第8話 役に立ちたい
翌日のこと、クリスティアーナは庭園で、また別の仕事を見つけてしまった。風で飛ばされた落ち葉が、あちらこちらに散らばっている。近くには庭仕事に使う箒も置いてある。
先日は掃除をしているところを見つかって、止められてしまった。だったら、誰も見ていないところならどうだろう。
クリスティアーナは辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、箒を手に取って落ち葉を掃き集め始めた。
ところが、今度は侍女長のエルダに見つかった。
「奥様。昨日は廊下をお掃除して、今日は庭の落ち葉を集めていらっしゃる。このままでは、明日には厨房に立っていらっしゃるのではないかと私は心配です」
少々呆れたような口調だったが、もちろん本気で責めているわけではない。
「すみません。でも、何かしていないと落ち着かないんです。ほんの少しでいいので、わたしにもできることはありませんか?」
侍女長はしばらく考え込み、それから思いついたように言った。
「それでしたら、旦那様のお世話をなさってはいかがでしょう。旦那様のお部屋を整えたり、身の回りの品を確認したりする程度でしたら、奥様がなさっても不自然ではございません。もちろん、書類などには触れず無理のない範囲で、ということになりますが」
クリスティアーナはすぐには返事をしなかった。
ジェラードの部屋へ勝手に入ることに抵抗があったのである。
「でも、わたしがジェラード様のお部屋へ入ったら、ご迷惑ではないでしょうか。勝手に物を触られるのがお嫌かもしれません」
「その点はこちらから旦那様へお伝えしておきます。許可をいただいた範囲だけになされば問題はありません」
それなら、とクリスティアーナはようやく頷いた。
こうして、彼女は少しずつジェラードの身の回りのことを手伝うようになった。
といっても、最初のうちはマリーと一緒に部屋へ入り、棚の上を整えたり、衣類を畳んだりする程度である。机の上に積まれた書類や、鍵のかかった引き出しには近づかず、自分が触れていいものだけを慎重に選んでいた。
そんなある日、部屋の隅に置かれていたジェラードの革靴が目に入った。表面には薄く埃がついている。
「この靴は、これから磨くのですか?」
「ええ。あとでメイドが手入れをして、靴の棚に戻します」
マリーがそう答えると、クリスティアーナは靴をしばらく眺めたあと、少し遠慮がちに尋ねた。
「わたしが磨いてもいいでしょうか。靴磨きなら慣れていますし、革を傷めないやり方もわかります」
マリーは一瞬言葉に詰まったものの、すぐに納得したような表情になった。
「……そうでしたか。では、お願いいたします」
「はい。実家ではいつも家族の靴を磨いていましたから」
あまりにも普通のことのように言うので、マリーはなんともいえない気持ちになった。
食事も満足に与えられず、使用人の仕事をさせられてきたことはすでに聞いている。ならば、家族の靴を磨かされていたとしても不思議ではなかった。
それでも、伯爵令嬢であるクリスティアーナ本人が、それを当然のこととして受け入れているのが痛ましかった。
クリスティアーナはそんなマリーの胸中に気づかないまま、靴磨きの道具を借りると床に布を敷き、慣れた手つきで靴の手入れを始めた。
汚れを落とし、革の状態を確かめ、少量の靴墨を丁寧に伸ばしていく。その手際は驚くほどよく、やがて黒い革靴には鏡のような艶が戻った。
「できました。やっぱり、とてもいい革ですね。手入れをするとすぐに艶が出ます」
「……奥様、とてもお上手です」
「ありがとう。最初の頃は上手にできなくてよく叱られましたけれど、今は失敗しません」
その言葉に、部屋にいたもう一人の侍女まで視線を伏せた。マリーたちは伯爵令嬢でありながら、メイドのような生活を強いられていたクリスティアーナに深く同情した。
そこへ仕事を終えたジェラードが戻ってきた。
床に座って革靴を手にしているクリスティアーナを見つけ、、少し驚いたように足を止める。
「……何をしている?」
「靴を磨いていました。わたし、こういうことは得意なんです」
事情を聞いたジェラードは、磨き上げられた靴を手に取った。
「確かに綺麗だな」
「本当ですか?」
褒められたのが嬉しくて、クリスティアーナの表情がぱっと明るくなる。
「まあ、好きでやっているなら止めはしないさ。ただし、無理はするなよ。まだ完全に元気になったわけじゃないんだから」
「はい。ありがとうございます」
「礼を言うようなことじゃないさ。ここでは、好きに過ごせばいい」
クリスティアーナは返事をする代わりに、小さく頷いた。
やがて、クリスティアーナの体調はすっかり良くなった。
そしてその夜、ついにジェラードと初めて――。




