061:文化祭2
かおるや駿の執事姿を見たいと詰めかけた女子生徒たちであふれかえった教室は、当日だけの忙しさを選択して何も準備をしなかった罰といえるほどの忙しさだった。
カフェ、とは言っても、飲み物は紅茶とコーヒー、スウィーツはクッキーのみという手抜きにも関わらず、だ。
零は男子生徒がお客として来ないのをいい事に裏方に徹し、紅茶やコーヒーの準備に追われていた。
「・・・零ちゃん、
ドリップ式のコーヒーをたてていた零は、聞きなれたかおるの声に顔を上げる。
「あんまり気が進まないけど、お客さんだよ。」
かおるが視線を投げた先に目をやると、珍しく上機嫌な伊織。
客として来ている女子生徒達が遠巻きに伊織様、と騒いでいるのが聞こえてくる。
あそこに出ていくのか、と考えただけで鳥肌が立つような嫌悪感を覚えた。
一瞬、伊織と瞳が合う。いつも通り自信に満ち溢れた毒のある瞳だったが、瞳が合った瞬間、その瞳の奥に別な感情が閃いた気がした。
座っていた椅子から立ち上がり、込み合っている教室の中を横切ってくる。伊織の隙のない動きは音もなく歩く黒豹のようだ。
伊織が近づいて来たのを見たかおるは小さく吐息をついて、相変わらず騒いでいる女子をなだめにその場を離れて行った。
「零、」
「な、何?」
ホールとパーティションで仕切られた『厨房』に入ってきた伊織に零は思わず身構える。
「お前を頭の悪い連中の餌食にするほど俺は馬鹿じゃないからな。お前も気をつけろよ?」
「え?」
「かおる!」
「・・・はい、ご主人様」
ホールを優雅に歩き、伊織のそばで頭を下げる”執事”に零は見とれる。
でも、よく考えたらかおるくんは執事じゃなくって、ご主人様の立ち位置のはずなのに・・・。
「俺の姫をホールに出すような真似、するんじゃねーぞ。」
「仰せつかりました。」
「零、後で、必ず、俺の部屋へ来い。」
有無を言わせぬ強い瞳。でも、いつの頃からかその中に優しさを見つけられるようになった。
「よかったね、伊織が馬鹿じゃなくて。」
悠然と立ち去っていく伊織の背中に目をやり、かおるは零に微笑みかける。
「主君の言いつけは守らなきゃね。」
嵐のような一日が暮れていく。片付けも終わり、一日だけのお祭り騒ぎが終了した。
ふぅ、と一息ついて、着慣れないメイド服を着替えようと、教室を出て女子トイレに向かう。ピンでしっかり留っているネコミミを外そうと髪に手をやった瞬間に身体の自由を奪われた。
『Das Versprechen?《約束は?》』
「っ?!
突然耳元で囁かれたドイツ語。驚きすぎて声にならない声を上げる。柑橘系のムスクの香り。背中から伊織の胸の中に閉じ込められて呼吸するのも困難だ。
「主人の言いつけも守れないメイドにはお仕置きが必要だな、
ぎゅ、と強く抱きしめられた腕に久しぶりに頭の中が沸騰する感覚を覚える。
「すげードキドキして、可愛い。」
いつも彼がするように、耳の後ろに頬を寄せてくる。呼吸することすら忘れるほどに何も考えられない。伊織の腕に拘束されたまま、くるりと身体を回転させられ、間近に伊織の顔が近付く。
「俺の部屋に来るって、約束は?」
だめだ、もう、気を失いたい!!どうしてこんなにドキドキするの??いつもと同じことされてるだけなのに!
「だ・・だって、このままじゃ・・・耳とか外さなきゃ・・」
「そんなかわいい声出したってダメ。俺はかおると違って紳士じゃないからな。こんなに可愛く誘われたら何するか分からないぜ?」
「さ・・誘ってな・・・っ!」
伊織の唇が零の言葉を遮る。頭の奥がしびれる様な、突然重なった唇の甘い刺激に時間が停まる。
零の脳が思考を開始するまでに、どのくらいの時間が過ぎたのだろう。零の記憶装置が一瞬止まり、再開する。
こ、こ、これって・・・キス・・・
強引なのに、嫌悪感は覚えない。伊織の腕の中で耳元で聞こえる心音が自分のものなのかさえも分からない。
「零、好きだ。愛してる。」
唇が離れ、今までに見たことのない、まっすぐな伊織の瞳に射抜かれる。
「誰にも触れさせたくない。俺だけのそばにいろ。」
「・・・おり・・く・・
うれしいのか、驚いているのか、悲しいのか、わけのわからない感情に体が震え、思考がまとまらない。
「絶対に傷つけない。誰にも傷つけさせない。誓うよ。俺だけを見てろ。後悔させないから。」
いつもの絶対的自信に満ち溢れた伊織と、どこか不安げな伊織。少し攻撃的なセリフとは裏腹に伊織の声も少し、震えてる?
「零、」
伊織の手が頬に触れる。
「キス、していい?」
「っ?!」
反射的に顔をあげてしまう。ぶつかった視線。いつもの毒のある瞳ではない、やさしい光を湛えた、少し不安げな瞳。
「今はまだ、好きじゃなくてもいい。必ず惚れさせる。だから、俺のそばにいろ。」
ごく自然に、伊織の腕の中に抱きよせられている自分に気付く。温かで優しい、安心できる場所なのかもしれない、と錯覚するほどに伊織の腕は優しく零の身体を包む。
「・・・んなに見んなよ。さすがに照れるじゃねーか、」
「ごっ、ごめんっ!」
驚きすぎて、伊織の瞳を見詰めたまま固まっていた零は、反射的に謝ってしまう。驚きすぎて、心も、体も全くついていけていない。
「謝らなくていい。俺だけ見てろって言ったのは俺だからな。」
こんなにも優しい瞳、初めて見た・・・伊織君って本当は、優しい・・?
ぼんやりとそんなことを思う。
「俺の気持ち、ちゃんと伝わったか?」
「え・・・・?」
「お前、前に俺の言ってることは信用できないって言ってたろ?」
「あ・・・それは・・・」
「俺は本気だ。最初から、ずっと。」
高圧的でない伊織と話すと、調子が狂う。いつもなら、また調子いいことばっかり言っている、と怒った振りをして恥ずかしい気持ちをごまかせるのに。
「今すぐじゃなくていい。いつか信じさせるさ。」
そう言って伊織は彼らしくない優しい頬笑みを浮かべ、それにしても、と零の身体を離し、一歩離れて零を見る。
「俺の好みで選んだとは言え、カンペキだな。お前ほどネコミミの似合うやつも珍しいんじゃないの?」
俺の子猫ちゃん、といつもの調子で頭を撫でる伊織に、ようやく大混乱していた零の心が平常心を取り戻す。
「ちょっ!やめてよそう言うのっ!」
「・・・零、」
「な、何?」
「さっき、悪かったな。」
珍しくきまり悪そうに謝る伊織。
「え?何が?」
「・・・ばか、言わせんなよ。いきなりキスして悪かったって言ってんだよ。」
「あ・・・///」
反射的に真っ赤になった零の額を軽く小突いた伊織は、他の奴らに触られるんじゃねーぞ、と言い置いてその場を離れて行った。
ご無沙汰してしまいました。久しぶりの更新です!私的ツボをたくさん盛り込みすぎました。
普段と違うっていうのに萌えます。




