第16話-2 テニエス伯爵家の凋落
彼らを見る社交界の目は一気に冷え込み、テニエス伯爵家をお茶会や夜会へ招こうとする者はいなくなった。
クリスティアーナが実家で酷い扱いを受けていたことは、すでに広く知られていた。しかも、嫁ぎ先であるアルディオン辺境伯家にまで押しかけ、魔法で攻撃したというのだから、クラウディアとヴィッキーに同情する者はいなくなり、すっかり社交界から締め出されてしまったのである。
それからしばらく経ったある日のこと、思いがけないことが起きた。なんと、クラウディアとヴィッキーのもとに、王妃主催のお茶会への招待状が届いたのである。
王妃は、アルディオン辺境伯家で起きた騒動について報告を受けていた。クリスティアーナが実家で虐げられていたことにも憤慨していたが、何より問題視していたのは、辺境伯夫人に向かって炎魔法を放つという許しがたい行為に及びながら、クラウディアとヴィッキーがいまだ何の処罰も受けていないことだった。
アルディオン辺境伯が正式に訴えを起こさなかったため、今のところ罪には問われていないが、本来なら貴族牢に入れられてもおかしくないほどの大罪である。
そこで王妃は二人が少しは自分たちの行いを反省しているのか、直接会って確かめることにした。もし反省の色が見られず、相変わらず傲慢な態度を取るようなら、国王に厳しい処罰を進言するつもりだった。
ところが、招待状を受け取った母娘は、王妃の思惑などまるで理解していなかった。
「お母様、見て! 王妃殿下からのお招きですって! やっぱり、わかる人にはわかるのよ。あたしたちが悪くないってことが!」
「まあ、ヴィッキー! これで社交界の連中も、あたしたちを無視できなくなるわね。王妃殿下のお茶会に招かれたと知ったら、きっと態度を改めるわよ!」
二人はすっかり舞い上がり、久しぶりの晴れ舞台に備えて新しいドレスまで仕立てさせた。もっとも、伯爵家の財政はすでに苦しくなっていたため、仕立て屋には代金を後払いにするよう頼み込まなければならなかった。それでも二人は、王妃のお茶会に出席すれば、これまで自分たちを閉め出した貴族たちも態度を改め、再び以前のように社交界で堂々と振る舞えるようになると信じて疑わなかった。
そして迎えたお茶会当日。王宮の庭園には、色とりどりのドレスをまとった貴婦人たちが集まっていた。庭園に面した広間には紅茶や色鮮やかなお菓子が用意されており、室内でお茶を楽しむ者もいれば、庭園に出て花々を愛でながら歓談する者もいる。庭園では給仕たちが果実水を配っており、貴婦人たちは思い思いの場所で優雅な午後のひとときを過ごしていた。
クラウディアとヴィッキーも意気揚々と会場へ足を踏み入れたが、二人を迎えたのは歓迎の言葉ではなく、冷ややかな視線だった。王妃への挨拶を済ませたあとも、誰も二人に積極的に話しかけようとはしなかった。それどころか、近づくと会話を打ち切って離れていく者までいる。
王妃は庭園の中央で高位貴族の女性たちと歓談しており、クラウディアとヴィッキーも最初はその近くにいようとしたが、周囲から冷ややかな視線を向けられるばかりだったため、次第に庭園の端へと移っていった。
しかし、そこでも二人を歓迎する者はいない。少し離れた場所では、数人の男爵夫人たちが談笑しており、時折クラウディアとヴィッキーのほうを見ては、扇で口元を隠して笑っていた。
「まあ、あの二人、恥ずかしげもなくよく王宮へ来られたものね。王妃殿下がお情けで招いてくださったのでしょうに、まるで自分たちが歓迎されていると思っているみたい」
最初に口を開いたのは、ふくよかな男爵夫人だった。
「平民出身の継母が、先妻の娘を使用人のようにこき使っていたのでしょう? しかも、自分の娘には好き放題させていたとか。あの母親、本当に厚かましいわ」
「娘のほうも酷いものよ。炎魔法が使えることを自慢して、クリスティアーナ様を無能だと馬鹿にしていたんですって。それが今では自分が魔法を使えないとは!」
男爵夫人たちの嘲笑を聞いて、クラウディアが腹立たしげに眉をつり上げ、ヴィッキーの顔は怒りで歪んだ。
「ちょっと! さっきから何なのよ、あんたたち! うちより身分が低いくせにっ!」
突然のヴィッキーの怒鳴り声に、周囲の人々が驚いて振り返った。庭園の中央にいた王妃も騒ぎに気づき、眉を顰める。
(まったく反省していないようね……しかも平民でも、もっとましな礼儀を身に付けているわよ)
王妃は二人の様子を見て、呆れ果てた。
男爵夫人が注意した。
「そのように大きな声を出されては、ほかの方々のご迷惑になりますわ。ここは王妃殿下のお茶会ですのよ」
「何よ、偉そうに! あんたたちが先に悪口を言ったんじゃない! だいたい、あたしたちが何をしようと勝手でしょう!」
すると、隣にいたクラウディアも娘に加勢した。
「そうよ! 王妃殿下から正式に招待されているし、うちは伯爵家なのよ! あんたたちに馬鹿にされる筋合いなんてないわ!」
クラウディアは得意げに胸を張った。
そのとき、騒ぎを聞きつけた一人の女性が、少し離れた場所から歩み寄ってきた。
薄紫色のドレスをまとったその女性は、華美な宝石こそ身につけていなかったものの、落ち着いた物腰には自然と人目を引く気品があった。
「お二人とも、いい加減になさい。王妃殿下のご厚意で招かれたのでしょうに、そのように騒ぎ立てては、せっかくのお心遣いが台無しですわ」
女性が口を開いた途端、男爵夫人たちは一斉に姿勢を正した。
しかし、クラウディアもヴィッキーも、その変化には気づかなかった。
「あんたには関係ないでしょう! 偉そうに説教しないでよ!」
「わたくしは、王妃殿下のお茶会で騒ぎを起こすのはおやめなさいと申し上げているのです。まして、あなた方は辺境伯夫人に対して大変なことをなさったと聞いております。少しはご自分たちの立場をお考えになったほうがよろしいのではなくて?」
穏やかな口調でたしなめられたことが、かえってヴィッキーの癇に障った。
「またクリスティアーナのこと!? あの女のせいで、あたしたちは酷い目に遭ったのよ! 魔法だって奪われたし、みんなから馬鹿にされるし! こっちが被害者なのに!」
クラウディアも娘の肩を抱き寄せ、その女性に向かって声を荒らげた。
「そうよ! そもそも、あの子が魔法を盗まなければ、こんな騒ぎにはならなかったのよ! よその家の事情も知らないくせに、勝手なことを言わないでちょうだい!」
女性は二人の様子を見て、呆れたようにため息をついた。
「なるほど。やはりあなたがたには、しっかりとした罰が必要かもしれませんね。クリスティアーナ様の慈悲の心も無駄になりましたね」
その言葉が、ヴィッキーの癇に障った。
「何よ、その言い方! あんた、何様のつもり!? わかったような口を利かないでよ!」
怒りに任せて、手にしていた飲み物の入ったグラスを女性に向かって投げつけた。
グラスは女性の肩に当たって割れ、小さな破片が頬をかすめる。幸い浅い傷で済んだものの、果実水がドレスに飛び散り、頬からはうっすらと血が滲んだ。周囲の貴族たちが悲鳴を上げた。
「大変! お顔から血が! 早く宮廷医を呼んで! 近衛騎士はどこ!? すぐに来てちょうだい!」
騎士たちが駆けつけ、ヴィッキーはその場で取り押さえられた。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ! あたしは伯爵令嬢なのよ!」
必死にもがくヴィッキーだったが、誰も彼女を助けようとはしない。それどころか、周囲の人々は真っ青になり、負傷した女性のもとへ駆け寄っていた。
「ファルネーゼ公爵閣下! 大丈夫ですか?」
その呼びかけを耳にして、クラウディアはぎょっとした。
「こ、公爵……?」
ヴィッキーも暴れるのをやめた。王妃がファルネーゼ公爵家の出であることは誰もが知っている。
まさか、と思った次の瞬間、ゆっくりと近づいてきた王妃が、地の底を這うような声で言った。
「わたくしのお姉様に怪我を負わせるとは、なんという狼藉! その母娘を今すぐ貴族牢へ放り込みなさい!」




