036:体育祭・2
体育祭はいつもリレー選手とかやらされてたなぁ・・・。と、懐かしく思い出しつつ。
「ここなら誰も邪魔は入らないだろ、」
クラブハウスの裏までくると、掴んでいた腕を離した男子生徒が零を取り囲む。逃げ出したかったが後ろは壁で、前に立たれては逃げられない。
・・・健君、優勝したのかな・・・?
こんな状況なのに。少し離れているだけなのに遠くから響いてくるように感じる体育祭の歓声を聞いて零は思う。少し前に女生徒達に言われた陰口がまだ心に突き刺さったままズキズキと痛む。
・・・どこにいても、一緒なんだ、私。
不意に悲しくなる。
・・・結局、みんなに嫌われるんだ。
前の学校では、こういう場所に呼び出されて水をかけられたりしたっけ、と忘れていた記憶が蘇る。
「・・・もう、やだ、」
呟く。泣かないって思ってたのに、と心の中で叫ぶ。開いた心の傷と同時に溢れ出した涙が止まらない。
「貴様ら、俺の女に手を出して、ただで済むと思うなよ、」
その時、恐ろしいほどの怒りを湛えた伊織の声が響き、零を取り囲んでいた男子生徒がざわめいた。
「死んで後悔するか、死ぬほど後悔するか、好きな方を選ばせてやるよ。」
そう言った伊織は手近にいた二人をあっという間に殴り飛ばし、悠然と零に向かって歩いてくる。
「どうした?いくらでも相手してやるからかかってこいよ。貴様らそのくらいの覚悟でやってんだろうが!」
ダン、とクラブハウスの壁を殴り、伊織が吼えると、残っていた生徒達は蜘蛛の子を散らす様に逃げ出し、地面に座りこんで泣いている零と伊織だけが残される。
「・・・おい、大丈夫か、」
少しためらいがちにかけられる声に零は両手で顔を覆ったまま黙って頷く。
・・・泣き止まなきゃ、泣き止まなきゃ・・・
心の中で必死に涙をこらえようとしても、一度溢れた涙は止まらない。
「ほら、こっちこいよ、そんなとこに座ってないで、」
溜息をつきながら伊織が近づいてくるのが分かる。いつもの強引な伊織ではなく、そっと零の手を引いて立ち上がらせる。
「・・・ごめ、私、だいじょ、ぶ」
「これが大丈夫か?俺は泣いている女を一人にするほど冷たくないぜ?」
伊織はそう言って地面に座り、零の手をひいて自分の膝の上に座らせる。
「・・・・?!」
「じっとしてろ。この方が落ち着くだろう?」
いつも毒のある伊織の瞳が今は優しく微笑みかける。地面に座ったまま、お姫様抱っこをするように胸の中に抱きしめられた零には伊織の優しさが辛かった。こんなところを見られたら、またあらぬウワサを立てられるだけだ。
零が身じろぎをして伊織の腕から逃れようとすると、伊織は想定内とばかりに抱く腕に力を込めて零に顔を近づけ、泣いている顔を覗き込んだ。強いムスクの香りに包まれて苦しいほどだ。
「あのバカな女どもには二度と同じ事は言わせねぇよ。・・・その、悪かったな、俺らに関わったせいであんな事言われちまってさ。」
「え・・・?」
伊織の言葉に驚いた零が顔を上げると、鼻先が触れそうなほど間近に迫った伊織の瞳とぶつかる。
「バカどもが何を言おうと俺が守ってやるから、もう泣くな。それに・・・
「俺がお前の事を抱きたいと思ってるのは本当だしな、」
フッと、伊織の瞳がいつもの毒のある光を宿し、零はハッと我に返る。
「・・・伊織、帰りが遅いと思ったら、こんなところで何をしてるの?」
ひどく冷静で、返って凄みのあるかおるの声に、間近にあった伊織の顔が離れる。
「登場が遅いんだよ、ナイト様。今日のところは俺様に任せとけよ、」
「残念だけど、そう言うわけにも行かないんだ。もうすぐクラス対抗の借り物競争が始まるから、伊織も早く戻った方がいいよ。」
かおるの完璧な微笑みは時として周囲を従わせる強さを持ち、伊織は軽く舌打ちして零を抱きしめていた腕を離す。
「行こう、零ちゃん。」
解放されて立ち上がった零をかおるは優しくエスコートして人が溢れる校庭へいざなっていく。
「あの野郎、いつもいいとこで、」
忌々しげに呟いた伊織だったが、ズボンのホコリをはらって立ち上がり、クラスの待機場所へと戻っていった。
「零ちゃん、零ちゃんのことは必ず守るよ。零ちゃんは何も気にしないで、今まで通りの零ちゃんでいてね。」
かおるはまっすぐに前を見据えながら呟くようにそう言って、遠巻きに自分達を見ている女生徒達の非難を含んだ瞳視線を受け止める。かおると目が合うと女生徒達は一様に目を逸らして俯くが、それがかえってかおるを苛立たせた。
・・・多分今、僕は笑えてないだろうな、
内心そう思いながら、かおるは俯いて隣を歩く零に目をやる。間違いなく、さっき泣いていた。零を泣かせたのが彼女達の陰口なのか、彼女に手を出そうとしたタチの悪い男子生徒のせいなのかわからないが、そのどちらであっても二度目はない。かおるはそう思ってかばうようにそっと、俯いて歩く零の肩に手を置いた。
クラス対抗の借り物競争が始まると、選手に選ばれた生徒は出されたお題に従って人や物を選んでゴールを目指す。キングクラスからは駿が選手として出場しており、零はかおるとや他のクラスメイトと一緒にクラスの待機場所でその様子を見守る。
レースが始まって出されたお題を見た駿はしばしその場に固まり、フッと顔を上げる。
・・・今、目が、合った?
駿を見守っていた零が一瞬合わされた視線に驚いていると、走ってきた駿に腕を掴まれた。
「一緒に来い、」
「えっ、私?!」
もともと身長差がある上に、真剣に、とは言わないまでもそれなりの速度で走る駿についていくのは至難の業で、時折つないだ手が離れそうになる。それでも駿に迷惑をかけないように必死に走っていると、駿の開いている左手が伸びて走りながらひょいと零の身体を持ち上げた。
「あーあ、あれじゃまた、非難の的だな、硬派な駿クンまで!とか言うんだぜ、あいつら」
いつの間にか隣に来ていた伊織の苛立った呟きを聞いたかおるは少し苦笑し、軽々と零を抱えて走る駿を見る。
・・・確かに、あの硬派な駿がね、
去年の体育祭はほとんど参加もせずにずっと待機場所で本を読んでいたあの駿が、と思うと笑っていいのか、怒っていいのかよく分からない感情に囚われるが、駿に出されたお題が何だったのか、その方が気になる。
「零ちゃんにとって、僕らって、どういう存在なんだろうね。」
まるで自分自身に問いかけているようなかおるの呟きに伊織は驚く。
「さぁな、おまえはナイトで、俺は厄介者、だろ?駿は怖い人で健は面白い人、ってとこじゃねーの?」
「伊織が厄介者?そうかな。」
「自分がナイトだってのは否定しないんだな、」
「まぁね、」
「お前、アイツに自分の話してねーの?」
「自分の話?」
「俺は話したぜ。まぁ、俺の場合はお前とは違うけどよ、」
「したって、意味がないでしょ。」
かおるの顔から微笑みが消える。
「意味がない話は、しない主義なんだ。」
悲しいのか、怒っているのか、量りかねる感情を宿したかおるの瞳は結局一着でゴールしてあの硬派な駿と笑い合っている零を見つめる。
・・・話したって意味がない。結局変わらない未来が訪れるだけだ。
かおるは心の中で思う。今まではそれでも仕方がないと思っていた。諦めと言うよりは、当然受け入れるべき未来だと。それなのに、今はできる事なら抗いたいと願ってしまっている自分がいる。
「でも、僕にはもう時間がないんだ。」
小さく呟いた言葉。タイムリミットは18歳の誕生日。後一ヶ月で、一体何が変わると言うのだろう?
優勝したよー、と笑顔で待機場所に戻ってくる零を見て、かおるは微笑む。
「お疲れ様、零ちゃん。・・・駿、駿のお題って何だったの、」
「・・・別に、」
微かに頬を染めて視線を逸らせた駿に、零が笑いかける。
「どうせ、バカとかチビとか、書いてあったんでしょ?」
「・・・まぁ、そんなとこだ。」
ほらやっぱり、と拗ねてみせる零にその場が和む。そんな中駿は複雑な表情でポケットの中の紙を握り締めた。
・・・いつも怯えたような目で俺を見るくせに、
今は救われた、と思う。皆に深く追及されたら見せざるを得なかっただろうお題の紙。この先誰にも見せるつもりも、言うつもりもない。
《あたなの大切なもの》
僕が守るよ、とか言われたーい!!!守って守ってー☆




