049:プラネタリウム・3
引き続き零とかおるです。
オープンスペースのあるおしゃれなカフェについた二人は、外の景色がよく見える席でゆっくりと昼食を取る。パスタと飲み物、デザートがセットになったセットメニューだが、全てのメニューから好きなものを選べる良心的なシステムで女性に人気がある。
店内は女性客が大半で、店に入った時からチラチラとかおるに視線が投げられている。
・・・やっぱり、かっこいい人は注目されちゃうよね・・・。
零は内心そう思いながら、同じテーブルについている者として、かおるに恥をかかさないように、と少し姿勢を正す。かおるのテーブルマナーは完璧でいつ見ても参考になる。
「零、どうしたの?」
そわそわと少し落ち着かない様子を見せた零にかおるが微笑みかける。いつもそうだ。ほんの少しの変化を敏感に察知してくれる。
「え?う、うん、なんでもないよ。ちょっと冷房の風が寒くって・・・」
零の言葉にふと見ると、零の柔らかな髪が風にゆれている。
・・・僕とした事が、零ちゃんに見惚れて気がつかなかった・・・。
かおるは内心、もっと早くに気付いてあげられなかった事を悔いながら、持ってきていたジャケットを零の肩にかける。その様子を見ていた周りの女性達から一斉に羨望の眼差しが注がれた。
「ごめんね、もっと早く気付いてあげられなくて・・・肩、冷えちゃってるね。」
そっと零の肩に触れたかおるが呟く。
「あ、大丈夫だよ?ごめんね。ジャケットありがとう。」
いつもなら、言われなくても絶対に気付いたはずなのに。零と出かけることに舞い上がっているのか、もっと別なことが原因なのか、とかおるは内心思う。
さっきから、二人でゆっくりと食事を取りながら今まで聞いた事のなかった様々な話を聞いていた。零の家族のこと、前に住んでいた場所の事、好きな作家の本の話や、音楽の話、幼い頃に住んでいたアメリカでの話など、零に対する興味は尽きない。
「ねぇ、かおる君は?かおる君の話も聞かせて?」
2時間以上かけて昼食を取り終えると、再び車に戻ってプラネタリウムへ向かう。移動には2時間ほどかかるため今から移動して丁度夕方頃につくはずだ。
車に乗り込んでしばらくの間テンション高く星座の話をしていた零だったが、途中でうとうとし始める。
・・・小っちゃな子供みたいだな。
かおるは小さく微笑んで零の身体を抱きよせる。自由奔放と言うか、無邪気と言うか、自分に素直でまっすぐな零は見ていて飽きない。
・・・また目が覚めた時真っ赤になって慌てるんだろうな、
想像すると少し笑える。何度無防備になってはいけないと忠告してもすぐに無防備になってしまう可愛い姫。心配で目が離せなくて、そんな零を守りたいと思ってしまう。
「・・・零・・・」
そっと名を呼んでみる。自分の肩にもたれかかる零の肩を抱き寄せて名を呼ぶだけでこんなにも幸せな気持ちになれるのに、とかおるは思う。
「好きだよ、零。」
プラネタリウムに着いた二人は予想通りの盛況ぶりに圧倒されながら長蛇の列を尻目にVIP用の入り口をくぐる。招待券のある人は少なくすぐに待合室に通された。
「かおる様、お待ちしておりました。」
「・・あぁ、武智さん!こんなところでお会いするなんて。」
・・・知り合い?
「・・・噂通り、美しいお連れ様ですね?さすがかおる様。」
「その情報は父からですか?・・・零が綺麗なのは本当ですから別に噂が一人歩きするのはかまわないですが・・・。」
かおるの答えに零は思わず頬を染める。武智さんはその様子を見て、しきりにうらやましいと呟く。
「お二人のために、特別シートを準備してありますから。」
意味深にそう言って微笑んだ武智さんは、準備があるのでこれで、と待合室を出て行った。
「・・・零、急にごめんね。さっきの・・・武智さんは父とは旧知の仲なんだよ。自分のやりたい事を思うままに実現してる自由人。でもどんな事も実現させてしまう才能は本当に尊敬できるよ。」
それにしても、とかおるは呟く。
「このプラネタリウムが武智さんのプロディースだったとはね・・・。正直驚いたよ。こう言うロマンチックなことには興味がないんだと思ってたから。」
彼は超リアリストなんだよ、といたずらっぽくかおるは笑い、待合室のソファーに零を座らせた。
程なくして上映の準備が整った、と武智さんが待合室に戻ってきた。
「かおる様はこちらへ・・・」
意味深にニコニコと笑いながら自ら二人を案内する武智さんは何故かとても楽しそうで、零とかおるは思わず顔を見合わせる。超リアリスト、と言うかおるの評価は案外間違いなのかもしれないな、と零は内心思う。
「・・・ここは?」
「特等席です。お二人用の。」
ではごゆっくり、と武智さんはかおるの肩をポンと叩いて忙しい忙しい、とアリスの白ウサギを思わせるセリフを口にしながら小走りに去っていく。
「とりあえず、座ろうか?」
「う・・・うん。」
二人が案内されたのはプラネタリウムの丁度中心に程近い場所で、大きな球体の中に大き目のソファーのような椅子。
「ねぇ、中に入っちゃったら上、見えないよね?」
「・・・そうだね。」
球体の中に入ると、宇宙の雰囲気を出すためか蒼色LEDの仄かな明かりが点され、外のざわざわした人の声が遮断されてさながら宇宙にいるような気分になる。
「なんか、ホントに宇宙みたいだよね?静かだし・・・」
ちょっとワクワクしちゃう、と楽しげな笑顔を向けられると思わずつられて笑ってしまう。
「零ちゃん、立ってないで座ったら?」
一見ソファーの様に見える椅子は座るとふかふかとして心地いい。
[attention please・・・]
邪魔にならない音量で警告音が鳴り、継いで武智さんの声が響く。
『かおる様、特別室はいかがでしょう?ではこれから夢の世界へとお二人をお連れいたします。心行くまでご堪能下さい。座席は動きますので、深く腰をお掛けになってお待ち下さいませ。』
武智の声が途切れた後、二人の座っているソファーのリクライニングがゆっくりと倒れ、球体の部屋そのものが回転してちょうど仰向けに寝ているような形になった。
「・・・なんか、すごいね?」
「そうだね。」
フカフカしたベッドに寝転んで天空を見上げているような感覚。会場全体のライトが落とされているため、辺りは真っ暗ですぐ隣にいるはずのかおるの姿さえ見つけることは困難だ。
「・・・零ちゃん、」
小さな声で名を呼ばれる。
「何?」
「零ちゃんがいなくなってしまいそうで不安だから、もう少し、近くへ行ってもいい、」
「・・え・・?」
零が問い返したその時、フワリとかおるの手が伸びて零の身体を抱き寄せる。
「えっ、あ、ちょ・・・」
「それに、この方がきっと、見やすいと思うよ。」
すぐ耳元で囁かれる声。
・・・う、う、腕、腕枕?!
一気に心拍数が跳ね上がる。暗くて見えなくても、すぐそばにかおるの鼓動が聞こえる。かおるの鼓動も零と同じで、冷静な声のトーンとは裏腹に暴れている。
「・・・わぁ・・・すごいっ!」
ドキドキが加速しすぎて頭の中が沸騰しかけた時、真っ暗だった視界に見たことのない星空が広がった。人間が成しえる事の出来る最大数といわれている星の数を再現したプラネタリウム。奥行きさえも感じる圧倒的で、言葉を失うほどの美しさに零は息をのむ。
星々は互いの輝きの中にその身を隠し、よく知っているはずの星座でさえも見失いそうになる。会場には、囁きかけるような声で誕生したばかりの星や星雲についての解説が流れていた。
零と同じように見たことのない星空に魅入っていたかおるだったが、ふとすぐそばの零の顔を見る。
うっとりと、空を上げる零の瞳。ささやかな星々の光に照らされた零は本当にフッと闇にまぎれて消えてしまいそうに儚く見える。星々の輝きを通り越して宇宙そのものをを見つめているような、透明で澄んだ瞳にかおるは見惚れる。
時間の流れとともにゆっくりと姿を変える星空。零はただじっと、星の行方を見つめている。今彼女は何を感じ、何を思っているのだろう、そう思わずにはいられない程の美しい横顔を、かおるは見つめていた。
「三日月の雫を受けて星は夜空に時を刻む・・・
「・・・え?」
「小さい頃、おばあちゃんがね。泣き虫な私に言ってたの。零の涙は三日月の雫になって、零れ落ちる雫が星を輝かせるんだよって。その星が夜空を回ってみんなに時間を知らせているんだって、だから零の流す涙は綺麗で無駄じゃないんだよって。」
「・・素敵なおばあさんだね。」
「うん。大好きだよ。なかなか逢えないけど・・・。」
「でも、よっぽど零ちゃんは泣き虫なんだね。あんなにたくさんの星を輝かせるなんて。」
かおるの言葉に零は思わず笑う。そう、あれだけの星を輝かせるほど、私はいつも泣いていた。幼い頃だけじゃない。ここに来る、ほんの少し前まで。だけど、泣くたびに涙が星の輝きになるとそう信じる事でほんの少しだけ救われてきたんだ。
「私ね・・・・」
零の瞳はまっすぐに星空を見つめながら、小さな声で話し始める。転校するまでの、一人ぼっちの時間の事を。
「零、もういい。」
「・・・っ?!」
零の言葉を遮ってかおるは腕枕をしていた腕で零を抱き寄せ、そのまま強く抱きしめる。少し聞けばすぐにわかる、ただの嫉妬でずっと零を苦しめていた”友人”に対する怒りと、それでもその友人達を悪く言わない零への愛しさと、泣かずにはいられなかった零の心の痛みを思うと胸の奥が苦しくて息が出来なくなる。
「僕は・・・絶対に零を一人にしない。何が事が起こっても絶対に零の味方だから。だから、ずっと僕の側にいて。僕の手の届かないところで零が少しでも辛い思いをしているんじゃないかと、そう思うだけで苦しいんだ。」
「どんなことからでも、零を守るよ。お願いだから、側にいさせて欲しい。」
「・・・かおる・・・君・・・」
「好きだよ、零。これ以上零が傷つくのを、僕は見たくない。」
強く抱きしめられる腕が熱い。熱いかおるの胸の中で、暴れ狂うその鼓動を感じる。
「《好き》と言う事がどういうことか分からないって、言ったよね?分からなくてもいい。僕の事を好きじゃなくてもいい。僕が零の事を好きな気持ちは変わらないから。だから・・・」
いつも穏やかで優しいかおるの腕が痛いほどに強くて、切ないほどにまっすぐな言葉に零の心が悲鳴を上げた。
プラネタリウムはこれでおしまい!
次は・・・夏休み恒例の・・・です(笑)




