うなんて。

でも、と伊織はぐっと奥歯をかみ締める。零を敵視する存在が多いのは自分のせいであるいことは紛れもない事実であり、それが零を苦しめている事も知っている。だからこそ余計に腹が立った。





「・・・あ・・・」

零はとっさに、物陰に身を隠す。このところなかなか図書室へ行く時間を作れなかったこともあり、一人の時間を有効活用するために一般教養棟にある図書室へ向かっていた。

 一般教養棟の前の二人の人影。一人は間違いなく伊織だ。もう一人は、他校の生徒なのだろうか、見たことのない制服を着ている。すらっと背が高く、大人びた綺麗な顔立ちをしている。

・・・何、してるんだろう・・・って言うか、私なんで隠れてるんだろう・・・。

少し離れていてはっきりとは見えないが、壁にもたれた女子の脇に手をついて、顔を覗き込むようにしている伊織の姿勢はまるでキスをしているように見える。

ズキン、と胸に広がる痛みに零はうろたえた。伊織が女生徒にモテることくらい、最初から分かっていて、伊織が自分の気に入った相手には気まぐれに優しくする事も知っている。

それでも、いつも自分に対して向けてくれる伊織の優しさを、いつの間にか自分にだけ向けられる特別なものだと思っていた自分の傲慢さと、そばにいてくれる事を当たり前だと思ってしまっていた浅はかさに気付いた零は、突然闇の中に一人で放り出されたような感覚を覚えた。

自分の傲慢さのせいで、やっぱり本当は独りぼっちだと言う事を忘れていた。みんなの優しさに、伊織の優しさに甘えて、自分が本当は何もできない嫌われ者だという事実を忘れてしまっていた。本当は誰も相手にしてくれるはずのない存在だったはずなのに。


 いつも好きだと、お前だけだと言ってくれる伊織の言葉は偽りだったのだろうかと、ぼんやりと考えてしまっている自分に気付いてハッとし、何となく見てはいけないものを見てしまったような気持ちと、自分自身への失望感とが入り混じってめまいがする様な息苦しさを覚えた。

焼きもち、ではない、不安。よく考えてみれば、自分の様な取り得のない人間の事をあれほどまでに好きだと言ってくれる方が不自然だと、今更ながらに思う。

・・・さっきの人、綺麗な人だったし。

どう見ても、伊織の隣に立って絵になるのは自分ではなく、さっきの子だと思う。本命はさっきの子で、自分の事は寮での暇つぶしに違いない、とそう思うと息ができなくなるほどの苦しさに囚われた。






「零ちゃーん!・・・どうかした?体調悪いんじゃないのか?」

 習慣になっている放課後のトレーニングを終え、寮に帰ろうとしていた健は遠くに零の姿を見つけて寮までのプチデートをしようと追いかけた。零の近くまで来た健は、胸を押さえてフラフラと歩く様子に気付いて駆け寄る。もともと色白の零の肌が今日は透けるように白い。

「健君・・・。ううん、なんでもないよ。」

笑おうとして、上手く笑えていない自分に気付く。伊織が好きだと言ってくれる事が当たり前で、本当に好きでいてくれていると、信じていた。良く考えたら伊織ほどの人物が自分の事を好きだと言うこと自体ありえないことなのに。

「・・・零ちゃん?」

「・・・私、部屋に戻るね。」

零は曖昧に微笑んで、足早に寮に向おうとして、健に腕を掴まれた。

「なんでもないって顔じゃないだろ?顔色も悪いし!寮に帰るって言うなら、俺も帰るとこだし、一緒に帰ろう。」

「だ、大丈夫だってば、」

心の奥がズキズキと痛む。そして、自分が思った以上に伊織の事を好きでいると言う事実に気付いた零は少なからず戸惑いを覚えた。今まで、自分が伊織の事を本当に好きなのかどうか、あまり自信が無かった。いつも好きだといってくれる伊織の側にいることで居場所を与えらている事に安心して、側にいろといってくれる言葉に甘えている事に罪悪感さえ覚えていたのに。

「零ちゃん?!」

気付くと、零の瞳からポロポロと大粒の涙が溢れていた。何が辛いんだろう?と零は思う。伊織が他の人を好きと言う事が辛いのか、居場所を失った事が辛いのか、自分でも良く分からない。でも、一つ確実に言える事は、伊織が自分の側からいなくなってしまう事への恐怖心。ずっと側にいられると思っていたのに一人ぼっちになってしまうと思うことが、たまらなく怖かった。

「ごっ、ごめんっ!痛かった?!そ、そんなつもりじゃ・・・あの、俺っ、ご、ごめん!」

・・・泣きたいわけじゃ、ないのに・・・。健君、困ってるのに・・・!

心の中で思っても、溢れ出した涙は簡単には止まらない。心の中を暴れる、一人ぼっちになる事への不安。また、一人になる、と言う思いが零の過去の傷を新しくえぐる。ずっと一人ぼっちだった前の学校での2年間が悪夢の様に零の心に広がった。

「零ちゃん・・・あの・・とりあえず、寮へ戻ろう?」

「・・・・・」

健は恐る恐る零の肩に手を置いて、寮の方へ促す。何故急に泣き出したのか、理由が全く想像できず慰める事もできない。

「私、平気だから、」

零はやっとそれだけを言って、歩き出そうとした時、風に交じってふわりとムスクの香りがした。

「健っ!俺の零を泣かせるとは、いい度胸してやがるな、てめぇ!」

「い、伊織っ!ち、違う、違う!俺何も・・・っ!いってぇ!」

「何もしてないのに泣くのか?どうせ言うならもうちょっとマシな言い訳にしろ!ただでさえ俺は今気が立ってるんだ、ごたごた言ってると再起不能にすんぞ!」

「・・・・・!」

零は突然その場に伊織が現れた事と、現れるなり健を殴り飛ばした事に呆然と立ちすくむ。

「・・・零、大丈夫か?」

「・・・どうして?」

「ん?どうした?」

「・・・どうして、優しくしてくれるの?」

「?」

まだ涙の止まらないままの零の問いかけに、伊織が戸惑った瞬間、零はいたたまれなくなってその場から走って逃げだした。

慰めてくれただけの健が殴られた事も、伊織がいつも通り優しく声を掛けてくれた事も、全てが刺のように心に刺さって涙になった。




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