死なないように負けなさい①
雨が降っていた。雨は、好きだ。水分が手に入るから。それだけで少しは生きられる。もう、何日食事をしていないだろうか。拾い物を食べてはお腹を壊して、一日が過ぎる。
「……勇者は、俺みたいな奴は助けてくれないんだろうな」
この世界ではかつて、勇者が魔物から市民を守っていたそう。でも、魔物も怪物もいなくなったこの平和な世界では、勇者は少なくなっている。そりゃそうだ、戦う相手がいないんだから。
国が万が一のため雇っている勇者も限られている。いつしか、勇者とは公務員と変わらない存在になっていた。
「俺には、全く関係のない話だな……」
見上げた暗い空は、今が何時かなんて分かりやしない。痛んできたお腹を抑えて、痛みを忘れるように蹲った。
「……何ですか、この丁度いい人間は」
痛い時に話しかけられても丁寧な返しなんて出来ないが、いいか。
「死んでいますかー?」
失礼な、気持ち悪さが込み上げてきて返答できないだけだ。
「まぁ、死にかけが一番丁度いいですしね。はい……車の手配をお願いします」
冷や汗が止まらず、視界が薄れる。その中で見えた姿は、まるで美しい悪役のようだった。
「はっ……!?」
「あら、起きた?」
壊したお腹はすでに快復していて、目の前には知らない女性が座っていた。勇者……ではなさそう。
「死にかけてたのに、凄い回復力よね。この薬ぶっかけたらなんということでしょう……あっという間に身体の傷がなくなりました〜!」
そう言って見せてきたのは、禍々しい赤黒く染まった謎の液体。
「え、何ですかそれ……」
「聞きたい?」
こういう場合は、大体聞かない方がいい……。
「いや、やっぱり大丈夫……」
「これはね――」
……聞かなきゃよかった。
「じゃあ身体も動くことだし、これから教室に案内するわね。担任が少し近付きにくいかもだけど気さくに話しかけてあげてね〜? えっと、貴方のお名前は……」
「紫泉アルトです」
「アルト君! 私は保健師の天杜ルシエルよ。さぁ、今日から始まる君の青春に行くわよ!」
この人のテンションの高さは通常なのだろうか。それでも助けてくれたことには感謝……いや、俺って今どこに居るんだ。
「あ、あの……!」
「どうかした?」
「ここ、どこですか……」
……あれ、変なこと聞いた? 沈黙が気まずくて逃げ出したいんですけど。と思って恐る恐る顔を上げれば、変な顔してた。
「うぅ……ぐぅぅ、しーっ……」
え、どういう感情? 何かと葛藤した後、笑顔で俺を突き放した。
「私は保健師だから、何も知らないわ。まぁ……担任が色々と教えてくれるわよ! さぁ、多分今日から始まる君の青春へ!」
多分が増えてます、先生。
「ここが一年教室よ。みんな今日から入学だから存分に青春を謳歌しなさい、アラト君!」
「アルトです」
「私、名前覚えるの苦手なの」
「そうですか。じゃあ、ありがとうございました」
「何か冷たいわね……まぁいいわ。また怪我したら私のところへ遊びに来なさい!」
ウインクして数歩に一回手を振ってくるが、うん……しつこいな。適当にお辞儀しておいて扉を開けようとした。
「……あ、どうぞ」
「え、あ……どうも」
急に開けないでくれ。滅多に人とコミュニケーションを取らないから、戸惑ってしまったじゃないか……。
「席はどこでもいいらしいです」
「ありがとうございます」
君だれ? 俺にそう言ってからまた扉の前に立っている。あ、あれ事前にスタンバイしてるんだ……。
教室にはおそらく俺と同じ境遇の奴らが十人ほど。見れば分かるほどに痩せた奴、傷だらけの奴、目が死んでいる奴。みんな似たような顔をしていた。
「……あ、どうぞ」
「ハク君、何しているの? いいから早く席に着きなさい」
まだやってたのかよ。ソイツの頭をバインダーで叩いたその人物は、俺が意識を失う前に見た男の人で。すぐにでも色々なことを聞きたかったが、目立つのが怖いので一旦黙っておく。
「入学おめでとう」
「てか、入学ってなに〜? シュトラウスせんせ?」
紫髪に黒のメッシュが入った彼は軽薄な笑みを浮かべて教壇を見た。
「アザゼルで構わない、ヴァイス君」
「オレよりフレンドリーで返すのやめてくんね?」
跳ね返されたヴァイスと呼ばれた彼は机に伏せた。
「全員に説明しないといけないね、この学校のことを」
綺麗な銀髪と黄色に光る瞳が俺たちを射抜いた。全員が背筋を伸ばした瞬間、プロジェクターの準備を始める。
「……何だこれは。電源が付かない」
ポンコツなの、先生。その容姿でポンコツはギャップ狙ってますじゃんか。
「先生、電源これです」
「あぁ……ありがとう、アルト君。この資料を……」
「それは、こうやって開けばいけるかと……」
「あぁ……ありがとう、アルト君」
ここの教師が不安になってくるんだけど、本当。やっと準備が出来たのか、満足気に仕切り直した。
「まず、この学校は国家公認でありながらも世間からは隠されている。悪役育成のために作られた機関――国立終焉学園」
「悪役育成……?」
「勇者が居るんだ。悪役がいて当然だろう? ここでは将来悪役として活躍してもらうために、悪役としての学習をしてもらう」
……全く意味が分からない。勇者であれば分かる。でも、それを悪役も同じように育てる理由が見当たらない。
「まぁ……政府も君たちを殺すために育てたいんじゃない。死なないように、悪役を徹底する。これを、教えるために私たちは居る」
そして、俺たち全員を見渡してアザゼル先生は少しだけ口角を上げた。
――死なないように負けなさい
「これが我が校のスローガン。君たちを死なせるつもりはさらさら無い。存分に、悩んで……成長してほしい」
その優しい言葉は、人の温もりを知らない俺にとって涙が出るほど嬉しいものだった。
「……全員、泣きそうな顔しないで。私までもらい泣きしそう」
「感動返せや」
何で誰よりもアザゼル先生が泣いてんだよ……。
「ごめんごめん。この学校は普通の学校とは違ってね、そんなに生徒が居るわけじゃ無いんだ。だから、入学式はカットでいくよ」
「別に入学式とか怠いだけだしな」
「それより、寮があると聞いたんですけど!」
「衣食住は保証されるってことですか!?」
「わー、すごい。私の話を一旦聞いてくれるかな?」
手叩きすぎてもうそれ拍手になってますよ、先生。
でも、確かに住むところがあるならそれは嬉しい限りだ。これまで、最低限の生活すら出来なかったから……。痛んでいる髪の毛も、ボロボロの服も、ゴミを食事と言う日々も、本当は全部辛かった。
「……君たちの言う通り、今日から寮で過ごしてもらう。一部屋五人で住んでもらうけど、食事や洗濯は共同スペースがあるからそこでお願いしたい。お風呂は男女で分かれているから、間違えないようにね」
「部屋割りは決まってるんですか?」
「それがね……まだなんだよ。せっかくだから、君たち自身で決めたらどう?と思ってさ。親交も深まるし、私はこれから少し用事があって……」
さっきから時計をチラチラ見ているアザゼル先生は困ったようにそう言った。
衣食住が完備されているのであれば、悪役だろうと何だろうとやってやる。このままだと、俺はきっと野垂れ死ぬだけ。なら、悪役でも生きてやる。
「あ、でも女性はもう五人だから親交を深めておいて。部屋割り決まったら今日はもう寮で休んでいいからさ。ごめんけど、後は君たちで頼んだよ」
「……あ、どうぞ」
「ハク君、君はドアの番人か何か? いいから君もあっちに合流しなさい」
あそこまで行くと怖ぇよ。手を振って出て行ったアザゼル先生が居なくなった。すると、お通夜のような静けさが始まる。
「……あの、とりあえず部屋分けしませんか」
この雰囲気でちゃんと声を出した俺偉いよ。褒めてくれ。
「……」
「……」
あれぇ……くっそ気まずいんだが。
「……あみだくじでいく?」
「僕ティッシュ持ってますよ」
「万年筆なら貸してやるよ」
何であみだくじ? というか、ティッシュにかけると思うの? 何と言うか……全員個性強いな。あと、ビジュアルが凄い悪役なんだが。
「オイ、お前もこっち来い」
「あ、はい……」
オレンジ髪の威圧感が凄い人に呼ばれてしまった。俺としたことが、ぼーっとしてしまっていた。失敬。
「で、これでいいな」
「ちゃんと分かれられて良かったね〜」
「じゃあ部屋に移動するか!」
その言葉を皮切りに、俺たちは三分裂した。




