第20話 幸せな家族になりたかった
別邸での暮らしが始まってから、しばらくが経った。
クリスティアーナは自室の長椅子に腰を下ろし、そっとお腹に手を当てた。日が経つにつれてお腹が膨らみ、自分が母になるのだという実感が湧いてきていた。
(男の子かしら、それとも女の子? どんな顔をしているのだろう。ジェラード様に似た子だったら、きっと美しい子だわ)
生まれてくる子供のことを考えると、自然と頬が緩んだ。
小さな手を握り、腕に抱いてあやし、初めて歩けた日にはジェラードと一緒に喜びたい。もっと大きくなったら、親子三人で庭園を散歩するのも楽しそうだ。
九歳で母を亡くしてから、クリスティアーナの暮らしは一変した。継母クラウディアと異母妹ヴィッキーがやってきてからは、父に顧みられることもなく、使用人同然の扱いを受けてきた。母が生きていた頃は大切にされ、愛情を注がれていたというのに。
だからこそ、自分の子供には決して寂しい思いをさせたくない、と思った。父親にも母親にも愛され、いつでも安心して甘えられる、そんな温かな家庭で育ててあげたいと。
だが、そこまで考えて、クリスティアーナの表情が曇った。
自分は契約妻である。ジェラードから求められたのは、辺境伯家の後継者を産むことだけだ。その役目を果たせば、好きな場所で自由に暮らしていいと言われている。王都に屋敷を用意してもいいし、生活に困らないだけの援助もすると、ジェラードは約束してくれた。
当時のクリスティアーナにとって、それは十分すぎるほどありがたい申し出だった。実家では役立たずと蔑まれ、父や継母の都合で嫁がされることになった自分を、ジェラードは一人の人間として尊重してくれたのだ。だからこそ、せめて後継者を産むという役目だけは、立派に果たそうと思っていた。
けれど、今は違う。
子供が生まれたあと自由に暮らしても構わないということは、この子を辺境伯家に残して去れ、ということだ。そうなれば、もう二度と我が子を抱きしめることも、その成長をそばで見守ることもできない。
(こんなに我が子が愛おしくなるなんて思っていなかったのよ。それに、ジェラード様のことも……)
契約結婚とはいえ、ジェラードはいつも自分を気遣い、大切にしてくれた。初めは緊張していた夜も、いつしか隣に彼がいるだけで安心して眠れるようになり、穏やかに言葉を交わすひとときが何よりの楽しみになっていた。
別邸に移ってからは、そんな何気ない時間が恋しくて仕方がない。
最初はただ、実家から救い出してくれたことに感謝していた。それがいつの間にか、彼と一緒にいるだけで幸せだと思うようになり、今では一人の男性として深く慕っている。
けれど、ジェラードが望んでいるのは後継者であって、自分との夫婦生活ではない。だからこそ、子供を産んだあとの自由まで約束してくれたのだろう。
今になって、ここを離れたくないなどと言い出したら、彼を困らせてしまう。最初からすべて承知のうえで結婚したのだから、自分の気持ちが変わったからといって、約束を覆すわけにはいかなかった。
クリスティアーナはお腹をそっと撫でた。
(ごめんなさいね……本当は、ジェラード様と二人で、あなたを育ててあげたかったのに……)
思わず深いため息が漏れた。
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次回は最終話です!




