第19話 会いたい
ジェラードの魔力暴走が再発してから、数日が経った。午後になると身体が熱を帯び、胸の苦しさや頭痛に襲われる日々が続いていた。症状がひどいときには高熱を出して寝込むこともあり、仕事を中断せざるを得ない日が増えている。
以前から辺境伯家に仕えている専属医師は、ベッドの傍らでジェラードの脈を確かめると、難しい顔をした。
「やはり、魔力が身体の中に溜まりすぎておりますな。以前と同じ状態に戻っているようです」
「そうか……」
「しかし、不思議ですね。少し前まではあれほど安定しておられたというのに、何か原因があるのかもしれません。……もしや……これはあくまで推測なのですが奥様が別邸に移られたせいでは?」
「なんだと?」
ジェラードは記憶をたどった。確かにクリスティアーナと夜をともに過ごすようになってから症状は落ち着き、クリスティアーナが別邸へ移ってから再び体調が悪化したようにも思える。
「なるほど……他者の魔法を無効化しその魔力を取り込むことができるのなら、俺の余剰魔力も取り込めるのかも」
「それですよ! 攻撃を受けたときだけでなく、身近にいる者から溢れすぎた魔力を無意識に吸収することもできるとしたら、すごいことです。奥様がいらっしゃれば、ジェラード様は代々の辺境伯と違い長生きできます!」
医師の説明を聞きながら、ジェラードは考え込んだ。もし本当にクリスティアーナが余剰魔力を取り込んでいたのなら、長年苦しんできた魔力暴走を抑える方法が、ようやく見つかったことになる。そればかりか、宣告されていた年数以上に自分も長く生きられる可能性が出てくるのだ。
しかし、すぐに別の疑問が浮かんだ。
「仮にそうだとして、クリスティアーナの体に害はないのか?」
「それはなさそうです。奥様ご自身に負担がかかっていれば、すでになんらかの体の不調があったでしょう。しかしこれまで健やかにお過ごしになりご懐妊までされたのですから、その心配はないと思います」
その言葉に、ジェラードは頷いた。医師が退出したあとも、ジェラードはしばらく考え込んでいた。
クリスティアーナには、不思議な力がある。
魔紋がないために出来損ないと呼ばれていた彼女が、実は誰も知らないほど特別な能力を持っていたことは、すでに何度も目にしてきた。
だが、まさかその力が自分の命にまで関わっているかもしれないとは、考えもしなかった。
それからもジェラードは、以前と同じように午後の魔力暴走に苦しめられた。医師から薬を処方され、できるだけ身体を休めるよう勧められたが、辺境伯としての仕事をすべて放り出すわけにはいかない。体調のよい午前中に重要な仕事を済ませ、午後は様子を見ながら執務を続ける生活に戻っていた。
そんな日々の中で、ジェラードは相変わらず庭園に目を向ければ、クリスティアーナが花壇の手入れをしていた姿を思い出す。使用人たちが彼女の話をしていると、つい耳を傾けてしまう。一人で食事をしていると、クリスティアーナと向かい合って食卓を囲めたら、どんなに楽しいだろうかと思うようになっていた。
別邸から毎日やってくる護衛騎士の報告も、いつしかジェラードにとって一日の楽しみになっていた。クリスティアーナの体調がよいと聞けば安心し、食欲が落ちていると聞けば心配になる。本来なら、医師の見解を聞いて彼女の健康状態を確認するだけで十分なはずだった。しかし、庭園を散歩したとか、マリーと楽しそうに話していたといった何気ない出来事まで、騎士に詳しく尋ねるようになっていた。
(……クリスティアーナに会いたい)
そう考えた自分に、ジェラードは戸惑った。魔力暴走を抑えるためだけにクリスティアーナを側におきたいわけではない。以前のように一緒に他愛のない話をしたり、庭園やサロンで楽しそうに過ごすクリスティアーナが見たいだけだ。
もし彼女がそばに戻ってきたとして、自分の魔力暴走が治まらなかったとしても、それでも会いたいし、側にいてほしい。そこまで考えて、ジェラードはようやく自分の気持ちを理解した。
彼はいつの間にか、クリスティアーナを愛するようになっていたのである。
短命を覚悟していたため、これまで誰かと家庭を築くことなど真剣に考えたこともなかった。結婚したのも、辺境伯家の血筋を絶やさないためだ。
それなのに、彼女と過ごした日々の中で、ジェラードのはいつのまにかクリスティアーナが好きになっていた。
「……困ったな。……俺はクリスティアーナをすっかり愛してしまった。ずっと一緒にいたいんだ」
ジェラードは天井を見上げながら呟いた。
魔力暴走の危険を抱えた自分が、そんな願いを口にしてもいいのだろうか。
ジェラードは答えを出せないまま、夜更けまで眠れずにいた。




