第13話 お披露目会
「子どもを産むためだけの妻だから、こんなことをしてくれるはずないと思っていました」
思わずそう言うと、ジェラードが苦笑した。
「子どもは正式な跡取りとなる。その子の母親が近隣の貴族たちに紹介もされていないなど、おかしいだろう?」
確かに、跡継ぎをもうけることはこの結婚の大きな目的のひとつだ。だからといって、ジェラードにはクリスティアーナを粗末に扱うつもりなどない。正式に妻として迎えた以上、辺境伯夫人として相応に扱うのは当然のことだと思っていた。
だが、クリスティアーナはそうは受け取らなかった。
(子どものためだから、周りに紹介しておくんだ。別にわたし自身を大事にしてくれているわけじゃない)
当日は、近隣領地の領主夫妻をはじめ、辺境伯家に仕える騎士や重臣、領内の有力商人たちが招かれた。
大広間には煌びやかな衣装をまとった客たちが集まり、楽団の奏でる音楽と談笑の声が絶えない。
クリスティアーナはジェラードの隣に立ちながら、緊張で何度も指先を握りしめた。
「そんなに固くならなくていい。今日は君を紹介するだけだ」
「でも……皆様に失礼なことをしたら……」
「多少の失敗でどうにかなるような人間は呼んでいないよ」
そう言ってジェラードが笑う。
その言葉に、クリスティアーナも少しだけ肩の力を抜いた。
客たちは次々とクリスティアーナへ挨拶に訪れた。
「こちらが奥方様ですのね。とても綺麗な方ですわね」
「辺境伯閣下もようやくご結婚なさり、実にめでたい」
初めこそ緊張していたクリスティアーナだったが、誰も彼女を無能だと罵ったりはしない。彼らはクリスティアーナの右手に魔紋がないことに気づいているはずなのに、普通に挨拶をし笑いかける。
お披露目会は和やかに進められていったのだが、突然会場の一角がにわかに騒がしくなった。
「皆様、聞いてください!」
突然の大声に、大広間の会話が止まる。
両親とともに姿を見せたナタリーが叫んだのだ。彼女の右手にはまだ人魚の魔紋は戻っておらず、周囲の視線が自分へ集まったことを確認すると、その右手を高く掲げた。
「この人に奪われたんです! 私の魔紋も、魔法も! ほら、私の右手にはなにもないでしょう!?」
ざわめきが広がった。
「魔法を奪う?」
「そんなことができるのか?」
「どういう意味だ?」
ナタリーの父親が慌てて娘を止めようとしたが、ナタリーはそれを振り払った。
「私は水魔法を使えていました。それなのにこの人に魔法を使ったあと、突然魔紋が消えてしまいました。その代わり今まで魔法なんて使えなかったこの人が、いきなり水魔法を使えるようになったのです!」
招待客たちの視線が一斉にクリスティアーナへ向き、彼女は思わず俯きそうになった。それでも震えそうになる声をなんとか抑え、クリスティアーナは顔を上げた。
「ナタリー様がおっしゃった出来事自体は、本当です」
「ほら!」
「ですが……わたしは、ナタリー様の魔法を奪おうとしたわけではありません」
クリスティアーナは、その日に起きたことをできるだけ順番に話した。
ナタリーから屋敷を出ていくよう言われたこと。
魔法も使えず、子どももできない自分にはここにいる意味がないと言われたこと。
そして最後には、水魔法を向けられたこと。
「わたしは怖くて、目を閉じました。けれど魔法はわたしに当たらず、消えてしまったんです。そのあと、ナタリー様がもう一度魔法を使おうとしたのですが、何も起こりませんでした。そこでナタリー様の魔紋が消えていることに気づいて……」
客たちの表情が変わっていく。
「まさか、水魔法で辺境伯夫人を攻撃しようとしたのか?」
「先に攻撃したのはナタリー嬢のほうではないか。しかも格上の辺境伯夫人に出て行けだと? 何様だと思っているんだ!」
「それで魔紋を失ったというのなら、辺境伯夫人だけを責めるのもおかしな話だ」
目論んでいた展開と違う反応に、ナタリーが焦って叫んだ。
「でも、私の魔法がなくなったのですよ! おかしいでしょう?」
そこで、ジェラードが静かに口を開いた。
「その件については、俺も調べた。クリスティアーナが自ら望んで君の魔法を奪ったとは考えにくい。君が水魔法で彼女を攻撃したとき、防御の魔法が働き無効化し、その際に君の魔法を取り込んでしまったのだろう」
「そんな……」
「少なくとも、クリスティアーナには君の魔法を奪おうという意思はなかった」
ナタリーは唇を震わせた。
「でも、わざとじゃなくても奪ったことに変わりはないわ!」
「だからといって、先に攻撃した事実までなくなるわけではないだろう。辺境伯夫人を魔法で攻撃しておいて、その結果、自分の魔法を失ったから被害者だというのは無理があるぞ」
客の一人が呆れたように言い、あちこちから同意する声が上がる。
クリスティアーナは、誰も自分を責めないことに驚いた。それどころか、当然のように自分の側に立ってくれている。
テニエス伯爵家では、何かあればいつもクリスティアーナのせいにされた。だからこそ、自分の言葉を信じ、味方をしてくれる人々がいることに戸惑ってしまう。
そんなクリスティアーナに、一人の招待客が興味深そうに尋ねた。
「では、奥様は本当に今、水魔法をお使いになれるのですか? 右手の甲にはなにも魔紋が浮かんでいませんが」
「え……はい。一応は……」
「それはすごい。もし差し支えなければ、少し拝見してみたいものですな」
「まあ、私も見てみたいですわ」
口々に賛同する人々に、クリスティアーナは困ったようにジェラードを見た。するとジェラードは、面白そうに小さく頷いた。




