悪役と勇者
対勇者演習を終えた翌日から、俺たちは怒涛の授業と体に優しい休みを繰り返しながら過ごしていた。そして、気が付けば前日。
「はぁ〜、何かあっという間の二週間だったな」
「ちょっと疲れた……ユウト、おんぶして」
「あ、ハクずるい。ユウト、俺も部屋まで運んでくれ」
「お前は嫌だ」
あれ、もしかしてアルトくん嫌われてる?
「お前、間違っても明日勝つなよ」
「何の警告?」
「お前負けず嫌いだから、ムキになって勝ちそう」
「失礼な!!」
負けなさいって言われているんだから、負ける予定ですよ! いや、でもよく考えたら俺たちが負けに行くよりも、本気で行って勇者がもっと強かったの方が良くないか?
「アルト、ヴァイスにこれ渡して欲しいんだ」
ユウトの背中から手が伸びてきた。
「これ、アメ?」
「うん。俺のこと運んでくれたお礼。ありがとうって」
ハク、お前はゼロと違ってちゃんとお礼ができるんだな……。アルトさん、感動しちゃった。
「渡しておく」
「じゃあ、また明日ね」
「……遅刻するなよ」
「お前がな?」
知ってるぞ、お前がいつもギリギリで教室に到着してること。
部屋に戻れば珍しく全員居た。
「ヴァイス、これハクから」
「何これ〜。あ、アメちゃんじゃん。ハクちゃんも律儀だねぇ」
「ハクは律儀だよな」
「おい、お前今こっち見ただろ。目ん玉くり抜くぞ」
「君は何でそんな物騒なの?」
ゼロの当たりが強くて怖いわ……。
「それはそうと……アルト、明日絶対に勝っちゃだめだからな?」
「ガレスもユウトと同じこと言うじゃん」
「は?」
嘘みたいな本当の話なんだけどね、これユウトの前にリリカさんにも言われてたんだよ。俺の印象どうなってるんだろ……。
「アルトはしれっと勝ちそうだもんな!」
「お前も同類だろ」
「俺はちゃんと格好良く負ける!」
勇者擬きにそんな高等技術ができるのか、みなさん見ものですね。
「まぁ、やるなら勝ちたいって気持ちは分かるけどな」
「俺たちが負けに行って証明される強さって、何なんだろうな」
ガレスのフォローについ、俺は心の声が漏れてしまった。
「アルトちゃん、何考えてるの?」
「勇者を本当に強くしたいなら、俺たちが勝つことも必要だろ。なんで悪役だけ、負ける前提なんだよ」
俺の言葉に黙り込んだ。これは多分、みんなどこかで感じていた不信感。
強くなりたいくせに負けたくないなんて、濁った思想は勇者も悪役も持つべきじゃない。悪役と勇者は似ている。悪役が弱いなら、勇者は強くなんてならない。
「……別に死なねぇ程度なら痛ぶってもいいんだろ。元々俺は勇者どもに負けるほど弱くねぇしな」
「ゼロちゃん言うね〜。まぁ、特待生だとか知らないけど……俺たちも醜態は晒したくないしね〜」
「勇者のために一肌脱いでやるか! 悪役は目立たないとって先生も言ってたしな!」
「確かに一理あるな。今ここで悪役の印象を強めておけば、後々効いてくるかもしれないし」
何か一気に士気が上がった。俺の意見を否定することなく、彼らは俺に笑いかけた。
悪役が仲間を守りたいなら、勇者は何のために勇者になるのだろう。
此処は、未来の勇者候補生が集う国立黎明学園。人目に付かないよう隔離されている終焉学園とは異なり、その外観は白と金で固められていた。百人中百人が声を揃えて自慢する、日本最高峰の勇者育成機関。
その中庭で一人、剣を振ることなくベンチへ腰掛けている少年がいた。薄いクリーム色の髪の毛と澄んだ金色の瞳からは高貴な雰囲気が漂っている。そう、彼こそが今年の特待生——柊木アリアだった。
そんなアリアの目の前に立ったのは銀髪と青い瞳を持つ、彼の親友——叶先ルクス。
「何見てんの、アリア」
向かいに座ったルクスは、昼ごはんも抜いて没頭するアリアに呆れたようにそう言った。それでも、アリアは顔を上げずに答える。
「交流戦の資料だ」
「真面目すぎない?」
アリアの見つめる一枚の資料には終焉学園の情報が大きく書かれていた。何度見ても慣れないその文字に、アリアは眉をひそめる。
黎明学園は、世界を守る勇者を育てる。それは理解できる。だが、終焉学園の悪役を育てる。それは本当に必要なのだろうか。
「なぁ」
「ん?」
「お前、終焉学園についてどう思う」
ルクスは即答した。
「変な学校」
「それ以外は」
「まぁ、必要?とは思うよ。悪役なんて俺たちの踏み台になるのに何を一生懸命になれるのかな、とかさ。そもそも俺は、悪役育成とか意味分かんねぇし」
その言葉を肯定するようにアリアは何も言わなかった。交流戦が始まって以来、黎明学園では毎年同じ疑問が出る。なぜ国はあの学園を認めているのか、なぜ予算を出しているのか、なぜ存在しているのか。その答えは誰も知らない。
「先生たちは必要だって言うけどな」
ルクスは言い訳をするように言葉を繕った。必要、その言葉だけが引っ掛かる。勇者が魔王や災厄から人々を守る存在だとして、悪役はただ倒される側だ。言えば敗者。そんなものを育てる意味がどこにある。
「でも、アリアも大変だよな。五十年に一度の特待生、なんて期待されてさ。お陰で俺たちは特に注目も浴びてないし、ちょっと準備してたんだけどなぁ……」
期待、そんな言葉をかけられ続けて……それは呪いになった。いつからかなんて覚えてはいないけど、ずっと心には重圧があって、心臓はいつも潰れそうなくらい苦しい。
「俺は勇者」
自分に言い聞かせるようにそう呟いた。目を上げれば、視界に映るのは黎明学園のスローガン。
——負けを知らない世界へ
勇者に負けの文字はない。勇者は勝ち続けるからこそ、勇者である。
「ルクス、明日……アイツらに証明してやる。勇者は正しいってことを」
いつもより濁った目でそう伝えたアリアに少し驚きながらも、いつものように勇者らしい笑顔で彼は応えた。
「勿論。俺たちが正義ってこと、ちゃんと教えてあげないとね」
アリアは見た目も才能も人望も勇者だ。それでも、自分自身の考えは曲げることはできなかった。勇者としての在り方を、期待される存在として思想は揺らいではいけない。
自分は正しく在れているのか、強くなれているのか、誰かを救えるのか。そんな自分の考えなんてどうでもいい。人から見て自分が勇者だと思われるために、行動も発言も敷かれたレールを走っている。これだけで人は安心する。
昔はアリアも考えたことがあった。勇者とは希望であり正義であり人を導く存在。では、正義とは何か。人を導くことが全ての正解なのか。彼はまだ学生でありながら、自分で考えることは許されなかった。
「……アリア、お前最近ずっと難しい顔してるぞ」
その言葉に少しだけ視線を逸らした。ルクスはアリアの長年の悩みに気付かないフリをする。
「ルクス」
「ん?」
「勇者って何だと思う」
珍しくルクスは真剣に考えた。
「考えたんだけどさぁ……やっぱ、知らねぇ」
「おい」
「でもさ」
ルクスは立ち上がった。
「悩んでる暇があったら強くなればいいだろ。救いたい奴がいるなら救えばいい。守りたい奴がいるなら守ればいい」
——自分で選択できる、それが勇者じゃねぇの?
今のアリアの悩みを吹き飛ばすように微笑んだ。それが彼なりの気遣いだったのかもしれない。勇者も、縛られず自由に生きていいというメッセージ。
アリアは再び資料へ視線を落とす。終焉学園、悪役育成機関……今の自分には理解できない学校。だが、きっとその答えは、直接会えば分かる。
交流戦の日は、すぐそこまで迫っていた。




