075:堂々と
寮母さんから健への伝言を頼まれた零は、放課後サッカーの練習をしている健を探しに一般教養棟にあるサッカーコートに来ていた。
傍らに、面倒だと文句を言いながらも零についてきた伊織の姿があった。
「あ、健君あそこにいた!」
遠目にも、健がそこにいると分かるのは周囲に集まっている彼のファンである女生徒たちの多さだけでなく、彼自身の存在感なのだろうと零は思う。
「こら、コッチでは離れんなって言ってんだろ。」
校庭の向こうに探していた健の姿を見つけて駆け出そうとした零の腕を伊織が掴んで引き止める。
「お前は俺の隣にいろ。」
ぎゅっと肩を抱き寄せられた零は恥かしくなって俯く。優しく微笑まれるとドキドキしてしまう。今までももっと激しく抱きしめられたり囁かれたりしているはずなのに。
「何赤くなってんだよ。」
「だって・・・みんな、見てるし・・・」
小さな声で呟く零。確かに周囲には一般教養棟の女子をはじめ、生徒達がたくさんいる。伊織は周囲を見渡し、興味本位なのか羨望なのか嫉妬なのか、こちらに向けられている視線を受け止める。
「いたら、何?俺は零とのこと、隠すつもりはないぜ?堂々としてればいい。俺が零の事を好きだってこと、ここにいる奴らに解らせてやるよ。」
嫉妬の混じった視線を零に送っていた女子を睨みつけて伊織は言う。
「おい、てめぇら何見てやがんだ。零は俺の女だ。余計な事言いやがったら俺は女でも容赦しないぜ、文句があるなら俺に言え。コイツに惚れてんのは俺の方だからな。」
「い・・伊織君・・・」
そう言って、伊織は抱き寄せた零をそのまま腕の中に閉じ込め、伊織の腕の中で零はどうしていいかわからずに伊織を見上げた。
「どうした?」
周囲を睨んでいた鋭い瞳から一転して、ふっと穏やかな瞳になる。ただそれだけの事が嬉しくて、零の頬が染まる。
「もう、行こうよ、」
「もう?俺はもっと見せ付けてやりたいんだけど?」
いたずらっぽく笑って伊織はひょい、と零を抱き上げる。と、悲鳴の様な声が周囲から上がった。
「ちょ、伊織君っ!」
突然お姫様抱っこをされた零は慌てるが、伊織は涼しい顔。
「ちゃんとつかまれよ。」
伊織は声のした方にチラリと視線を投げ、抱き上げた腕の中の零の額にキスをした。
「おい、伊織、やりすぎだろ。」
「・・・んだ、竹川邪魔すんなよ。」
あいつらに火ぃつけてどうすんだ、と呆れたような表情の竹川に悪びれもせず伊織は再び零の額に口付ける。零は耳の先まで真っ赤になって顔を上げられないままじっとしている。
「零、顔上げて、」
「・・・・」
・・・無理だよっ!こんな状況で、こんないっぱいみんながいる前で!お姫様抱っこしてこんなのってナシだよ!
「零、頼むから、」
耳元で囁かれる懇願するような伊織の声に、零が恐る恐る視線を上げると間近にあった伊織の優しい瞳にぶつかってふっと吸い込まれそうになる。
「零、好きだ。」
「・・・・っ!」
その瞬間、フレンチキス、では済まない熱いキスが舞い降り、零の思考は完全にフリーズした。
「・・・いーおーり、教師の前でよくもまぁそんな堂々と・・・。おい、お前らこっち来い!」
ものすごい悲鳴が溢れる中、竹川が伊織の頭を軽く小突く。
「邪魔すんなって、」
「問答無用だ!この俺様がじきじきに教育的指導をしてやる!・・・いつまで零を抱いてんだお前!さっさと放せバカ野郎。」
「イヤだね。俺が俺の女を抱いて何が悪い。」
「悪いに決まってんだろうが、ここは学校だぞ?」
「学校だろうがどこだろうが、俺は惚れた女を放す気はないね。」
「はいはい、分かりましたよ。どうでもいいから、とにかくこっち来い!」
これ以上あいつらを刺激すんな、と耳元で囁かれ、しぶしぶ伊織は竹川に従って職員室の中に入った。
「あ・・あのっ、もう下ろして?」
「なんで?」
「なんでって、ここ職員室だよ?」
「だったら何?」
「・・・・・」
・・・だめだ・・・伊織君はやっぱ、伊織君なんだ・・・。
強引で、炎の様に激しい伊織。二人でいるときはいつも別人になったかと思うほど優しくしてくれるのに、と思う。
竹川に連れられて、職員室の中にある個別面談室に入る。伊織は全く悪びれる事もなく零を抱いたまま椅子に座った。
「おいっ!おまえなぁ・・・。姫さんにご執心なのは分かるが、限度ってもんがあるだろうが。」
呆れ顔の竹川に伊織はいつもの挑戦的な笑みを唇の端に浮かべる。
「寮ではもっと激しいのに校舎ではダメだって言う理由が知りたいね。」
「・・・伊織君ッ!」
・・・その意味深な発言やめてよっ!
真っ赤になって伊織を遮ろうとする零を見て、竹川は諦めたような溜息をつく。
「要するに、伊織の片思いってわけか?ようやく姫さんに振り向いてもらっても、そうやってないと他の男に取られるんじゃないか気が気じゃない、と。」
まぁ、姫さんの周りにはいい男が山ほどいるからな、と竹川はニヤニヤ笑う。
「まぁ、当たらずも遠からず、だな」
意外にもあっさり認めた伊織に竹川は少し驚く。
「明らかに、俺が零に惚れてる。やっと振り向いてもらったってのも本当だしな。」
「い・・伊織君・・・」
戸惑いを隠せない零に構わず伊織は続ける。
「零を狙ってるヤツは本当に多いからな。特に厄介なのがナイト様さ。あのイタリア野郎油断も隙もねぇからな。」
それは言えてるな、と笑う竹川は本当に教師なのかと疑いたくなる。
「だから、誰も姫さんに手を出そうと思わせないように、みんなの前で見せ付けるってか。まぁ、そりゃ順当な選択だわな。」
「せ、先生!」
抗議するような声をあげる零に竹川は意地悪な笑みを向ける。
「けどお前は伊織を選んだんだろ?伊織がこういうヤツだって分かった上で選んだんじゃねーの?」
・・・・せ・・・先生・・・。
「そうだ、俺もまだ、零が何故俺を選んでくれたか、聞いてないな。」
ついでに、まだ好きだとも言ってもらってない、と伊織は意地悪な笑みを浮かべながら零を見る。
「そりゃぜひ聞きたいねぇ。俺が許す。話せ。」
・・・せんせーっ!
零は非難を込めた瞳で竹川を睨むが、竹川は全く悪びれもせず早く話せよ、と零を促した。
「ここで零が俺にキスしてくれるなら話さなくても許してやるよ。どっちがいい?」
「い・・伊織君ッ!そんなこと出来るわけないでしょッ!」
真っ赤になって抗議する零に伊織は意地悪な笑みを向けながらその額にキスをする。
「はい、零の負け。」
「・・・・・」
・・・もう、何でこうなるの?!先生まで一緒になってそんなことっ!
心の中で竹川をうらみながら、零は何とかこの場を誤魔化そうと思考をめぐらせたがいい案は思いつかず、諦めてため息をついた。
「・・・理由、なんてないけど・・・伊織君は・・・いつも守ってくれるし・・・」
・・・なんか、改めてこう言うのって、超恥かしいんだけど・・・。
自分でもはっきりと分かるほど顔が熱い。
「ちゃんと、叱ってくれるし・・・普段みんなには怖いのに、私には優しくしてくれたりするところとか・・・」
恥かしすぎてまっすぐに伊織を見る事が出来ずに俯いたまま小声で言葉を紡ぐ零を抱く伊織の腕にぎゅっ、と力がこもる。
「はいはい、ご馳走様でした。・・・それにしても零はかわいいよなぁ・・・そんな真っ赤になってよぉ?なぁ、伊織?」
「俺の零を勝手に呼び捨てにすんじゃねぇよ。零が可愛いのは前からだ。言われなくても知ってるさ。」
「・・・・・」
・・・もう、消えたい・・・。
「零、俺はお前の存在の全てが好きだ。お前と同じ時代に生まれた事を神に感謝したいくらいに。」
「・・・かおると言い、お前と言い、海外帰りの奴らはどうしてそうも情熱的なのかねぇ?言ってて恥かしくないのか?そう言うセリフ。」
しかも、ギャラリーがいるとこで堂々と、と呆れ顔の竹川にチラと視線を送って伊織は再び零を見つめる。
「本当の事を言うのに恥かしいと思う方が恥かしいだろ。俺は零を好きなんだ。隠すつもりはない。」
・・わ・・私は、恥かしいんだけど・・・。
「こっち向いてくれよ、零。お前はいつもすぐに逃げちまう。」
「に・・逃げてなんかないよ、」
「逃げてるさ。すぐ俯いて目を逸らす。」
・・・・だって、だって!!伊織君がまっすぐ見すぎなんだよ・・・。
「こっち向けって、」
「・・・・・」
・・・なんでそんな強引なの?!先生いるのにっ!
「伊織、そんくらいにしとけ。あんまり強引なのは嫌われるぞ。」
・・・先生ナイスッ!
零は内心思う。伊織の強引さは時に嬉しくもあり、度を越すと責められているような気分にもなる。
「・・・チッ、竹川邪魔すんなよ、」
竹川を毒づきながらも、伊織はそれ以上追求する事をやめた。
「あの伊織がねぇ?そんなに姫さんに嫌われるのが怖いのか?」
ニヤニヤと笑う竹川を鋭く睨んだ伊織だったが、当たり前だ、と呟いた。
「命を懸けてでも守りたいと思う相手にやっと振り向いてもらったんだ。二度と手放したくないと願って当然だろう。」
それに、と伊織は続ける。
「まだ零の心の全てが俺に向いていない事くらい、分かってるからな。こうやって抱いていても不安になるさ。」
「・・・伊織君・・・。」
伊織の言葉に、零は驚く。不安?伊織が不安を感じているなんて、思った事もなかった。
「おい、そんなに見つめるなよ」
驚いて伊織を見る零に、今度は照れたような笑みを浮かべながらも伊織はまっすぐに零の瞳を見つめ返した。何秒くらいお互いの瞳を見ていたのだろう。伊織の瞳は深い宇宙を思わせる黒。強い意志を秘めた強い眼差しは見ていると吸い込まれそうになる。
「お前らいつまで見つめあってる気なんだ?俺、ここに居るんだけど?そろそろ外のほとぼりも冷めてるだろうから、とっとと寮へ帰れ。お前らがいると目に毒だ。」
「言われなくても帰るさ。」
再び零を抱き上げて立ち上がった伊織を竹川が遮る。
「一般教養棟内ではそれはナシだ。よろしくやるのは向こうだけにしてくれ。後始末が大変な事くらい、お前もわかってんだろうが!」
「・・・しゃーねぇ。たまには言う事聞いてやるよ、」
伊織は零を床に下ろし、当然の様に手を握って職員室を後にした。
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