第11話 魔法が使える?
それからというもの、ナタリーは頻繁に屋敷を訪れた。表向きは、遠い土地へ嫁いできたクリスティアーナの話し相手になるためだ。
ジェラードの前ではいつも愛想よく笑い、クリスティアーナにも親しげに話しかける。けれど、ジェラードがいなくなれば態度は一変した。
「それで、まだなの?」
「え……?」
「赤ちゃんよ。ジェラード様の子ども。あなた、それを産むためにここへ嫁いできたんでしょう?」
ナタリーは呆れたようにクリスティアーナのお腹へ視線を落とした。
「もう何度も夜を一緒に過ごしているんでしょう? それなのに、まだできないなんて」
「申し訳……ありません」
クリスティアーナは俯いた。ナタリーに謝ることではないと頭のどこかではわかっていた。それでも言い返すことなどできない。
この結婚が跡継ぎを残すための契約であることは事実なのだ。
「本当に役に立たないのね。魔法も使えない。子どももできない。それであなた、何のためにこの屋敷にいるの?」
胸を刺されるような言葉だった。
(本当に……何のためにいるんだろう……私はどこに行っても役立たずだ)
クリスティアーナの瞳に涙が滲んだ。
訪れるたび、ナタリーは同じような言葉を繰り返す。
「まだできないの?」
「いつまでジェラード様を待たせるつもり?」
「私だったら、とっくにジェラード様のお役に立てているのに」
そのたびにクリスティアーナの心が傷ついた。
そんなある日、クリスティアーナはナタリーと屋敷内の庭園にいた。マリーは少し離れたところに控えている。ジェラードは領地内の視察で留守だ。
「ねぇ、まだ妊娠の兆しもないんでしょう? もう出ていきなさいよっ!」
「え……?」
「だって、いる意味がないじゃない。跡継ぎを産むための奥様なのに、子どもができないなんて。図々しいわよ。いつまでここに居座るつもり?」
クリスティアーナの顔から血の気が引いていく。
「もちろんわかっています。でも、もう少しすればきっと……」
「私ならジェラード様の子供をすぐ妊娠できるはずだし、魔法だって使える。ジェラード様に相応しいのは、この私よ! だから出ていきなさいよっ!」
ナタリーは右手に浮かぶ人魚の魔紋を誇らしげに見せた。
(そうした方が……いいのかもしれない)
自分がいなくなれば、ジェラードは本当に愛する女性と一緒になれるのかもしれない。けれど、今すぐ出ていくこともできなかった。どこへ行けばいいのかわからないのだ。実家へ帰ったところで、自分の居場所などないのだから。
「……ごめんなさい。でも、私には戻る場所がなくて……」
「そんなこと知ったことではないわ。本当に厚かましい女ね! 痛い目にあわないとわからないのね」
ナタリーの顔が険しくなり、右手の人魚の魔紋が青く輝いた。
「おやめください、ナタリー様!」
マリーが声を上げる。
次の瞬間、ナタリーの手の前に水が集まり、勢いよくクリスティアーナへ向かって放たれた。
「きゃっ!」
クリスティアーナは反射的に目を閉じたが、いつまで経っても水は身体に当たらなかった。恐る恐る目を開くと、水は消えていた。
「……え?」
ナタリーだけではなく、クリスティアーナも呆然としている。
「何よ、今の……わたしの魔法が消えた?」
ナタリーはすぐにもう一度右手を突き出した。
「今度こそ――」
しかし、何も起こらない。
「え? な、なんで……? どうして魔法が出ないのよ!」
自分の右手の甲を見たナタリーの顔色が変わった。
「嘘……嘘よ……私の魔紋が消えているわ……」
ナタリーは青ざめ、それから突然クリスティアーナを睨みつけた。
「あなた、私に何をしたのよ!」
怒鳴りながら手をあげようとしたナタリーに、クリスティアーナが身をすくめた瞬間だった。
ざあっ、と大量の水がクリスティアーナを守るように目の前に現れた。透明な水が壁のように立ち上がり、二人の間を遮っている。ナタリーは目を見開いた。
「な……何よ、これ……私がよく使うウォーターウォールだわ。防御の水魔法よ」
クリスティアーナは身をすくめたまま、目の前に現れた水を恐る恐る見つめた。
「これは……何?」
魔法など一度も使えたことがないし、何度試しても何も起こらなかった。
それなのに今、自分を守るように水の壁が現れたのだ。
「まさか……あなたが奪ったの? さっき私の魔法が消えたでしょう!? そのときに盗んだんだわ!」
「そ、そんなことしていません」
「返して! 私の魔法を返してよ! 泥棒! 私の魔法を盗んだ!」
ナタリーは泣き叫んだ。
「違います。きっとなにかの誤解です……」
クリスティアーナの顔も青ざめていく。
(わたしが……奪ったの?)
そう考えると恐ろしくなった。
ナタリーは魔法が使えなくなり、クリスティアーナが突然水魔法が使えるようになったのだから、偶然とは思えない状況だ。
(どうしよう……)
「ご、ごめんなさい……」
「謝って済むと思ってるの!?」
「返します。返したいんです。でも……どうやったら返せるのかわからなくて……」
「なんとかしなさいよっ!」
少し離れたところに控えていたマリーが、心配そうにクリスティアーナを見た。何か言いたそうに一歩だけ前へ出たものの、すぐに足を止める。ナタリーは貴族の令嬢で、マリーは侍女だ。勝手に口を挟むことはできない。
そのとき、視察から戻ったばかりのジェラードが庭園に姿を現した。
「何の騒ぎだ?」




