第12話 魔法の使い方が違うようです
「ジェラード様! 聞いてください! クリスティアーナ様が私の魔法を奪ったのよ!」
ナタリーは救いを求めるように駆け寄った。
「魔法を奪う? そんなことができるわけないだろう?」
「だって、そうとしか考えられないもの。突然魔法が使えなくなったのよ。それなのに、クリスティアーナ様が私と同じ水魔法を使ったわ。私の魔力を盗んだに決まってる!」
ジェラードの表情が変わった。
クリスティアーナは慌てて口を開く。
「ごめんなさい。私、本当にそんなつもりはなかったんです。もし私が奪ってしまったとしたら、返したいんですけど、どうすればいいのかわからなくて……」
「よくわからないな。誰か、この状況を見ていた者は?」
マリーが一歩前へ出た。
「旦那様。ナタリー様が奥様に、この屋敷から出ていくよう何度もおっしゃっていました。奥様は魔法も使えず、子供もできないのだから、ここにいる意味はないと……。そのあと、奥様へ水魔法を放たれました……」
「マリー! 余計なことを言うんじゃないわよっ!」
「も、申し訳ありません」
「ナタリー。いくら君でも、クリスティアーナに魔法を向けたことは許せない。彼女は俺の妻なんだぞ」
「あっ、ご、ごめんなさい……でも私、もう魔法が使えないの? 人魚の魔紋も消えてしまったわ……どうしたらいいの?」
「……落ち着け。本当に失ったと決まったわけじゃない。時間が経てば戻る可能性もある。俺も調べてみる」
ジェラードは泣き続けるナタリーに困ったようにため息を吐いた。
「本当に?」
「ああ。だから今日は帰れ。泣いていても何も解決しない」
ジェラードにそう言われ、ナタリーは何度も涙を拭いながら、ようやく屋敷をあとにした。
クリスティアーナはその後ろ姿を不安そうに見送った。
(どうしよう……本当に私が奪ってしまったのなら……)
「クリスティアーナ、水魔法を本当に使えるのかい? 見せてほしいんだが」
「わ、わかりません。どうやって使ったらいいのかも知らないんです」
「魔法はイメージが大事だ。まずは、どんな魔法を使いたいのか頭の中に思い浮かべてみろ」
クリスティアーナは庭園を見回した。
少し離れたところに大きな木があり、枝の先には赤く熟した実がいくつもなっている。
(あれ、取れないかな……)
ただ、そう思っただけだった。
次の瞬間、クリスティアーナの前に集まった水が細長く伸び、薄い刃のような形へ変わった。
シュッ――。
水の刃が宙を走り、実のついた細い枝だけを正確に切り落とす。実が地面へ落ちかけた瞬間、別の水がその周囲をふわりと包んだ。水に支えられた実は、その中でくるりと回る。表面についていた埃や汚れが洗い流され、そのまま宙を滑るようにクリスティアーナのもとへ運ばれてきた。クリスティアーナが両手を差し出すと、水だけがさらりとほどけ、きれいになった赤い実が手の中へ収まった。
「……取れた。それに、きれいになってるわ」
クリスティアーナは不思議そうに実を眺めた。
マリーも唖然とした表情を浮かべ言った。
「奥様……今のは、どうやったのですか?」
「え? わたし、ただあの実が取れたらいいなって思っただけなんだけど……」
ジェラードは、切られた枝とクリスティアーナの手の中の実を見比べた。
「……君は、あの実を取ろうと思っただけなのか?」
「はい」
「水の刃を作ることも、落ちた実を受け止めることも考えていなかった?」
「ええ……ただ、取れたらいいなって」
ジェラードは黙り込んだ。
「普通、魔法を使うときは、何をどうするかまで頭の中で思い描くものだ。水を刃に変えて枝を切るなら、その形も動きも自分で制御しなければならない」
ジェラードは、クリスティアーナの手の中にある実を見つめた。
「だが、君は実を取りたいと思っただけで、枝を切り、落ちてくる実を受け止め、洗って運ぶところまでやってのけた。そんな魔法の使い方は聞いたことがないぞ」
「そう……なんですね」
クリスティアーナは困ったように首を傾げた。
ナタリーの魔紋が消えてから数日、ジェラードは屋敷の書庫に籠もる時間が増えた。古い魔法書や魔紋に関する記録を片端から調べ、王都にある魔術師組合からも資料を取り寄せたが、同じ事例は見つからなかった。
「なにかわかりましたか?」
書庫を訪れたクリスティアーナが尋ねると、ジェラードは机の上に積み上げた本から顔を上げた。
「魔法を無効化する能力なら、いくつか記録が残っている。だが、相手の魔紋そのものが消え、その者が使っていた属性の魔法まで自分のものにする。そんな例は見つからなかったよ。まして、君はナタリー以上に水魔法を扱えている」
「……やっぱり、わたしがナタリー様の魔法を奪ってしまったんでしょうか」
「少なくとも、君が自分からナタリーの魔力を奪おうとしたわけではないだろう?」
「はい」
「それなら、それ以上自分を責める必要はない。ナタリーの魔紋については、しばらく様子を見るしかないだろう。そもそも、先に魔法を向けたのはナタリーのほうだからな」
そう言われても、クリスティアーナの胸から不安が消えることはなかった。自分の中には、確かに以前にはなかった力がある。ナタリーが使っていた水魔法を、今では自分が使えるのだ。
それどころか、ジェラードに促されて試してみると、自分でも信じられないほど自由に水を操ることができた。
けれど、クリスティアーナにはいまだに実感がなかった。これまで魔法の使えない無能だと言われ続けてきた彼女にとって、自分が優れた魔法使いになったという事実は、そう簡単に受け入れられるものではなかった。
そんな中、以前から予定されていたクリスティアーナのお披露目会の日がやってきた。正式に辺境伯夫人となったクリスティアーナを、周辺の貴族たちへ紹介するための宴である。




