閑話 テニエス男爵の末路
北方の王立鉱山へ送られたテニエス男爵は、到着したその日から絶望していた。
何しろ、寒い。鉱山の周囲にはすでに雪が積もっており、外に出るだけで耳が痛くなるほどだった。
「な、なんという寒さだ! こんなところで人間が暮らせるものか!」
男爵は支給された作業着の襟をかき合わせた。生まれながらに貴族だった彼は、これまで寒い日には暖炉の燃える部屋でくつろぎ、使用人に温かい紅茶を運ばせて過ごしてきた。なのに薄汚れた作業着を着せられ、平民の監督官に命令されていた。
「さあ早速、仕事をしてもらおうか。いつまでも突っ立ってないで、さっさと来い!」
「な、何だ、その口の利き方は! 私はテニエス伯爵だぞ!」
「元伯爵だろうが。今は名ばかりの男爵で、屋敷も金もないんだろ? 偉そうにする暇があったら、働け!」
監督官に怒鳴られ、男爵は悔しさのあまり顔を真っ赤にした。
彼に割り当てられたのは、坑道の奥で鉱石を掘り出す作業だった。
薄暗い坑道には岩を叩く音が響き、作業員たちが黙々と働いている。男爵もつるはしを渡されたが、これまで重い物など持ったことがない。何度か振り下ろしただけで息が上がり、腕が痺れ始めた。
「はあ、はあ……。も、もう駄目だ。少し休ませてくれ……」
「まだ十分も経ってないだろう! そんな調子じゃ日が暮れちまうぞ!」
「じゅ、十分!? もう一時間は働いたと思ったのに……!」
周囲の作業員たちがどっと笑った。屈辱で男爵の顔が歪んだ。
彼は情けない声を漏らしながら、再びつるはしを握るしかない。手のひらはひりひりと痛み、腕は鉛でも詰められたように重かった。
(こ、こんな仕事を毎日やるというのか? 冗談ではないぞ! 今日一日だけでも、もう死にそうだというのに!)
しかも、ようやく掘り出した鉱石を荷車に積めば、今度はそれを運ばなければならない。
「うぐぐぐ……! な、何だこれは! びくともしないではないか!」
「そりゃ、車輪の止め具を外してないからな」
監督官に呆れられ、男爵は慌てて止め具を外した。ところが今度は荷車が勢いよく動き出し、必死にしがみつく羽目になった。
「うわああっ! 止まれ! 止まってくれええっ!」
幸い、荷車は別の鉱夫が止めてくれたが、男爵はその場にへたり込んでしまう。
「荷車ひとつまともに扱えないなんて、今まで何をして生きてきたんだ?」
「わ、私は伯爵家の当主だったのだぞ! こんなことは使用人に任せるのが当然ではないか!」
「へえ、そりゃ立派なご身分だったんだな。だが、ここじゃ荷車も押せない奴はただの役立たずだ。ほら、いつまで座ってるんだ。さっさと立ちな!」
(なんたることだ……こんなむさ苦しく汚らしい者どもから、役立たずなどと誹られるとは)
男爵は悔し涙を流す。金はないが、青い血のプライドだけは溢れるほど持っているのだ。しかし男爵は数時間もすれば両腕は上がらなくなり、足もふらついてまともに歩けなくなった。それでも短い休憩が終われば再び仕事に戻され、きつい仕事をする。宿舎へ帰る頃には全身が痛くてたまらなかった。
そして、ようやく一日が終わったと思った男爵を待ち受けていたのは、さらなる絶望だった。
宿舎にはベッドもなく床に藁が敷かれているだけだったのだ。寝具として渡されたのは、何度も使い回されたらしい薄汚れた毛布が一枚きりである。
「こ、ここで寝ろというのか!? 冗談ではない! せめてベッドくらい用意できんのか!」
しかし、文句を言ったところで、ほかに寝る場所などない。男爵は仕方なく藁の上に横になったが、薄く敷かれた藁では床の冷たさを防ぎきれず、使い古された毛布一枚では寒くてたまらなかった。
しかも、ようやくうとうとし始めたところで、今度はあちこちが痒くなってきた。腕を掻けば背中が痒くなり、背中を掻けば今度は足が痒くなる。どうやら藁や毛布にノミが潜んでいたらしい。
「か、痒い! 何だこれは! こんなところで眠れるものか!」
男爵はたまらず飛び起きたが、周囲の男たちからは「うるさいぞ!」と怒鳴られ、乱暴者からは殴られた。
結局、寒さと痒さに悩まされ、ろくに眠れないまま朝を迎えてしまった。
しかも、昨日の重労働で全身が痛むというのに、監督官は容赦なく仕事へ連れ出そうとする。
「ま、待ってくれ! 体中が痛いうえに痒くてたまらんのだ! 昨夜はほとんど眠れなかったのだぞ! おまけに殴られ目も腫れている」
「だったら今夜はさっさと寝ろ! 連中は気が荒いし、寝ているところを騒いだお前が悪い。それより早く、仕事をしろ!」
男爵は泣きそうになった。こんな生活が、いったいいつまで続くというのだろう。
(ううう……。せめて、ノミのいない場所で眠りたい……!)
かつて豪華な寝室で眠っていた男爵である。暖炉には火が燃やされ、ふかふかのベッドに清潔な寝具。足先には適度に温められた温石。ぬくぬくと快適に寝るのが当たり前だった日々は帰ってこない。
「ひゃぁー、かゆい、かゆい。ああ、たまらん……」
今日も男爵は体中をノミにさされ、かきむしる手が止まらないのだった。
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今回、ノミを使ったざまぁになりました。以前にも似たような内容のざまぁを書いたかもしれませんが、悪役のざまぁってバリエーション少ないんですよねー
食事には触れていませんが、質素な食事で男爵はそれにも文句をつけていましたが、今回は省きましたぁー(;^^)ヘ..
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次回はまた本編に戻ります。完結まであと少しですー。




