069:目が覚めて
「・・・零ちゃん、気がついた?・・・良かった。心配したんだよ?」
「え・・・?わ、私何やって・・・?」
「零ちゃん、覚えてないの?・・・そっか・・・とにかく、無事でよかった。」
かおるの部屋の、かおるの寝台で横になっていた事に、零は気付く。起き上がろうとすると体中が痛み、自分の身体なのに自分の身体でなくなったようで少し動かす事も億劫だ。
かおるはいつものようににっこりと、穏やかな微笑みを向けて、先生を呼んでくるから少しいい子で待ってるんだよ、とかおるはそっと零の頭を撫でてその場を離れる。
・・・私、何したの?
状況が把握できないまま、いつものように片付いたかおるの部屋をぼんやりと見渡す。
「零ちゃん、入るよ。」
軽いノックの音がして、かおるが顔を出す。
「あ、はい。」
「・・・そのまま、寝てて?大丈夫だからね。」
起き上がろうとする零をかおるは慌てて制し、伴ってきた男性を、本家の医者だと紹介した。医者は零の瞳の反応や、その他一連の確認を取り、基本的には大丈夫とかおるに告げる。
「物理的な傷はやがて良くなります。とりあえず、しばらくの間は安静にして下さい。ただ、背中をかなり強く打たれており、内出血がまだ止まっていないませんので、くれぐれも無理をせず、できるだけ長い間安静になさってください。」
零は診察を受けている間、自分の足や腕に無数の傷があることに驚いていた。目が覚めたばかりの時は気がつかなかったが、医師に言われて深呼吸すると背中がひどく痛む。
「先生、ありがとう。・・・零ちゃん?ほら、安静にって言われたでしょ?ちゃんと横になってないと。」
「あ、あの、かおる君?どうして私、こんな怪我してるの?私、何かした・・・?」
「うん、ちょっとおてんばさんだったね。でももう大丈夫だから、今はゆっくり休んでて?」
「でも!ここ、かおる君の部屋だし!私、自分の部屋へ・・・」
「零ちゃんは怪我人なんだよ?そんな怪我でどうやってロフトの上にあがるの?先生に診てもらうのも大変でしょ?余計な心配しないで早く寝なさい。」
「は・・はい・・・」
穏やかで優しい口調なのに有無を言わせない響きに零は大人しく従って柔らかな寝台に身体を預けた。
しばらくの後、零が眠ったのを見届けたかおるは小さく吐息を付き、そっと部屋を出る。
零の傷は決して軽傷ではない。背中を強打した箇所は出血こそしていないが内出血がひどく、かろうじて内臓にダメージが及んでいないのは奇跡的だ。腕と足にいくつか刺さっていた破片は全て抜いて処置をしたが、『鋭利な物でない』もので無理やり切り裂かれた傷からの出血はひどく、ようやく止まったばかりだ。
足を向けた先は伊織の部屋。零の記憶が混濁しているのは幸いだ、と思う。
ノックはせずにそっとドアを開ける。輸血と点滴の管に繋がれた伊織は必要以上に弱って見えた。
「・・・伊織、君が目を覚まさないと、零ちゃんはきっと傷つくから。彼女を守る騎士だと言うなら早く目を覚ませ。」
零からの電話を取った時、心臓が凍った。それでも伊織がいると聞いて同時に安心もした。彼が側にいるなら、零は無事だと思えた。自分の命を懸けてでも姫を守る騎士。自分以外に存在するとしたら伊織だと思っていたから。
ざっくりと裂けた背中と右腕の傷。奇跡的に神経に触れていないのは彼の運動神経なのか、運なのか、とかおるは思う。おそらくとっさに自分の身体で零をかばったのだろう、肋骨が折れ、背中にも強い打ち身があったが、命は繋がっている。
あれだけ出血しても意識を失わず、これだけの怪我で悲鳴もあげず最後まで零をかばった精神力はさすがといわざるを得ない。
「かおる様、」
そっと扉が開いて医師が顔を出す。
「あぁ、頼むよ。」
治療は医師に任せてかおるは部屋を出る。
「かおる、伊織の様子は?」
伊織を心配して部屋の前に来ていた健に、かおるは微笑む。いつもは言い合いばかりしていてもやはり仲間だと思う。
「あぁ・・まだ眠ってる。とりあえずは落ち着いてるけど。」
「そっか・・・。零ちゃんは・・?」
「零ちゃんはさっき一度目が覚めたよ。ショックのせいか、記憶が飛んでるみたいだから・・・余計な事は言わないようにね?」
何が余計で、何が知らせるべき事実なのか、と心の中で思う。何も知らせない事が正解なのだろうか?
「とりあえず、しばらく安静にって事だから、僕のベッドに寝ててもらうよ。・・・駿にも伝えておいて。伊織の怪我のことは零ちゃんの前では話さないように、って。」
「あぁ、分かった。」
かおるは重い心を抱えたままゆっくりと自分の部屋へ戻る。そっとドアを開けると、ベッドの上で眠っている零が目に映る。顔に傷がなかったのは幸いだ、と思う。
・・・伊織は・・・もしそれで自分が命を落としてもいいと、本気でそう思ったんだろうか?
かおるは心の中で思う。意識を失う直前に、それでも零には自分の怪我の事を黙っていろと言える強さ。敵わない、と思った。この僕が。もし自分が同じ立場だったら、どうしていただろう?そう思いかけて思考を断ち切る。起こってもいない事を仮定で論じるのは自分らしくない。
「・・・零ちゃん・・・君の事を思う気持ちは誰にも負けないと思っていたけど。」
瞳を閉じて眠っていても完璧と思える美しさを保っている零を見つめてかおるは溜息をつく。何故こんなに好きなんだろう、と思う。まだ出逢って数ヶ月しか経っていない同級生。思えば、出会った瞬間から好きだったな、と出会った日の事を思い出す。
好き、と言うよりは、構わずにいられない危うさ、とでも言うべきか。気がついた時には目が離せなくなっていた。
「記憶が戻ったら、零ちゃんが手の届かないところへ行ってしまいそうな気がして、少し怖いよ。」
「何故、あんな危ない場所に行ったの?何故、伊織と一緒だったの?聞きたいけど、きっとずっと、聞けないままなんだろうね。」
眠る零に語りかけてかおるは溜息を付いた。




