014:勢ぞろい
最後のキーマンが登場します☆
街へ買い物に行った時に買いそろえたものはすべて部屋にそろい、ガランとしていた零の部屋は居心地の良い部屋へ様変わりしていた。少し大きめのローソファーにふかふかとしたファーが心地よい白いラグ、ダークブラウンのテレビ台に、一人の部屋には十分な大きさのテレビ。
もともとあまりテレビを見る習慣のなかった零は、一人で部屋にいる時もテレビをつけず、小さなスピーカーで音楽を聴くことが多い。
この寮にやってきて一週間。夕食の時間になるといつもかおるが部屋に迎えに来てくれる。もしもかおるが迎えに来てくれなかったら、正確な時間を思い出す事は難しい。
明日から始まる新学期を控え、実家へ戻っていた生徒達が戻ってきているようで廊下で話す聞きなれない声が響き、零はふと時計を見て溜息をついた。昨日までの夕食とは違い、今日は自分が《転校生》であると言う自覚をさせられるようで怖かった。
「零ちゃん、食事の時間だよ、」
コンコン、とドアをノックする音と同時にかおるの声が響く。
「・・・はい、」
第一印象が一番大事!笑顔で元気に!
心の中で自分を奮い立たせ、零はドアを開ける。いつものように笑顔のかおるとともに食堂へ向かう。きっとかおるはいつものようにそっと手を差し伸べてさりげなくエスコートしてくれるに違いない。《王子が姫を》エスコートするように。
「・・・緊張してる?」
階段を降りながら問いかけられ、零は黙って頷く。こう言う時は何を話すんだろう。自己紹介って、何?そう言えば、かおるたちにも自分のことをほとんど話していない事に気付いた零は少なからず動揺した。何も聞かれなかったから話さなかった。自分の事を話したのは、健と買い物に出かけた時に少し話しただけだ。
「零ちゃんはいつも通りにしていればいいよ。無理に笑う事もないし、無理に話す事もない。そのままの零ちゃんが、僕は一番好きだから。」
サラっと、かおるは零の心臓を止める発言をする。いつも、いつもそうだ。
「かおる君、そう言う事、あんまり言うと誤解されるよ?みんなにも、私にも・・・」
「どうして?何を誤解するの?僕が零ちゃんの事を好きだって?」
「・・・そう、だけど」
「それは誤解じゃないから別にそう思ってもらって構わないんだけど?隠す必要もないでしょ?」
「か、かおる君って、もしかして帰国子女、とか?」
零は幼いころ数年間アメリカにいたが、アメリカの男の子はみんなそうだった事を思い出した。仲良しの女の子にはみんな「I LOVE YOU」と真顔で言える国民性を、零は不思議な気持で見つめた事を思い出す。
「ん?そうだよ。中学までイタリアにいたんだ。まだ日本に戻って丸2年かな、」
そう言って、かおるはウインクする。なるほど、イタリアならなおさら、女性に対する優しさや執着のような愛情表現は理解できる。
「なんか、安心したかも。」
不意に笑顔になった零に、かおるはいぶかしげな視線を投げる。
「ううん、なんでもないの。私も小学生のころアメリカにいたんだけど、その時のお友達に何だか似てるなって、そう思ったから。」
「そうなの?」
「うん、」
「それで零ちゃんが安心して心を開いてくれるなら僕は大歓迎だよ。さぁ行こう、お姫様。」
・・・やっぱ、イタリアンだと思うと、何だか納得しちゃうかも。
今まで恥ずかしくてまともにみれなかったかおるの顔をまっすぐに見れる事に、零は気がつく。すっと差し出された手につかまって階段を下りて行くことも、今はなぜか自然に思える自分が不思議だった。
零とかおるが食堂に付くと、すでに寮生の大半が食事を取り始めていた。駿や健の姿もあり、健は零を見てこっちこっち、と手招きする。それほど広くはない食堂だが4人掛けの丸テーブルが2つと2人掛けのテーブルが4つ、大き目の3人掛けのソファーとローテーブルの席がある。春休みの間の事を話しているのか、4人掛けのテーブルに集まって食事をしている生徒が多く、その中に健の姿もあった。
・・・駿君は、一人なんだ、
少し離れたところで2人掛けのテーブルに一人で座り、片手に本を持って食事をしている駿を見て零は思う。今までは4人しかいなかった事もあり、自然と4人テーブルに集まって食事をしていただけに、少しの違和感を覚える。
「・・・まだ、全員そろってないみたいだね、」
ホールを見渡してかおるはつぶやき、健のいるテーブルに零をいざなう。ほかの生徒たちは初めて見る《転校生》に興味津津、と言った体で視線を投げかける。
「健、ごめん、零ちゃんの食事を運ぶのを手伝ってくれる、」
「あぁ、いいぜ、」
かおるは零を席に座らせると、健を伴って食事を取りにカウンターへ足を運ぶ。すぐ目と鼻の先にいるにもかかわらず一人ぼっちで取り残されたような、頼りない気持ちになった。
「ねぇ、佐倉零ちゃん、だよね?佐倉サンって何科なの?」
「どっから来たの?」
「超かわいいじゃん、
「彼氏とかいんの?!
「あ・・・・あの・・・」
突然、5人の新しく顔を合わせた寮生達が零の周りに集まる。零はある程度予想していたとはいえ、取り囲まれて思わず身をすくめる。
「おまえら、よってたかってみっともねぇ、」
「え・・・?く、どう君?」
離れた席に座っていた駿が5人を遮るように声をかける。一瞬、5人の視線が駿に向かう。
「優等生の久遠は黙ってろよ。どうせ女には興味ない、って言いたいんだろ?」
久遠君って、優等生、なんだ・・・
零は心の中で思う。確かに、駿は女性には興味がなさそうなイメージが強い。
「はい、そこまで。零ちゃん、おまたせ。」
食事の乗ったお盆を手に、かおるが戻ってくる。にっこりと笑って持っていたお盆を零の前に置くと、健が運んできたお盆を受け取って、ありがとう、と穏やかに微笑む。
「健君、ごめんね?ありがとう。私、自分で行けばよかった。」
「・・あぁ、気にすんな。」
健は照れたようにそう言い、零の隣の椅子に腰を下ろす。
「さぁ、食事にしようか、」
にっこりとかおるが微笑むと、寮の食堂が高級レストランであるかのように思えてくる。
「いただきます、」
食事の前にきちんと手を合わせ、目を閉じて挨拶をする。それは零が幼いころから続けている週間でもある。その様子を見ていた寮生たちは、改めて《転校生》について一つ、新しい発見をした、と思う。
零とかおるが食事を始めた時、食堂のドアが開いて、スーツを着崩したスラリと長身で赤茶色の髪が目を引く男性が入ってきた。
「・・・お前が転校生?ふぅん、かわいいじゃん。おまえ、俺の彼女にしてやる。」
まっすぐに零の元へ歩み寄った男性は零の顎をつかんで自分の方を向かせ、顔を間近に近づけてそう言うと、口元に小さく笑みを浮かべる。少しきつめのムスクと、ふんわりとかおるグレープフルーツのような柑橘系の香りが入り混じった香りが辺りを包む。
・・・え、え、えぇぇぇぇっ?な、何この人ッ!
固まる零。
「俺の名前は高花伊織だ。お前は?」
「えっ、あ、あの、わ、私ッ、」
ち、近いッ!近い近い近いッ!!
伊織の長いまつげが触れそうなほど近づけられた顔、顎を掴まれて逃げる事も出来ずに固まる。
「伊織、そのくらいにしろ。僕の零ちゃんに気易く触れるな、」
立ち上がったかおるが伊織の腕を掴んで零から引き離す。聞いた事のない、かおるの怒気を含んだ声に食堂の空気が凍りついた。