037:雨の中
今回ちょっとまじめな感じで・・・。
体育祭が終わり、またいつもの日常が舞い戻る。6月特有の梅雨の雨が続く日。紫陽花が日増しに色を変え、雨の中に美しい色を添える。
体育祭以来、零は一般教養棟での講義があるたびにふさぎ込むようになっていた。
・・・私、やっぱり嫌われてるんだよね。みんな、どう思ってるんだろう・・・。
常に非難するような視線が向けられているような気がして、女生徒達がいる方を見ることができない。
・・・雨の日はいつも、傘がなくなって濡れて歩いてたっけ、
窓の外に目をやって零は思う。忘れてしまいたいと、過去をリセットしてしまいたいと願っているのにどうしても忘れられない。結局、場所が変わっても同じ事が繰り返されるだけなら、自分がここにいる意味とは一体何なのだろう?
零は心の中に渦巻く形容し難い感情を押し殺しながら、音楽の課題曲の楽譜を眺める。ピアノ協奏曲。かおるのヴァイオリンとの協奏曲を選択したのは間違いではなかったかと今更ながらに思う。
・・・今更悩んでも仕方ないし、とにかく迷惑かけないように練習しよう。
零は気を取り直して数台あるピアノの前に行き、心を落ち着ける。
・・・ピアノなんて、久しぶりだけど。
心の中で呟いて、ラフマニノフの紡ぎ出した美しい旋律をたどる。過去に一度覚えたことのある楽曲でもあり、弾き始めると自然に指が鍵盤を辿っていく。音楽の作り手がその楽譜に込めたであろう想いを心に描きながら音を辿る作業は心の中を無にできる瞬間でもあり、零は心地よくその瞬間に身をゆだねた。
無心、に近い状態で最後の一音を弾き終えた零がふと我に返ると、いつの間にかヴァイオリンを抱えたかおるがピアノ脇に佇み、小さく拍手をする姿が目に入る。
「零ちゃん、どこで習ってたの?」
「えっ?別に・・・どこって言うほどの所では習ってないけど・・・」
「じゃあ独学?ならすごい才能だね。聞き惚れちゃった。」
「そ、そんなこと・・・。久しぶりに弾いたし、途中で間違えちゃったし。」
皆がいる前でも堂々としているかおるに対して恥かしがって俯く零。女生徒達の視線が気になって顔も上げられずにいると、かおるは小さく吐息を付いた。
「零ちゃん、気にしちゃだめだよ?大丈夫だから、」
皆に聞こえないように小声で言うかおるの言葉に、零は黙ったまま小さく頷く。
・・・気にするなって言われても・・・。
心の中で思いながら、それでも零はかおるの前では笑っていなければ心配させてしまう、と顔を上げる。
「一回、合わせて弾いてみようよ、」
零の言葉にかおるは微笑んで頷き、二人の協奏曲はその場にいた生徒達を魅了した。
一日の講義が終わり、自分の教室で帰り支度をしていた零は音楽の講義の後、一般教養棟に傘を忘れてきた事に気付いて窓の外に目をやった。昼間一度やんでいた雨はまた降り出しており、零は小さく溜息を付く。
・・・取りに行かなきゃ・・・。
心の中でそう思っても、あの場所に一人で行くと思うと心が締め上げられるような苦しさを覚える。それにどうせ、もうなくなっているかもしれない、とも思う。
・・・取りに行っても、そのまま帰っても濡れるんなら、このまま帰ろうかな。
一瞬、かおると駿の姿を捜した零だったが、二人の姿はなく、そのまま帰ろうと教室を出る。
雨は本格的に降り出していて、寮につく頃にはかなり濡れているだろうと思うと溜息が出た。かばんを抱えて雨の中を小走りに走っていると、じょじょに雨が身体をぬらしていく。頬を伝って流れ落ちる雨が嫌でも過去の記憶を呼び覚まし、零は走っていた足を止めた。
・・・何やってんだろ、私。
逃げてちゃ何も変わらないのに、と心のどこかで叫ぶ。あの場所から逃げて、ここで新しい自分になって生まれ変わって頑張るはずだったのに、と思う。結局、自分では何一つできていない。かおるや健、駿や伊織が助けてくれていなければ今までだって何もできていないに等しい。彼らが助けてくれているから、今ここでやっていけているのだ、と思うとなおさら虚しくなった。
「零ちゃんっ!何やってんだよッ!」
「?!」
不意に、腕を掴まれて零は我に返る。走って来たのか息を切らして傘をさしかける健の姿。
「バカ!こんなに濡れて、風邪ひいたらどうするつもりなんだ!」
早く帰るぞ、と零の腕を掴み、傘を傾けて歩き出す健にひきずられるように零は歩く。
「・・・かおるから聞いたよ。・・・ごめん、俺のせいだよな。」
歩きながら、健が呟く。
「え・・?」
「バカどもがくだらないこと言ったんだろ?そんなの、相手にする必要ねーけど、でも・・・」
「言われたら、傷つくよな?気に・・・なるよな?俺、変わってあげられたらいいけど、あのバカどもはどうしようもないからさ・・・。できる限り、一緒にいるし、何も言わせないからさ。その・・・元気出してほしいんだ。このごろ零ちゃん、元気なくて、俺心配で・・・。」
「健君・・・、」
「零ちゃんが元気ないとさ、ほら、みんなもテンション下がるんだよ。飯んときとかさ・・・。やっぱ、笑ってて欲しいし、」
そう言って健は赤くなって上を向く。
「とにかく、風邪ひかないように、早く帰ろうぜ、
笑顔の健につられて、零も思わず笑顔で頷く。冷たい雨を遮ってくれる健の傘は大きくて、引っ張ってくれる手の温かさは零の心まで届いていた。
寮に戻った零は部屋に戻り、熱いシャワーを浴びる。雨に濡れた制服は倉口さんにお願いしてクリーニングに出してもらう事にした。熱いシャワーは雨で冷えた身体に心地よく、零は目を閉じる。
《笑ってて欲しい》と言ってくれた健の言葉が嬉しかった。自分の事を見てくれている人がいて、励ましてくれる人がいてくれる。
・・・私、一人じゃない、んだよね?
今までずっと一人だった。誰も助けてくれないし、誰にも頼れなかった。でも、と零は思う。今は助けてくれるみんながいる。零はシャワールームの鏡に向かって、にっこり笑ってみる。
・・・私大丈夫。みんながいるから、ちゃんと、笑えるよ。
なんか、ものすごくラブラブであまあまな感じに飢えて来たので、(でもこのお話がそういうところにたどりつくのにはまだ時間がかかるので)、スピンオフを書くことにしました。次回は健の妄想(笑)を書く予定です。この小説の次話ではなく、『いつも君がいた:another side』と言うタイトルで分けますので、そちらもぜひよろしくお願いいたしますっ☆




