26頁目 タルタ荒野と魔剣ノトス:後編
前回のあらすじ。
鎌足虫を追って地雷原へ……
後編になります。次回しょこまんまた明後日の投稿です。
今回は真ん中で切ると変な感じになり、かといってそのまま一話分とするとすごく長くなってしまうので、短めに切りました。
しかし地の文が多いので、短いと感じないかもしれません。
分割後の加筆修正がなければ今回は全文地の文となるところでした。まぁ隠密行動中なので喋ったら駄目なのですが、誰にも聞こえないなら良いよねってことで台詞入れました。これで多少は読みやすくなるかと思います。
評価、ブクマありがとうございます。
空から迫る小飛竜を閃光弾で撃墜し、その爆音で巣穴から飛び出た複数の鎌足虫へ正面から向き合う。
右手の中の新しい相棒はすぐにでも戦いたいと言うように、荒々しく風を吹かせていた。
「落ち着いてノトス。まだ慌てちゃ駄目だよ」
ペットをあやすように優しく声を掛けつつも剣を構える。対するはこちらに敵意、殺気を向ける鎌足虫。
「三体ね」
ケリュース。通称、鎌足虫と呼ばれるカマキリに似た姿形の鎧虫種中型怪物。色は地域や環境に合わせて変化し、タルタ荒野で見られる個体は茶色が多い。前の二本足の先端が巨大な鎌になっており、何でも切り裂くことが出来ると言われている。
カマキリに似た形ではあるが、空を飛ぶという話は聞いたことがない。
基本巣から出ずに引きこもって餌を待って狩りをするから退化しているのかもしれないし、元々飛べない種なのかもしれない。詳しいことは分からないけど、狩ってみれば分かるだろうか。
剣を抜いた影響だろうか。どうにも思考が好戦的になっている気がする。新しい剣を手にして気分が高揚しているのか、魔剣に精神を乗っ取られようとしているのか、自分では判断出来ない。
「まぁ終わってから考えようかな」
その為にはまず、目の前の障害を排除しなければならない。
「鉄火竜の防具でさえも貫いた翡翠鳥の羽。そこから生み出された魔剣ノトス。鎌足虫じゃ、相手としては不足かもしれないけど我慢してね」
言い聞かせたと同時に、周りに無詠唱で雷を撒き散らしながら身体強化を行い、地面を蹴って一気に一番近い場所にいた一体へ接近する。
「ふっ!」
呼吸を合わせて、素早く横に切り裂いた。踏み込みが浅かった為、両断するまでには至らなかったが、身体が大きく裂け、体液が周囲へ散らばった後に地面へと倒れ込む。
切った後の剣身を見てみるも刃こぼれや傷などはなく、変わらず翡翠色に輝いている。
「剣の周りに薄い風の膜がある。それで保護しているのかな」
残りの敵は二体。
本来の身体強化の魔法と違い、神経や筋肉を雷魔法で無理矢理活性化している為、肉体的消耗が激しく、身体が軋むように痛い。
おそらく所々の筋を傷付けたのだろう。長期戦になるのなら継続回復を用いても良いが、あれはあれで魔力消費が激しい。それに、隠れている鎌足虫相手ならともかく、姿を見せているのであれば時間は掛からないので戦闘が終わってから回復することにする。
「せ、せっかくだから試したいことがあるんだけど、良いかな?」
痛む身体を押さえ付けながらノトスに問いかけると、風の流れが変わった。拒絶ではない感じだったので、了承ということだろうか。というか本当に意識がある剣なのか。
「その内、喋り出したりしないよね?」
喋る武器とかロマンではあるが、私生活を公衆の面前で一切合切暴露されるようなことにはなって欲しくないと思う。
「それじゃあ行くよ」
私は雷魔法を発動させてノトスに付与する。すると雷と風が混じり合って、剣の周りを激しく回転している。時折、雷と風がぶつかって閃光や雷鳴が発生している。
雷に暴風といったら嵐だよね。雨がないけど気にしない。
「やってみたら成功したって、あんまり好きじゃないんだけどな……まぁ、まだまだ改善すべき点はあるだろうし、また検討しようかな」
魔法関連で訓練なしでいきなり成功した試しがないので、今回ぶっつけ本番での成功は、私が上手くやっているというより、ノトスが私に合わせてくれているのだと思う。
一方、残り二体となった鎌足虫はというと、一瞬で同胞が葬り去られたことによってか、こちらを警戒しているようだ。
普通の虫ならば、本能のままに躊躇なく襲いに来ると思うのだが、怪物であることで、多少考える頭はあるようだ。しかし逃げるということをしない辺り、やはり虫なんだなと思ってしまう。
「あーやだやだ。気が大きくなってる。今ものすごく調子に乗っちゃってる。もーノトスのせいだからね」
その言葉に拗ねたのか、まとう風が若干弱くなる。
「あーごめんね。とりあえず今は戦いの最中だから、集中しようか」
そう言って再び構え、一気に二体の内の左側にいる虫との距離を詰め、そのまますれ違いざまに風の力で身体をコマのように横回転させて切り裂く。回転の勢いは強く、思わず目が回ってしまった。足がふらつくし気持ち悪い。幸い吐き気はない。
二体目はどうなったかと振り返ると、斬られた鎌足虫の胴体、足にはいくつもの切り込みが入っており、ゆっくりと倒れると同時にバラバラになった。
「何回転したのよ」
回転居合い切りとでも言えば良いのだろうか。対象とすれ違う時に回転し、複数回斬るという動作。意図して行った訳ではないが、これは強力な武器になると思う。ただ現状としては、強い回転に身体が付いていくことが出来ずに視界が周り、足取りも不安定となる弱点があった。
「これは慣れるのに訓練が必要ね」
呟きつつも最後の一体へと向き直り、今度は刺突にて仕留めた。
その瞬間、ノトスの周りを回転していた雷が一気に放出され、激しい雷鳴と共にケリュースの胴体を貫通した。
「あなた、本当にとんでもない剣ね」
刺突の後に襲い来る吐き気とふらつく足と戦いながら、呆れとも賞賛とも取れる発言を送る。それに対しノトスは私の周りを優しい風で包み込んだ。
「うん、ありがとう。これからもよろしくね」
それに同意したかのように、風はゆっくりと渦を巻いた。
私はノトスを鞘に納め、回復魔法によって傷付いた身体を癒やしていく。相手の攻撃には当たっておらず無傷であるにも関わらず私の身体は傷んでいる。不思議だ。
ゲームで言う、行動する度に体力ゲージが減っていく感覚だろうか。回復魔法で治せるから良いが、回復手段がない人は出来ないピーキー過ぎる技術である。
痛みが引き、ふらつきなども治まったので、先を進むカトラさん達に追い付くべく歩き出した。戦闘時間はそれ程経ってはいないはずだが、いかんせんノトスとの対話と戦闘後の治癒の時間が多かった。ずっと沈黙の中での行軍だったことも、言葉が多くなった要因だろうと予想するが、まずは合流が先決だ。
「本当は静かに迅速に行動しなきゃいけないんだけど、ど派手にやっちゃったね」
今回は小飛竜が空気を読まずに飛んできたのが悪い。よって蔓鞭植に食べられてしまったのは仕方のないことと責任転嫁する。
あのままリヨバーンの接近を許していたら、ニャギーヤさんとエスピルネさんの銅ランク冒険者を巻き込んだ戦いになり、犠牲はなくとも怪我くらいは負ったであろうと思えば、今回単独での囮作戦は成功だったのではないかと自己評価する。
「さぁて、こっちかな?」
歩きながらも周囲の音を探る。足音は聞こえないが、姿が見えてこないので、隠密行動を継続しているのだろう。つまり、まだ目的の鎌足虫は発見出来ていないか、発見したが移動しているので尾行中ということか。その割に歩行速度は落ちていないみたいなので、未発見だと思われる。
先程の戦闘を嗅ぎ付けて、また別の怪物が寄ってくることも考慮し、早めに現場から離脱する。
「だけど、今回の案件。巣から出て移動しているのは一体だけ。現に他の鎌足虫は私がおびき出すまで巣の中にいた。つまり、巣で何かあった可能性があるか。痕跡が残っていれば良いけど、この依頼が終わったらもう少し探ってみる必要があるかもね」
その時、鞘に収まっているにも関わらず、ノトスから風が送られる。
「まるで楽しみって感じね……あなたは剣だから戦いが好きなのかもしれないけど、私は戦うよりものんびり旅をするのが好きなの……あんまり説得力ないかもしれないけど」
先程の戦闘を思い返し、反論が弱くなっていく。
能力の制御もそうだが、精神面も強化する必要があるだろう。こちらはノトスと対話をしながら調整し、お互いに納得出来る着地点を見つける。私側に寄り過ぎても、きっとノトスの力を十全に引き出せないし、ノトス側に寄り過ぎても、今度は理性がぶっ飛ぶ事態になったら目も当てられない。
この喧嘩、外から見ると私がずっと独り言を言っているように見えるだろう。いや、独り言ならまだ良いかもしれない。多少変な人と見られる程度だ。
見えない誰かと話をしているとかホラーである。
一応アンデットは存在するが、かといってそれで変な目で見られない訳ではない。今は周りの目がないから良いが、人のいる所では痛い人扱いされること必至なので極力ノトスと話をするのは避けようと思う。
ノトスは話さないが、風の雰囲気で何となく意思みたいなものが分かる。これは、私が使い手としてノトスに認められているからだろうか。そもそも認められていない場合は、この剣を打ってくれたガローカさんでさえも手に持つだけで傷付けるので、対話以前の問題だったりする。
「そろそろ姿が見えてくるはずだけど」
本来なら、先行する三人のように隠密行動をしなければならないのだが、私一人なら気兼ねなく戦えるので、襲うならどうぞという感じである。合流するまでだ。合流したらちゃんと大人しくする。カトラさんはもちろんだけど、新米銅ランクの二人を危険に晒す訳にはいかないからね。
「あれ?」
遠くに複数の人影らしきものを発見した。
対象を発見した可能性がある。ここからは私も出来るだけ急ぎつつも隠密行動を行うことにする。足が止まっているならすぐに追い付くはずだ。
なだらかな丘を越えると、やはりカトラさん達三人が地面に伏せていた。
合流すべくこっそり近付くも、いきなり接触しては驚かれてしまうので、少し離れた所で獣人の二人には分かる程度の音量で地面を軽く足で擦った。
すぐに反応してこちらを警戒した目で見つめてくるカトラさんとニャギーヤさん。しかし私の姿を見つけると安堵したかのように表情を緩めた。
ハンドサインで状況を聞くと、対象を発見したと答えてくれた。私も姿勢を低くしたまま三人の右隣に伏せ、手持ちの単眼鏡を覗き込む。
確かに鎌足虫だ。足を止め、しきりに周囲を見つめている。虫の前にあるのは穴だ。おそらく巣穴の候補を探して彷徨っていたのかもしれない。しかし左前足がない。
ここに来るまでに足跡以外の痕跡は見つけられていない。ということは、私達が痕跡を発見し追跡する以前の通り道で、何らかの原因で失った。その何かはあくまで想像だが、あの個体も他の鎌足虫と同じようにジッと巣穴で身を潜めていた所、別の怪物と遭遇し戦闘。負傷して巣を奪われたか、何かで元の巣にはいられなくなって、新しい巣を探していた所ということか。
ずっと荒野を徘徊していたならば討伐対象であるが、巣穴候補を見つけた以上はそこに落ち着く可能性がある。その場合は無闇に狩る必要もない為、依頼は失敗になる。
一応弁解しておくと、先程の戦闘は不可抗力である。むしろ、あの死骸の一部を持って帰れば依頼達成ということにならないだろうか。同じ鎌足虫だしバレないと思うのだが……いや、嘘が発覚した時が恐ろしいのでやめておく。
「あー終わった終わった」
「メェー、結局引っ越ししただけでしたね」
「まぁ何もなくて良かったけどよ。つーか、あの時の光と音は何だよ? 後、帰り道にあったあのケリュースの死体はなんなんだ? 特にすごい斬られてるやつと腹に大穴が空いたやつが転がってたが」
「あれは、まぁ私の魔法ということにしておいて下さい」
あの後、日が傾くまで観察を続けたが、対象は巣穴候補である穴に入っては出てをしばらく繰り返した後に、穴に入って出入り口を周囲の土や砂で隠してしまったことで、新たな巣となったと認めた。これ以上の調査は、日が沈んで危険である為、少なくとも今日のところは中止となった。
現在は、ランテ村に向けて街道を四人揃って歩いているところだ。捜索とその後の街道までの行き来では会話はなく、ほとんどハンドサインかアイコンタクトで行っていたことで、ストレスが溜まっていたようで、街道に戻って安全を確認したらすぐにカトラさんが話し掛けてきたのだ。
まだ報告期限を考慮すれば、明日も活動出来るが、基本的に鎌足虫は餌となる動物や小型怪物が自身の巣の近くを通らない限りは姿を現さない。あの穴を巣として定めたであろう片鎌の個体があそこから再び移動をする可能性は低いと思われる。
「メェ怖かったです」
「うむ、戦闘も何もなくただ移動していただけだというのに、すごく疲れたのう」
「冒険者の依頼ってのは討伐ばっかりじゃねぇんだ。こういう地道な調査依頼だってある。別に食わず嫌いで偏った依頼ばかり受けるのも悪くないけどよ。そうなると査定に響いてランク昇格出来ねぇぞ」
「メ、わ、分かってます!」
「分かっておる。分かっておるんじゃがのう」
言葉遣いは乱暴だし、その性格も虎型獣人らしく豪快な感じがしたが、依頼中は至って堅実に、そして基本に忠実に行動しており、銅ランクの二人では理解出来ないような複雑なハンドサインにも的確な返答をしていた。流石に銀ランクなだけあると感心する。腕っ節だけでは上には行けないのだ。
帰路の途中、私は気になっていたことを告げる。
「明日ですけど、片鎌のケリュースの行方は分かりましたので、今度はどうして移動するに至ったのかの原因を探しに行きませんか?」
その発言に、カトラさんは腕を組んで考え込む。一方でニャギーヤさんとエスピルネさんは乗り気のようだ。
「そうじゃな。原因究明までが調査依頼じゃったしな」
「はい、そうですね。ニャギーも頑張ります」
「……」
彼女が何を考えているのか、何となく分かる。おそらく二人が心配なのだろう。私も無理に連れて行こうとは思わない。
片鎌となって彷徨っていたということは、戦闘があって元々あった巣にいられなくなった可能性があるということだ。つまり、その巣の跡へ向かうということは、その原因と対峙するかもしれない。そのことを考慮すると、即答出来ないのだろう。
「大丈夫ですよ、カトラさん。原因までは探れませんでしたが、この依頼は達成出来たと判断して良いと思います。ここからは、私の好奇心ですので、私一人でも問題ありません。その子達に危険が及ぶかもしれませんので、村で待っていて下さい」
聞く人によっては拒絶と取られるかもしれない。もう少し穏便な言葉選びをしたいものだが、何かを伝えなきゃと思うと、ついつい口にしてしまう。しかし、彼女は私の意図を正確に読み取ってくれたようだ。
「分かった。だけど、危険だからとこいつらと待っている訳にもいかない。おんれにとって、お前もその心配の対象だからな。かといってこいつらを置いていくことも考えてない。それに、おんれ達は冒険者だ。全員で行くぞ」
読み取った上で、力強く宣言してくれた。
「分かりました。ですが、私だけでフォロー出来るか分かりませんので、カトラさんもしっかりお願いしますね」
「言ってろ。それにこいつらだって弱くねぇ。自分の身は自分で守れる」
「そうじゃぞ。見くびってもらっては困る」
「メェー、ニャ、ニャギーだって、負けません。冒険者ですから」
「冒険者だからこそ危険を避けるべきなんですけどね。ですが仕方ないですね。明朝出発しますよ。原因究明までして、完璧な報告書をまとめましょう」
「おう!」
「うむ!」
「はい!」
ランテ村に到着した私達は、村長へ簡単な報告を済ませ、明日また調査に向かうことを告げて村の宿へと入った。
「もしかしたら、また頼るかもしれない」
共同部屋に四人で泊まり、三人とも既に就寝した深夜。寝台で横になって虚空を見つめていた私が呟いた言葉は誰にも届かないと思っていたが、ふと静かな風が頭を撫でた。
「ふふ、おやすみ」
安心した私は、目を閉じて朝に向けて仮眠を取るのであった。
片鎌の鎌足虫の足取りはつかめたが、そもそも何故この時期に巣を出て行動しているのか。前足が一本ないことに理由があると考えられるが、証拠がない。明日の調査で何か見つかれば良いのだが……
フレンシアの手記より抜粋