033:修学旅行:6
修学旅行最終話ですっ。
4泊5日の日程は、始まる前には少し長いような気もしていたが、始まってしまうとあっという間で、最後の夜を迎えていた。空港への移動を考えて最終日は那覇市内のビジネスホテル。遅めの夕食を取りに連れ立ってホテルの外へ出る。那覇市内には修学旅行生や観光客も多く往来を行く人の数も多い。
「零ちゃん、」
皆の後ろを歩く零を振り向いたかおるは人ごみの中に埋もれてしまう零を気遣ってそっと隣に並ぶ。
「僕と駿の間を歩くといいよ、僕は後ろにいるから、」
かおるは一歩前を歩いている駿と自分の間に零を歩かせ、零が歩きやすいように空間を作って歩く。今まであまり意識した事はなかったが、きっと見えている景色も違うのだろうと思ってふと身をかがめてみたかおるはその息苦しい世界に少なからず驚く。零の視線から見えている世界は人の背中ばかりで往来の店の看板も、空さえもほとんど見えない。
・・・こんなにも違うとは思わなかったな、
かおるは心の中で呟く。同じ人ごみの中でも頭一つ分出ていて遠くまで見渡せるかおるは特別な息苦しさも感じず、それなりに観光気分を味わえていたが、きっと零は前を歩く駿の背中を追いかけるだけで精一杯なのだろうと思う。
「零ちゃん、大丈夫?」
思わず声をかけると、零は振り向いて何が?と首をかしげる。
「人ごみ。大丈夫?息苦しくない?」
「うーん・・・景色が見えないから好きじゃないけど、大丈夫。」
・・・多分、僕が零ちゃんの見ている景色を知らなかったのと同じように、零ちゃんも僕らが見ている景色を知らないんだろうな、とかおるは心の中で呟く。
「もう少しだからね、」
こんな往来で抱き上げて歩くわけにも行かないし、とかおるは思いながら零に微笑みかけた。
「なんだか、あっという間だったね。」
夕食を終え、ホテルに戻った零はお風呂上りに集合、と言う健のメールに呼び出されてロビーにいた。
「・・・みんな、遅いね?」
ロビーの大きなソファーに深く腰をおろした零は珍しく忘れずに持ってきた携帯をもてあそぶ。スライド式のピンク色の携帯。転校と同時にそれまで使っていた携帯を解約して新しく契約したばかりの新品はまだ使い慣れない。
「誰も、こないよ、」
「え?どうして?」
「俺が零ちゃんしか呼んでないから、
そう言って健は気まずそうに目をそらせる。
「そうなんだ。集合って書いてあったからみんな呼んでると思ってた。」
にっこり笑う零を見て、健は溜息を付く。時計の針はまだ10時過ぎで、眠るにはまだ早い。この旅行の間、毎日の様に夜中まで騒いでいただけに最後の夜が静か過ぎて寂しい気もする。
「あ・・・あのさ、」
「あ、かおる君だ、」
健が口を開きかけた瞬間、零の携帯が光り出し、零はちょっとまってね、と携帯を取る。
『零ちゃん、今どこにいるの?』
「ロビーだけど、どうかしたの?」
『一人で?』
「違うよ、健君もいるけど・・・」
『健が?・・・そう、ならいいんだ。また一人で出かけちゃったかと思って心配しただけ。一人じゃないならいいよ。』
「あっ、ごめんね?うん、大丈夫だよ、」
『健に伝えて。余計な事したら怒るから、って。』
「うん、分かった、」
短い電話を切ると、零はごめんね、と健に謝る。
「かおる君からの伝言。《余計な事したら怒るから》だって。」
かおるの伝言に、健は小さく舌打ちする。
「なぁ、零ちゃん、旅行、楽しかったな。」
気を取り直して健は口を開く。
「うん、すごく楽しかったよ。いっぱい思い出、出来たよね。」
写真もいっぱい取ったし、と嬉しそうに携帯を見せる零を見て、健も笑う。
「なぁ、今から写真、撮っていいか?」
「今から?写真?何の?」
「俺らのツーショット。」
健はそう言って、零の隣に座り、肩を抱き寄せる。スパイシーな柑橘系の香りが零を包む。
「ちょっ、健君?!」
「じっとしてろよ、ブレるから、
ギュッと肩を抱き寄せて頬をすり寄せて来る健に零は慌てる。
「ほら、ちゃんとくっつかないと撮れないだろ?」
耳元で囁かれる健の声に零は真っ赤になるが、健はそれ以上に激しく高鳴る鼓動を抑えるのに必死だった。零が間近にいるだけに、その鼓動が伝わるのではないかと思うと余計に呼吸が苦しくなる。
「もっ、もう離して?」
シャッターを押しても離れようとしない健に、零は小さく訴える。健が触れた腕が熱く、顔が火照る。
「イヤだ。」
「このままがいい、」
零を抱き寄せる腕に力を入れて、自分の方へ引き寄せると、簡単に腕の中におさまってしまう零は想像以上に柔らかくしなやかで、子猫を抱いているような錯覚を覚える程だ。目を閉じて零の髪に顔を埋めると、零が小さく身動ぎした。
「た、健君っ、誰か来るよ?!もう離して、」
・・・ちょっと、苦しい・・・。
身体を離そうと健の胸を押しても身動きがとれず、零は息苦しさにあえぐ。
「・・・健、何をしている?」
その時、ロビーに姿を現した伊織が近づき、零を抱きしめている健の腕を掴む。
「・・・ッ!」
突然腕を掴まれた健は驚いて零を離し、とっさに立ち上がった瞬間伊織の拳が健を殴りつけ、健がその場に崩れ落ちる。
「・・・!!」
突然息苦しさから解放された瞬間に起こった出来事に零は声をあげることも出来ずに固まる。健を殴りつけた伊織は怒りの閃く瞳のまま倒れている健の服を掴んで立ち上がらせた。
「貴様、俺の女に手を出してただで済むと思うか?」
「だ、誰がてめぇの女だ、勝手に決めんなボケ、」
「ワンワン尻尾振ってるしか能のないヤツが色気づいてんじゃねーよ。」
「んだと、この野郎!」
「俺に勝てるわけないだろ、バカ。」
殴りかかる健を軽くかわした伊織は容赦なく健の鳩尾を殴りつけると、崩れ落ちた健を放置して呆然としている零の腕を掴む。流れるような動きはまるで完成された舞いを見るような美しささえあった。
「行くぞ、」
「・・・・え、・・え?た、健君は・・?」
「ほっとけ。」
伊織は零の腕を掴んだまま、大股にホテルを出ると、ホテル脇にある緑地公園のベンチに零を座らせた。吹く風は肌に心地よく、零の火照った頬を撫でて通り過ぎる。
「お前、隙を見せるのも大概にしろよ、」
いつもの毒を含んだ瞳ではなく、少し呆れているような視線を向けられた零は何となく居心地が悪く視線を逸らす。
「隙なんて、見せてない。」
・・・隙、って何?写真を撮ることが隙、なの?
前に駿にも言われた。かおるにも無防備になるな、と言われるが、何が隙で、どういう状態が無防備なのか、零にはまだ分からない。
「見せたからああなったんだろうが。それとも、お前が望んで抱かれてたのか?」
キラリ、と伊織の瞳が意地悪く輝く。
「ちっ、違うよっ!記念に写真を撮ろうって言われて、それで・・・」
「気を許したんだろ?それが隙だっつってんだ。」
「・・・・・。」
・・・じゃあどうするのが正解なの?写真なんか撮りたくない、って言うの?写真は撮ろうと思ったんだもん。あんな風にされると思わなかっただけで・・・。
零は心の中で思う。それを隙だと言うのだろうか。
「お前のナイトがいつも見張ってるから何も起こらないだけで、みんなお前に手を出したいと思ってるんだ。少しは自覚しろ。」
「そんな・・・」
「お前が隙を作らなければ済むだけの話だろう。」
「だから隙なんか作ってない!」
零の瞳の奥に怒りの感情を見た伊織は溜息を付き、零に並んでベンチに座る。
「こっちこいよ、」
「イヤ。」
「こいって、」
強引に腕を引くと、零の大きな目が伊織を睨む。伊織はまっすぐにその瞳を受け止めて溜息を付く。
「・・・どうしてそんなに嫌がるんだよ。俺はただ・・・お前を守りたいと思ってるだけだ、」
意地悪で毒のある瞳に影が差し、泣き出しそうなほど頼りない口調になった伊織に零は戸惑う。
「健に抱かれてるお前を見て思ったんだ、お前を一人にしておけない、って。」
「い・・伊織君?あ、あの・・・」
目を伏せて辛そうな表情を浮かべる伊織に、零は思わずその肩に手を触れる。
「・・・ほらな、簡単に隙を作る。お前、優しすぎるんだよ。」
「えっ!?・・・ちょっ、やだっ!」
一瞬で零を胸の中に引き寄せた伊織は、いつもの毒のある瞳で零を見下ろす。
「そう言うのが隙だ、っつってんの。これで分かったか?」
楽しかった修学旅行も終わってしまいましたー(笑)。
次は6月ッ!体育祭の季節ですね☆
これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。




