第14話 勘違い女、再び
「何をすれば……」
「最初に庭でやったように、何かしたいことを考えてみたらどうだ?」
クリスティアーナは、開け放たれた大きな窓の向こうに広がる庭園へ目を向けた。
今日はよく晴れていたせいか、花壇の土が少し乾いているように見える。
(お花にお水をあげられたらいいかしら)
そう思った瞬間、庭園の上空に、きらきらと光を弾く大量の水が現れた。
大広間にいた客たちが、いっせいに窓の外へ目を向ける。
何もなかった空中から次々と生まれた水は、瞬く間に庭園を覆うほどに広がった。やがてそれは細かな雫へと変わり、花壇の上だけに雨のように降り注いでいく。
雫は花々の葉や花弁を濡らし、乾いていた土へと染み込む。しかし、花壇の外にある石畳には一滴の水も落ちていない。
まるでそこに植えられている花の一本一本を見分けているかのように、水は必要な場所だけへ正確に降り注いでいた。やがて十分に水が行き渡ると、雨はぴたりと止んだ。大広間が静まり返る。
「……これで、いいでしょうか」
「今、何を考えて魔法を使ったんですか?」
招待客の一人が圧倒された様子で聞いた。
「……特に難しいことは考えていません。ただ、庭園の花に水をあげたいな、と思っただけです」
「これほどの量の水を一度に生み出すだけでも、相当な魔力が必要だぞ。それ以上に異常なのは制御だな。生み出した水を細かな雨へ変え、花壇だけを選んで均等に降らせるなど……簡単なことじゃない」
「クリスティアーナ様は極めて優れた魔法制御能力をお持ちです。いや、優れているという言葉では足りないかもしれませんわ」
大広間が再びざわめいた。
今まで魔法のことで褒められたことなど一度もない。
魔紋もなく魔法が使えない役立たずと言われ、それが当たり前だった。
なのに今は、自分を見つめる人々の目がまるで違っていた。
「すごい方だったのですね、辺境伯夫人は」
「今まで力が表に出なかっただけなのですね」
「これほどの才能なら、王都でも話題になるでしょうな」
クリスティアーナは胸の奥がくすぐったくなるような、不思議な感覚を覚えた。
(私が……すごい?)
一方、ナタリーは真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「そんな……私の魔法なのに……。私にはできなかったことまで、どうして……」
その呟きに答える者はいなかった。
やがてお披露目会は何事もなかったように続けられたが、その日の話題はほとんどクリスティアーナの魔法に持っていかれた。
数日後には、魔紋を持たないと思われていた辺境伯夫人が、極めて特殊な魔法を操るらしいという噂が近隣の領地にまで広がった。
一方で、ナタリーがクリスティアーナに心ない言葉を浴びせた挙げ句、魔法まで向けていたことも同時に知れ渡る。
辺境伯夫人を傷つけようとした令嬢――そんな噂が広まることを恐れた父親は、ナタリーを厳しく叱責し、しばらく社交の場から遠ざけることを決めた。そして間もなく、ナタリーは戒律の厳しい修道院へ送られたのだった。
クリスティアーナはそのことにも心を痛めていた。だが、ジェラードは少しも悲しそうな顔を見せない。
(ナタリー様と想い合っていたはずなのに……)
きっと自分の前だから平気なふりをしているのだろう。
妻であるクリスティアーナの前で、別の女性を案じる姿など見せられないに違いない。
(本当は、今すぐにでも修道院へ迎えに行きたいくらい心配しているのかもしれない……)
そう考えると、クリスティアーナの胸はまた重くなった。
クリスティアーナの魔法がお披露目会で話題になってから、彼女の周囲は少しずつ変わっていった。
以前なら誰からも見向きもされなかったのに、近隣の領主夫人や令嬢たちからお茶会へ招かれることが増えたのだ。
その日もクリスティアーナは、朝からマリーを連れて近隣の領主夫人のお茶会へ出かけていた。
午後になり、辺境伯邸へ一台の馬車が到着した。訪れたのは、テニエス伯爵一家だった。応接室へ通されたテニエス伯爵とクラウディア、それにヴィッキーの前へ、しばらくしてジェラードが姿を現した。
「何の用だ?」
挨拶もそこそこに尋ねられ、テニエス伯爵はわずかに表情を強張らせた。
「いや、娘がこちらへ嫁いでから一度も顔を見ておりませんのでな。様子を見に参ったのです」
「クリスティアーナなら留守だ。今日は茶会に招かれている」
「クリスティアーナが?」
クラウディアが思わず聞き返した。
「何かおかしいか?」
「い、いえ……あの子がそのような場へ招かれるとは思わなかったものですから」
ジェラードの目が冷たくなる。
「ここではよく声をかけてもらっている」
それだけ告げると、ジェラードは三人を見回した。
クリスティアーナがこの家へ嫁いできたときの姿を、彼はまだ忘れていなかった。
痩せた身体。ろくに揃っていなかった衣服。満足な食事さえ与えられていなかったと知ったときには、耳を疑った。
そんな扱いをしていた家族が、今になって何をしに来たのか。
歓迎する気など、最初からなかった。
ヴィッキーは、ジェラードの姿を見るなり目を見開いた。
(え……この人が辺境伯?)
魔力が強すぎるため、いつ暴走するかわからない危険な男。
そう聞かされていたから、もっと恐ろしい男を想像していた。
けれど実際のジェラードは、背が高く、黒髪に銀色の瞳を持つ、整った顔立ちの魅力的な男性だった。
(こんなに素敵な人だったなんて……)
ヴィッキーは一気に機嫌をよくした。
危険な男だから、魔法の使えないクリスティアーナを嫁がせればいい。もし何かあっても、自分には関係ない。以前はそう思っていた。
けれど、実際に会ってみれば話はまるで違う。
辺境伯という高い身分に、優れた容姿。それに国内でも指折りの魔法使いだ。
(こんな方なら、あたしがお嫁にいけばよかったわ)
そう思った途端、クリスティアーナがこの屋敷の女主人として暮らしていることまで腹立たしく思えてきた。
「ジェラード様、お姉様との暮らしはいかがですか? だって、お姉様は何もできないでしょう? 魔紋もなかったし、魔法だって使えなかったし。きっとご迷惑をかけているんでしょうね」
それまで黙っていたヴィッキーが、急に愛想のよい声を出した。
ジェラードはちらりと彼女を見てわずかに目を細めた。
「クリスティアーナのことで迷惑だと思ったことは一度もない」
「でも、まだお子様もできていないのでしょう?」
ヴィッキーは少し身を乗り出した。
「それならあたしでもいいと思うんです。私はお姉様と違って魔紋もありますし、炎魔法だって使えます。ジェラード様のお役に立てますわ!」




