死なないように負けなさい②
寮まで向かう間、俺たち一〇三号室の五人は全くの無言が続いている。いや、君たちはこの沈黙が気まずいとは感じないタイプですか……?
しかも、分かれたのはいいけど、お前ら全員誰状態なんですけど。自己紹介とかしてないから、名前知らないし。
「あの、俺……紫泉アルトです。よろしくお願いします」
そう唐突に挨拶をぶち込めば、全員が足を止めた。目を丸くして、固まっている。最初に返してくれたのは、俺を呼んでくれたオレンジ髪の人。
「あぁ、そういや自己紹介とかしてなかったな。俺は獅堂ガレスだ」
一人が言い出せばみんな続けるのが人間の性である。
「オレは夜城ヴァイス。あ、お前オレの万年筆返して〜」
紫髪に黒色のメッシュが夜城。
「あ、忘れてた。はい、ありがと。俺は神下ジーク、よろしくな!」
金髪のまるで勇者のような容姿が神下。
「鳴神ゼロ」
銀髪に大人っぽい顔立ちが鳴神。
俺の部屋メンバーはこの四人。うん、何とかやっていけそう。なんて思っていた数分前を返してくれ。
「俺上じゃないと嫌なんだけど!!」
「お前らが上に行くと多分落ちて死ぬぞ。うるせぇし、黙って下にいろ」
「いや、ゼロちゃん言い過ぎじゃね? オレは下っていう単語が嫌いだからさ〜」
「お前らが上だと煩そうで嫌なんだ!」
……あ、状況ですか? 今は二段ベットが二つありまして、あと一つは布団なんですけど、誰が二段ベットの上に行くかで揉めてます。
「俺、下でいいけど……」
「は? 何言ってんの、お前は布団だから」
テメェ、勇者擬きクソ!! 下手に出ればその謙虚さすら捻じ伏せてきやがった。絶対許さん。
「はぁ……もう俺下でいいから、さっさと決めろ」
オレンジ髪は比較的常識人だと見た。
「俺はコイツと離れれるなら、仕方なく下でも」
大人銀髪は勇者擬きを指差してそう言った。結局醜い譲り合い精神で事なきを得た。
部屋割りが終わった頃には、空はすっかり夕焼け色に染まっていた。ガレスとトランプをしていたジークが時計を見て、ハッとしたように言う。
「夕飯の時間だ!」
「飯……」
ぐぅぅぅぅぅ……と、その単語だけで腹が鳴った。みんな、恥ずかしいから何か言って!!
「アルトちゃん、綺麗に鳴ったね〜」
「めっちゃお腹空いてるじゃん! 笑えるんだけど!」
「神下、お前デリカシーとかないのか。紫泉、気にしなくていいからな」
うわぁぁん、獅堂の気遣いに泣いてしまうよ……。
「腹が減っては戦はできぬって感じ?」
「悪いかよ!」
「うるせぇ」
夜城に対抗した俺の横からスッとゼロが即答した。
「お前、相当腹減ってたんだな」
ガレスが苦笑しながらそう言ったのを見て、ふと本音が溢れてしまった。
「そりゃ……何日もまともに食べてなかったし」
「は?」
「え?」
「マジ?」
なぜか全員が食いついた。あ、雰囲気を壊してしまいそう……そう思ってすぐに言葉を取り繕った。
「いや、でも、水分があれば人間って結構生きられるしさ! 毒以外は食べ物だから、好き嫌いすんなって話なんだけど……!」
「普通じゃねぇよ、それ」
いつもヘラヘラしている夜城が真顔になる。
「お前どんな生活してたわけ?」
「どんなって……雨水溜めて、草むらで寝て、その辺で拾った物食べて」
そこまで言って神下に凄い勢いで頭を叩かれた。
「重い重い重い重い……重いわ!!」
「痛ぇよ!」
「何でそんな奴がそんな普通の顔してんだよ! 俺、思わず泣きそうになったわ!!」
「勇者擬き、お前人の心あったんだな」
「ぶち殺すぞ!」
そしてまた、一瞬の沈黙が生まれる。気まずい……なんか、ごめん。
「とりあえずさ、ご飯食べに行かね?」
見かねた夜城がそう言って立ち上がった。あ、別に手を差し出してくれなくても……あ、すみません、借ります。目が怖いんですよ、この人。
「紫泉」
部屋を出る前に獅堂に呼び止められた。眉間に皺を寄せているんだが、俺何かしただろうか……。
「えっと、何だ……?」
「……俺は、お前をと、友達だと思ってる。から、何かあれば頼れよ」
そう肩を叩いてくれた。思わず泣きそうになった。最近、涙腺が緩いな……本当に。
◇
食堂は予想以上に広かった。五十人以上は余裕で入れそうな空間。そして、卓上には待望の食事が……!
「うまそう……」
思わず声が漏れた。肉、魚、スープ、サラダ、パン、ご飯、見たこともないデザート。どれも記憶の中には無くて、夢でしか見たことがないものばかり。
「紫泉」
「はい」
「落ち着け」
「……はい」
パンを鷲掴む準備をしていたら、獅堂に肩を掴まれた。
「獲物を見つけた狼じゃん、おもろ〜」
「俺には焼き肉に向かう肉食獣に見えるけどな」
夜城と鳴神が俺を見てバカにしている気がする……。
「ヴァイスもゼロもやめてあげろよ! 凄いはしゃいでんのは、面白いけどさ! アルト、大丈夫だって。誰も取らないぞ!」
おいコラ、やっぱバカにしてたなお前ら。それに、お前が一番ウザいんだよ、勇者擬き。
「まぁ……俺もこんな豪華な食事は初めて」
「俺もラッキーな日はパン食えるくらいだな」
よく見れば、全員服はボロボロでどこかに傷があったり、頬が痩せこけていたり……きっと、俺と同じでちゃんとした食事は取れていないんだろう。
「お前の分、取ってきた。存分に食べろ、紫泉」
自分の分があるなんて言葉が生きているうちに聞けるとは思ってなかった。獅堂が放ったその言葉だけで少し嬉しくなった。
これまでの人生では、取られることしかなかったから。
「……いただきます」
手を合わせる。そして、手でスープを掬う……
「何してんだ、お前ぇ!?」
「……え、何が」
「箸、使ったことねぇの?」
「ない。夜城使ったことあるのか?」
「はぁ……しゃーねぇな、見て覚えろよ〜?」
複雑な動きだ……。一度ゴミ箱から見つけて試してみたが、思うようにできなかった。
「こう、か?」
「ん……出来てんじゃん。そんで、口まで運べ。落とすんじゃねぇぞ〜」
口に運んだ食事は言葉にならないくらい美味しくて。温かいスープが身体に染み渡る。
「こんなの……初めてだ」
俺の稚拙な様子に誰も笑わなかった。
「まぁ」
獅堂が肉を口に放り込む。
「これからは毎日食える。衣食住保証されてるしな」
自然と口角が上がった。




