第六十四討 討滅士(ワタシ)ガ護リ
ドッズゥゥゥンンッ!
「ぐぅっ!」
振り下ろされた巨大な左手が境内を叩き潰す。
全力疾走で直撃地点から逃れたヨーコだったが風圧によって弾き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。
「よっ、ほっ!」
数歩軽やかに宙を蹴り、上方からその手へとサラが攻撃を放つ。
ガイィンッ!
「お?」
振り下ろした剣が訃施火観音の手の甲に直撃。
するとボロリと崩れて、がらんどうの体内へと破片が落ちていった。先の暴力明王の様な堅固さを想像していたが、錆びてボロボロになった鉄の様に観音の体は脆いようだ。
「ふんぬっ!」
ズドンッ!
吹き飛ばされていたヨーコが駆け戻り、観音の親指の付け根に刀を振り下ろす。容易く入った刃は、そのまま地面まで一直線に切り抜けた。
「よっし、これならいける!図体だけで大した事ない!」
腹から上だけの体は、異界明奉寺を覆い尽くすほどに巨大。手だけでもヨーコ達の十数倍もある。胴体や顔など、見上げる山の様な物だ。
だがしかし、その実態が錆びて崩れかけのハリボテならば威圧感も無い。ただ単に大きいだけの幻魔でしか無いのだ。であるならば、今まで多くの幻魔を討滅してきたヨーコ達が恐れ怯む事など有り得ない。
二人は互いを一瞥して頷いた。
既に損傷している左手に対して攻撃を集中させる。
振り下ろされる拳を躱して突きを打ち込み、薙ぎ払う掌を回避して斬りつけた。何度も何度もそれを繰り返し、巨大な手を少しずつ少しずつ削り落とす。
バラバラガラガラと破片は飛び散り、指が落ち掌が崩れて動きがどんどん鈍くなっていく。それを好機と捉え、二人は一斉に刃を振るう。
「おおおっ!」
「やああっ!」
ズガァンッ!
渾身の一撃が金色の手の中心を砕いた。
遂に動きを止めたそれは微塵となって、大地に降り落ちる。
「よっしゃ、左手完了!」
「次は、右」
片手を落としたなら次はもう一方だ。
そう考えて剣を構えた、その時。
こおぉぉぉ…………
訃施火観音が鳴く。重い鈴だった声がまるで雅楽の笛の音のような、細い場所を空気が通り抜ける音に変わっている。
それは熔け落ちた口から発され、チリチリとした熱波が生じる。それは離れた位置にあるヨーコ達にも感じられ、次に何が来るか彼女達は即座に理解した。
「にげッ!」
ボバァッ!
ヨーコの声と重なって、管から液体が飛び出すような音が響く。
彼女達の頭上に不鎮の炎が降り注いだ。一ヶ所や二ヶ所だけではない、およそ百畳近い範囲を丸ごと焼き尽くすような火の雨である。
「ひぃぃっ!」
「あぶあぶっ!」
無数に降る雨粒を避けるように、ヨーコとサラは頭を手で守りながら逃げる逃げる。降る炎は粉から粒へ、粒から玉へ、玉から岩へと大きさを増していく。岩の大きさの炎を受けたなら、骨すら残さず燃焼してしまう。
バッシャァッ!
水を地面にぶちまけたように、炎が重量を持って地面を叩く。飛び散り跳ねた火の粉が周囲の樹木へとしがみ付き、あっという間に立木の松明を作り上げた。
その中にあってヨーコ達はと言うと。
「熱っつ、熱い! ちょ、髪の毛少し燃えてるっ!」
「わっ、わっ、スカート燃えるっ」
ヨーコは頭の空中線、サラはスカートの端に火を受けて大焦り。どうにかしようと奇械の手で掴んで、水を拭い去るように払う。幸いにして火の粉程度の着火であったため、なんとか鎮火する事が出来た。
「ちょっと毛先が……」
「チリってる。ていっ」
スパッ
「あっ」
ヨーコの空中線の先端が燃えてチリチリとなっている。それに気付いたサラは、何の断りもなく剣を振ってそれを切り捨てた。
「危ないでしょ!」
「ヨーコの空中線、大事。綺麗に整えておかないと」
「だからっていきなりは怖いって!」
「命の危機のすぐ後に、よくもまあ漫才できるわね貴女たち」
一撃貰えば即死も有り得る危険が降り注ぎ、命からがら逃げおおせた。そのすぐ後にいつも通りのやり取りをする辺り、彼女達の豪胆さが分かるというもの。ユウコが呆れ顔で笑うのも当然である。
「で、どうにか出来る算段は付いたのかしら?」
「まーねぇ……出来るかは微妙な所だけど、多分いけるはずっ!」
「なになに、どんなこと?」
耳を寄せるサラに、ヨーコは作戦を伝授する。
圧倒的体躯の相手を前にして、彼女達は何かを企んでニヤリと笑った。
「よぉぉしっ! いざ、勝負!!!」
パンッと両頬を叩いて、ヨーコは気合を入れる。
「頑張ろう!」
ペチンとサラは、ヨーコの頬を叩いて気合を入れた。まさかの攻撃に、ヨーコは目をぱちくりさせて彼女を見る。
「なんで私を叩くの!?」
「なんとなく」
「理不尽っ!」
「状況分かってるのかしら、この子たちは……」
入った気合がどこかに飛んでいき、それと同時に必要以上に入っていた肩の力が抜ける。なんとも可笑しくなり、ヨーコもサラも笑った。
「じゃ、行こっか」
「りょーかい」
「死ぬんじゃないわよ、頑張りなさい」
意図して軽く言葉を交わし、ユウコの激励に背を押されてヨーコとサラは駆け出す。散開して翻弄せず二人揃って一直線に、観音の正面から突っ込んでいく。
ゴオオッ!
バァァンッ!
振り上げられた右手が、蚊でも叩くように大地を叩く。参道が粉砕され、敷き詰められていた白の玉石が宙に散った。
だがしかしヨーコ達は掌が落ちるよりも早くにすり抜け、ひたすらに前進を続けている。目指すは本堂、そしてそれに覆いかぶさるように見下ろす訃施火観音の胴と顔だ。
手を砕いても痛手とはならない。ならば顔や胴を討つしかない。
それを成すために二人は走るのだ。
こおおぉぉぉォォォォ……ッ
しかし己が討たれる事をただ見ている者などいない、観音もまたそうである。
手をすり抜けられたのであれば、出来る事は一つ。それを行うために先程よりも大きく深く、強く笛の音を響かせる。
下顎が熔け落ちた口の中に、ボッと炎が顔を見せた。
ボッ
ボボッ
ボボボッ!
鋳型に流し込まれた熔けた鉄から生じる様に、炎が口から断続的に噴き出す。空気を焦がし、本堂の屋根を焼き、それどころか自身の上顎すらも焼いて。
炎を司る破戒仏は殲滅の一撃を放つ。
ボパンッ!!!!
質量ある炎は圧縮されて、太陽の様に強烈に燃える火球となる。広範囲を焼いた火の雨とはまるで異なる、たった一発の炎の砲弾だ。
火の玉などという言葉では形容できない、揺らぎの一つも外に漏れない完全なる炎の珠。その中で轟々と渦巻き、燦々と煌めき、更に火は力を増していく。
直撃すれば塵一つすら残らず蒸発するであろう弾丸。しかしヨーコとサラは回避行動をとらずに、突撃を続ける。
火焔宝珠の光が二人を強く照らし、地に落ちる影をより濃くする。その黒は次第に長くなっていき、そして両者は衝突した。
「おりゃあぁぁぁぁっ!!!」
「てえぇぇぇぇぇいっ!!!」
ヨーコの刀とサラの細剣が、宝珠の光すらも凌ぐほどに光り輝く。異界に満ちる、奇心に生じるヱレキテルの光だ。二つの刃が描く軌跡は交差し、その交わりが炎の弾丸を受け止める。
「「ううぅぅぅあああぁぁぁっ!!!」」
咆哮。
二人が放ったその雄叫びと共に、刃が宝珠を押し返す。
そして。
バガァンッ!
火焔宝珠が再び射出される。
ヨーコらの影が段々と短くなっていき、その色もまた薄らいでいく。小さな太陽は二人から遠のき、訃施火観音の崩れた金色の顔を強く照らす。
ズッドォォォンッ!
火焔が弾ける。
炎が渦巻く。
熱波が天へと昇り。
灼熱が観音の体を焼き熔かす。
固体でいられなくなった破戒仏の体は、ドロドロと蕩けて大地へと流れ落ちていく。ヨーコ達の背後にあった観音の右手は動きを止め、糸の切れた人形のように動きを止めた。
「よっし、大勝利!」
「ばんざーいっ!」
「凄いじゃない、お見事」
ヨーコとサラはパチンと一つ、手を叩き合う。ユウコの称賛の言葉を受けて、二人は笑った。
これにて、商店街も帝都も守られたのであった。
そう、思われた。




