自分を貫く悪役へ
食事を終えて、浴場へ。全員が風呂から出た頃には、もう二十二時だった。
「はぁ〜、柔らけぇ」
夜城がベッドへ飛び込む。二段ベットの上だから危ないぞ、それ。
「夜城、お前落ちてきたら殺すぞ」
「ゼロちゃん、大丈夫大丈夫〜。てか、名前で呼んでいいよ、男同士だしさ」
「ヴァイス、落ちてきたら容赦なく刺すからな」
物騒だけど何だかんだ仲良いな、この二人。
「俺たち全員名前で呼び合うか! 仲間って感じがして俺、憧れてたんだけど!」
「いいね〜、ノリ良い奴は好きだよ、オレ」
「お前も呼ぶんだぞ、アルト!」
「あぁ、分かった。勇者擬き」
「よし、お前は斬る」
コイツ見た目が勇者すぎて、一人だけ混じりきれてないんだよ……。
「まぁいいや。そういや気になってることあるんだけどさ……みんな何でここ来たんだ?」
「気付いたら」
「俺も似たようなもんだ」
「俺は施設」
「俺も施設だな〜、親の顔も知らねぇし?」
俺、ガレス、ゼロ、ヴァイスが順番に答えた。軽い口調だけど、全員顔を見合わせている。恐らく考えていることは同じだろう。
この部屋にいる全員が、自分の家族を知らない。捨てられた、居場所がなかった……そんな奴らばかり。
「まぁ……俺たちが死んでも悲しむ奴は少ないし、悪役にはピッタリなんじゃね?」
「ヴァイス、嘘でもそんな悲しいこと言うな」
「ガレスちゃん、そんな睨まないでよ〜」
「俺は……お前らが死んだら悲しいよ」
あぁ……ごめん、またこんなこと言ってみんなを困らせて……
「泣かせんじゃないよ、アルト!」
「ジーク、汚ねぇ。鼻水垂らすんじゃねぇよ」
「ゼロちゃん、雰囲気読もうな〜?」
四人とも笑っていた。悪役育成学校なのに、今日初めて出会った人たちなのに……この居場所を失いたくないと、そう思った。少なくとも俺にとっては、あの草むらより悪役学校の方がよっぽど救いだ。
◇◇◇
翌朝、部屋から鳴り響く爆音で飛び起きた。
「何だ!?」
「あぁ? うるせぇな……俺のアラームだ」
「ゼロちゃん、そんな爆音のアラーム鳴らしたんなら起きてくんない?」
初情報、ゼロは朝が弱いらしい。
教室では昨日ぶりに会う人たちがすでに揃っていた。そういや、同室の四人以外名前知らないな……。チャイムが鳴ったと同時にアイゼン先生ともう一人、知らない先生が教壇の前に立った。
「皆さん、おはようございます。一限の授業を始める前に、皆さんに紹介したい人がいるので少し時間頂きますね」
そう言って不機嫌そうなもう一人の男性の背中を押した。表情の対比で風邪引いちゃいそう。
「こちら君たちの担任、夕玄アザゼル先生です」
担任お前じゃねぇのかよ!! え、初日担任顔で俺たちに話してたよね? 今どの立場で話してるの、この人……。
「アイゼンせんせ〜、じゃあアンタは副担とかなの?」
「ヴァイス君、甘いですね。私は三年の担任です」
「帰れや」
何だコイツ……おっと、仮にも先生にそんなこと言ってはダメだ。
「さて、私は三年の方に行こうかな。アザゼル、頑張ってね」
「さっさと行け。よし、全員居るな。授業を始める」
絶対アイゼン先生より厳しいタイプだ……。夕玄先生は黒板に淡々と文字を書いていく。
――【悪役学概論】
「……悪役学?」
隣のジークが呟いた。うん、俺も今同じことを思ってた。勇者学ならまだ分かる。でも悪役学って何だ。悪いことの勉強でもするのか?
そんな思考を遮断させるかのように、夕玄先生は教卓に腰を預けた。
「お前らの大半は勘違いしている。悪役とは、悪人のことではない」
その言葉で教室が静かになる。
「では質問だ。勇者とは何だ?」
考えたこともない質問に全員の手が止まった。
「……霧雨」
「世界を救う人?」
「半分正解だ」
「次、深彩」
「正義の味方」
「それも半分」
先生は黒板に二文字を書いた。
――役割
「例えば物語がある。その物語では、魔王が村を襲い、勇者が現れる。そして、最後には勇者が魔王を倒す。さて……この物語で一番必要な存在は誰だ?」
黒板に簡単な図を書きながら、俺たちの方を見た。
「勇者だろ」
「違う」
ジークの言葉に被せる勢いで、夕玄先生は即座に否定する。
「勇者には代わりがいる。強い奴、賢い奴、運が良い奴でもいい」
先生は倒れた魔王に丸をつけた。
「だが、悪役がいなければ勇者は生まれない。敵がいるから英雄は英雄になる」
夕玄先生の目が鋭くなる。
「お前らは勘違いするな。悪役とは、敗北するための存在ではない」
知らないうちに未知の授業に引き込まれている。先生の次の言葉を全員が待っていた。
「悪役には悪役の勝利条件がある」
「勝利条件?」
「そうだ、紫泉」
名前を覚えられていたらしい。
「勇者の勝利条件は世界を、人々を救うこと。じゃあ悪役はなんだと思う。星喰」
「世界を壊す」
「近いが違う。悪役の勝利条件は……世界を変えることだ」
その瞬間、何人かが目を見開いた。
『歴史上の革命家』『反乱軍』『独裁者』『侵略者』『英雄と呼ばれなかった者達』黒板に次々と文字が並ぶ。
「彼らは世間から見て善人だったか?」
「違う」
「だが世界は変わった。彼らは世界を壊すんじゃなく、自分を主張するため世界を変えようとした。つまり、悪役とは変革者だ」
教室が完全に静まり返った。夕玄先生が言いたいことが少し分かった。ここは悪役という悪い人間になる学校じゃない。
「どんな悪役になりたいかは、これから探していけばいい。だが、一つだけ覚えておけ。悪役には、理由が必要だ。お前たちを悪役足らしめるそれ相応の信念が」
カツン、とチョークが黒板を叩く。
「金かもしれない。復讐かもしれない。誰かを守りたいのかもしれない。飢えたくないだけかもしれない」
その言葉に、思わず胸が少し痛んだ。俺がここに居る理由、それはただ生きたいという一心。死にたくない、それだけで生きてきた。
「理由のない悪役は弱い。何故か分かるか?」
「途中で迷うから?」
「鳴神、正解だ」
「勇者は正義を掲げれば戦える。世界は正義の味方だからな。だが、悪役は違う。世界中から否定されても、自分を貫かなければならない。だから悪役は、勇者よりも自分を理解していなければならない」
自分を理解する……そんなこと考えたこともなかった。今日を生きるので精一杯だったから。
「では、質問を変える」
先生が腕を組む。
「お前たちは何のために生きている」
そんなもの……分からない。見かねた夕玄先生は教壇から降りた。
「なら今から考えろ。三分やる」
「短っ!?」
ジークが叫んだ。
「人生よりは長い」
「何その名言っぽい暴論!?」
「哲学だ」
哲学なのか……? 時計を見てカウントを進めた夕玄先生に本気だったんだ……と思いながらも、これまで生きてきた意味を考える。
何のために生きている。何のために……何のためだろうか。家族はいない。夢もない。将来なんて想像したことはない。昨日まで明日すらなくて、俺は……
「……飯」
「えっ、どうした急に」
隣のジークが勢いよく振り向く。声が漏れていたらしい。いや、恥ずかしい……。
「いいじゃん、アルト美味そうに飯食うし!」
お前、光属性すぎるって……。
「紫泉」
「は、はい」
先生に名前を呼ばれて思わず立ち上がってしまった。やばい、怒られるかもしれない。いや、ふざけてるわけじゃないんだけどさ……!
「それでいい」
「……え?」
「生きる理由に大小はない。世界平和でも、家族でも、食事でもいい。大事なのは……本物であることだ。誰かの真似をするな。格好つけるな。自分の欲望を恥じるな」
先生はバインダーを閉じながら、教室全員へ視線を向けた。
「お前たちは悪役候補生だ」
その声は静かだった。だけど誰よりも力強かった。
「世界を変えたいなら、まず自分を知れ」
ちょうど終業のチャイムが鳴った。
「これで一限目の授業を終わる」
「え、これで終わり!?」
「終わりだ」
「早くね〜? 夕玄せんせ」
「アザゼルで構わない、夜城」
「だから、オレよりフレンドリーなのやめて……」
「悪役学概論ってもっとこう……悪そうなこと教えるんじゃねぇの!?」
おい勇者擬き、机を揺らすな。俺のノートが凄い勢いで落ちたんだが?
「落ち着け、あと俺のノート拾え」
「悪役といえば、毒作ったりは!」
無視すんな。ちょっとうるさいからコイツ蹴り飛ばしとくわ。
「……いつかやるんじゃないか。次の授業も座学だ。このまま静かに待機してろ」
「次の授業はなんですか?」
「関係構築学。じゃあな」
はっや!! 俺たちのこと嫌いなの、ってくらい扉閉めるの早かったんだけど。




