059:花火へ
次こそは!
ホラー映画騒動以来、零はなんとなく皆との接触を避け部屋にいることが多くなっていた。
もちろん、課題を終わらせるため、と言う口実もあり不自然さはない、と自分では思っている。
思い出すと、心が痛い。
皆の優しさと、もしかしたら本当かもしれない『好き』と言う想いがじわじわと零の心の奥に広がる。
・・・私が好きになってもらえるなんて、ありえない。
そう、思う。
だけど、ウソであんな事が、言えるんだろうか?冗談であんな事を?
・・・私、どうしたいんだろう・・・。
頭の奥が痛くなるような数学の課題を眺めながらぼんやりと思う。
誰かを好きになって、誰か一人のそばにいたいと思う瞬間がくるんだろうか、と漠然と思う。
皆といる事が楽しくて、皆の事が好き、だと思う。だけどそれは、友達としての『好き』でしかない。
「零ちゃん、いる?」
そのとき、コンコン、とドアをノックする音がして、健の声が響く。
「いるよ?」
こたえると、そっとドアが開いて健が顔を覗かせる。
「どう?課題、進んでる?」
「・・・全然ダメ」
「俺、手伝うからさ!だから、あの・・・
「?どうしたの?
珍しく口ごもる健に零は少し驚く。
「あのさ、今日の夜、花火見に行かないか?」
「えっ!花火あるんだ!」
「うん、くらっち浴衣あるって言うしさ、浴衣着て、見に行こうぜ!」
「浴衣かぁ!いいね!楽しそう。」
花火なんて、いつ以来だろう、と思う。浴衣を着るもの久しぶりで露天の並ぶ様子を思い浮かべるとわくわくした。
「うん、行く!」
じゃあ、5時に玄関集合な、と健が部屋を出て行くと、零は久しぶりに心が晴れる気がした。
悩んでも答えが出ないのなら、悩む必要などない。今は目の前の、できる事を精一杯やるだけだ。
約束の時間が近くなり、零は寮母の部屋で浴衣を着付けてもらっていた。
想像していたのと少し違う、濃い紫色の下地に蝶が舞う大人っぽいデザインで、自分には似合わないのではないかと不安になる。
「零ちゃんかわいいから何でも似合うわね、」と満面の笑みの寮母さんだったが、零は鏡の中の自分が恥かしくてうつむく。
「ほら、髪もアップにして・・・メイクもしなきゃダメよ?」
「はぁい・・・」
綺麗に結んでもらった帯が少し嬉しい。寮母さんが貸してくれたかんざしで髪をアップにして、少し逆毛を立ててふんわりと散らす。メイクはあまり気が進まなかったが、寮母さんに言われるまま、アイラインを引いて、マスカラをつける。
「下駄はあるし、ポーチはあるし・・」
寮母さんは嬉々として準備をしながらメイクをしている零を見て微笑む。こんなに可愛いのに、どうして自信をもたないのか、いつも不思議で仕方がない。
「はい、これで完璧。いってらっしゃい!」
ポーチを渡された零は、部屋の時計を見て驚く。5時、と約束していたのに、5時を少し回っている。
「大変!行ってきます!きゃぁっ!ごめんっ!」
急いで寮母さんの部屋を出たところで健に激突する。
「おっと・・・・零ちゃん、大丈夫?!・・・ってちょ、零ちゃん可愛すぎる・・・」
「わ、私は大丈夫・・・ごめんね!」
顔を上げて笑うと、ふっと健が目をそらせる。
「・・・健君?」
「あ、いや、その・・・あんまり可愛いから、その・・・なんかさ・・」
直視できない、と照れたように笑った後、行こうか、といつもの調子で笑う。
「か、可愛いとかっ!そんなのないもん!・・・似合わないでしょ?こんな大人っぽいの・・・」
なれない下駄では歩きにくく、どうしても少し遅れてしまう。
「・・・似合ってるよ。すごく可愛い。・・あ、零ちゃんごめん、俺、歩くの早かった?」
顔が赤くなっているのを悟られずに済むと思うと、健は心の中で日焼けしていてよかった、と思う。
「ホントに・・?よかった!似合ってないって言われると思ってたんだ!」
嬉しそうに笑う零の笑顔に健の心の奥がざわめく。自分に向けられる感情が、トモダチ以上でない事を、健は知っている。
かおるや伊織のように好きだと言えば零はどう思うのだろう、と思うと苦しくなる。どうせ叶わない想いなら、ずっとこのまま、友達のままの方がいいと思う自分もいる。
「めちゃくちゃ似合ってるぜ?零ちゃんもっと自信持てよ!こんなかわいいのにさ。」
健は零に歩調を合わせてゆっくりと歩きながら、伊織の様に零の肩を抱けたらどんなにいいだろうと思う。
「健君はいつもかっこいいよね!さわやかスポーツマン!」
「零ちゃんにそういわれると何か照れるな。」
普段から女子にかっこいいといわれる事には慣れていたが、零にそう言われるとなぜか気恥ずかしくなる自分がいる。
年に一度の花火、と言う事もあり、人出は多い。露天もたくさん並んでいて、別に欲しい物があるわけでもないのに心が躍った。
「あそこからだと、座って見れるから、あそこ行こう。」
健が指差した先は高台の公園。みな露天のある場所に集まっていて遠目に人は少ないように見える。
「石段、危ないから気をつけて、」
そう言って健は照れくさそうに手を差し伸べる。
「あ・・ありがとう!」
零はかおるのそれとは違う、健の優しい気遣いが嬉しくて、少しドキドキしながら健の手に掴まった。
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