悪役は一人では世界を変えられない①
手持ちサイズのホワイトボードに新しく書かれた文字。
【関係構築学】
「はーい、みんな久しぶり。アイゼン先生だよ」
あれ、この授業はアザゼル先生じゃないのか。久しぶりというか、この人には俺毎日会ってる気がする……。
「出た、胡散臭い先生」
「アデル君、今何か言った?」
「出た、胡散臭い先生……」
「あれ……こういう場合は何でもないですって誤魔化すのが相場じゃない?」
首を傾げる霧雨にアイゼン先生は悲しそうな顔をしながらも、ホワイトボードをクルリと裏返した。そこには大きく一文。
――【悪役は一人で世界を変えられない】
「さて問題です」
先生はニコニコしながら教室を見回す。
「歴代の魔王、犯罪者、革命家、独裁者。彼らに共通するものは何でしょう?」
「強さ」
「カリスマ」
「狂気」
「資金力〜」
ゼロ、星喰、不知火、ヴァイスが口々に……って、資金力? ちょっと現実的なのやめてくれるか?
「みんな、半分正解」
アイゼン先生は頷いた。
「でも一番は……仲間だ。どんな悪役も一人じゃない。仲間がいる。部下、協力者、家族、恋人、宿敵……君たちだって例外じゃない。この学園に居る全員、悪役で全員家族です」
――人との関係がない悪役は存在しない
その言葉はすっと胸に入ってきた。先生は俺たち全員に優しく微笑んで、そっと寄り添う。
「孤独は楽だ。だから、人は簡単に孤独を選ぶ。でも、本当に孤独な人間なんて居ない。自分の知らないところで思いが芽生えて、関係は勝手に構築されていく」
「良いこと言いますね、アイゼン先生」
「あ、俺のこと見直した?」
やっぱ褒めなきゃ良かった……。顔うるさいな、この先生。仕切り直すように先生は手を叩いて、元気よく言った。
「だから今日はグループワークです!」
「内容は?」
先生は満面の笑みを浮かべた。アンタがその顔すると、嫌な予感しかしないんだが……。
「今から全員に紙を配ります。そこに自分の秘密を一つ書いてください」
「え?」
「秘密?」
「嫌なんだけど」
「帰っていい〜?」
次々に不満が飛ぶ。だが、こうなったアイゼン先生はもう止まらない。
「安心してください、その紙はシャッフルされます。そして他の生徒が引きます」
「待て、安心要素が一気に消えたぞ」
霧雨の肩を叩きながら宥めるアイゼン先生はフルスロットル。
「そして、誰の秘密かをみんなで推理しましょう! あ、ちなみに一番しょうもなかった秘密を暴露した人はもう一つ秘密を暴露してもらいます」
「最悪だぁぁぁぁぁ!!」
ジークの過去一の悲鳴が響いた。あ、耳痛い。
◇
十分後、机の上には十五枚の紙。
「それでは順番に引いてください」
くじ引きみたいに紙が回って、俺のところに来た紙には丁寧な文字で『アイゼン先生がうるさくて苦手』と書かれていた。綺麗な字で書くことじゃない……。
「アルト君は何を引いたんですか?」
「あ、いや……しょうもないやつです!!」
これをアイゼン先生に見せたら多分泣いてしまう。即座に後ろに隠した。
「えー、良いじゃないですか。私気になります」
はよ散れ!!
「……誰、これ」
隣を見れば月夜が怪訝そうな顔をしている。覗いてみれば、ふむ……初めて友達ができた。うん、いや重いわ!!
「それじゃあこれは誰の秘密だと思いますか、ハク君!」
「この人」
「紫泉アルトな!? いや、俺じゃないよ、これ……」
「えぇっ!?」
おいそこ、あからさまに驚くな。俺は学んだんだ、あまり重い話はしないようにしようと!
「これは誰ですかー?」
アイゼン先生の問いかけにそっと手を挙げたのは、深彩さんだった。右目に埋め込まれた機械仕掛けの瞳は俺たちに焦点を合わせる。
「ちなみに、私は人間じゃない」
「そっちの方が結構な秘密だろ!?」
さらっと言いましたけど、この方人間じゃないらしいです。
「あ、じゃあ次俺いい〜?」
「ヴァイス君、もう誰か分かったんですか?」
「そ、寝相が悪いっていう暴露。ねー、ゼロちゃん」
「違う……」
「はい、意地張らな〜い」
「無理だぞゼロ。俺たちも見たし、お前の固め技」
「黙れガレス。アルトはうぜぇ」
えぇ……俺ただ微笑ましく見てただけなのに……。
「じゃあ次いいですか?」
彼女は、白雪さんか。見せられた紙には……汚ったねぇ字!! 何て書いてあるんだよ、読めねぇよ!
「これ、何て書いてあるんですか……?」
うん、読めないよね!!
「普通に『毎日アルトのチョコ一つパクってる』って書いてんだろ」
「何で読めんだよ、不知火」
「あ? あー……あ、いや、別に……」
「さては、この秘密は君のものですね……不知火レン君」
白雪さん、急な探偵テイストやめて。あと、ヴァイスは後ろでBGM流さなくていいから。もう終わったし。うん……ん、ちょっと待て。
「お前、俺のチョコパクってたの!?」
「チョコっとだけな?」
「上手くねぇよ、殺すぞ!!」
あれは、俺の少ないお小遣いからちょっとずつ買ってんのに……!
「音楽いる〜?」
いらねぇよ! 落ち込んでいる俺に不知火がそっと近付いてきて、肩をポンと叩いた。
「また、返すからさ……一旦借チョコさせてくんね?」
一発殴っといたわ。
「じゃあ次僕」
そう言って怪しげに笑った霧雨が衝撃的な言葉を読み上げた。
「アイゼン先生が苦手」
二枚目!? ちょっと待ってくれ、これはここで俺も出した方がいいのか……!? チラッとアイゼン先生の顔を見れば……あ、仏の様な顔してる。気にしないようにしてるわ……。
「……あ、あの、俺もいいですか」
ごめんよ、アイゼン先生。でも、またダメージが来るよりは良いだろう。
「どうぞ、アルト君」
「アイゼン先生がうるさくて苦手……と」
「何か上位互換来たぞ」
「…………ちょっとお手洗いに行ってきます」
後ろ姿に哀愁が漂ってる……。あぁ、ごめんよ、アイゼン先生……。
「これ書いた奴センスいいね。ちなみに、アルト君のは僕が書いたやつね」
上位互換は霧雨だった。自分と同じ思考の奴が居たからあんなに笑ってたのか、怖っ……。
「アデルちゃんのは、オレが書いたやつよ。いや〜、アデルちゃんとは仲良くなれそうだわ」
「わぁ、ヴァイスだったんだね。僕も同じこと思ってたよ!」
コイツら部屋離れてて良かったぁぁ!!
その後も暴露大会は続いた。
「実は甘い物が食べられない」
星喰さんのところに届いた秘密は桃祈さんのものだった。
「えっ……フィアちゃん、毎日購買でケーキ買ってるじゃん!」
白雪さんは驚くが、桃祈さんは平然と言ってのける。
「見た目が可愛いから買ってるだけ!」
「食べてないの!?」
「うん、獅堂くんにあげてる」
全員の視線がガレスへ向いて、ジークがそっと二の腕の肉を掴んだ。
「あぁ……だから最近太っ――」
「その先を言ったら殺す」
喧嘩はやめて……! やるなら、俺を挟まずにやってくれ!
「夜になるとぬいぐるみが無いと眠れない、これ誰?」
「ジークだろ」
「違ぇわ! 何で自分の秘密自分で言うんだよ!」
違ったらしい。
「ハクちゃん、何でそんなに目を逸らしてんの〜?」
向こうではヴァイスが月夜の顔を覗き込んでいる。
「……性格悪い」
月夜、可愛いとこあるな。ずっと扉の人の印象しかなかったわ。
「これは誰だろう?」
いつの間にか隣にいた桃祈さんが俺に紙を見せてきた。そこには、箸と鉛筆の持ち方を最近覚えた……あ、これ俺です。
「アルト君は誰だと思う?」
「逆に桃祈さんは誰だと推理してるの?」
「フィアでいいよ。最近箸の持ち方覚えたアルト君!」
「あっ……はい」
気付いてたんですね……。スカしてたのが恥ずかしい……!!
「これはさらっと行くけど、久遠寺シキくんのことが好き。はい、誰かは分かったから大丈夫」
「おぉい!? 機械の次にデカい暴露だろ……!」
「さらっと行かないでよ〜、シキちゃん」
あ、シキ捕まった。ジークとアデルとヴァイスに囲まれて可哀想に……。
「やっと私の想いが届いたってこと……!? シキ、結婚しよう!」
「離れてください、琉璃さん」
「レイで良いって言ってるじゃん!」
おぉ……随分と積極的なご様子で。みんな凄いよ、ハートが見える。
「いやぁ……良いですねぇ。こうやって知らない一面を知るのも関係構築の第一歩です」
あ、アイゼン先生戻ってきた。目が充血してるけど、あんまり触れないでおこう。
「さて、今ので分かったと思います。秘密なんて、側から見ればちっぽけなもので、話してみると案外大したことないんだ」
その優しい目は俺たち全員に向けられた。
「人は知らない相手を怖がる。でも知れば、少しだけ近付ける。そうやって、関係は少しずつ強く構築されていく。せっかく同じクラスなんだ、ここに居る十五人のことは大切にしてほしい」
その言葉に俺は教室を見回した。昨日までは知らなかった顔。知らなかった名前。知らなかった秘密。だけど……この教室を俺の居場所にしたいと思った。
笑いかけてくれたアイゼン先生からは温かい音が聞こえる。すぐに真剣モードから切り替わって、楽しそうに時計を見た。
「はい、時間に限りがあるので一旦ここまで! 次の関係構築学では【相棒を作る時の誘い方講座】をしますからね」
そして、相変わらずだっさい講座名なことで。
「じゃあ、俺行くところあるから! 昼休憩終わったら次はまたアザゼル来るからさ、今日一日座学頑張ってね」
テンションたっか……。あの人ビジュアルめっちゃ冷静沈着って感じなのに、中身のギャップが凄すぎるわ。




