番外編 はじめての贈り物③
「じゃ、ここにあるものから選ぶしかないわね」
と、店主はそう言って、商品を探すべくカウンターから店内を見回す。
「舞踏会でつけるのよね?まず、ドレスの色は何色なのかしら」
誰にでもするありきたりな質問を何気なく聞いたところ、レイファスは顔をしかめた。そして、あからさまに嫌そうにボソッと言う。
「……空色だ」
マダム・ビジューは不思議に思うと、華やかにアイシャドウで彩られた目を丸くして、首をかしげた。
「なんだか、空色が嫌そうね」
「べつに」
そう言う口調はなかなかに嫌そうだ。
「了解。じゃ、レイは何色を着るの?一緒に踊る殿方に合わせるのも素敵よね」
「……俺は、出ない」
「は?」
一拍の間をおいて、レイファスが不満だと言わんばかりに、大きくため息をついた。
「俺は、仕事だ。彼女をエスコートするのは、アレクシス王太子だっ」
そう言って、レイファスは眉間に皺を寄せて、口をへの字に曲げてしまった。
ああ~、だから、ね……。
マダム・ビジューは眼の前の男が不貞腐れている理由が、ようやくわかった。
「なんというか、それはお気の毒様ね」
「べつに」
マダム・ビジューはくつくつと笑いながら、気の毒な男のために店内を見回した。
王太子に美味しい役目を取られてしまった、この可哀想な騎士に幸せになって貰えそうな宝石を与えてやりたい。
「それじゃあ、まず王太子と騎士団長のハートを虜にしているラッキーなお嬢さんのこと、教えていただけるかしら?」
レイファスの頬が、さっと朱色に染まる。
「虜って、そんなんじゃない。ほんと、マダム・ビジューは、すぐにそういう話にしたがるから」
「あらぁ、それは失礼~」
そう大袈裟に言ったあと、ま、なかなかこれでも当たるのだけれど、と小さなつぶやきを付け加えて、化粧の濃い大男はフフンと鼻を鳴らした。
「それで、どんなお嬢さんなのよ?」
「そうだな……」
レイファスは、朝からセバスチャンに舞踏会のダンスと立ち居振る舞いを猛特訓で叩き込まれて、きっとへとへとになっているだろうミツキのことを思い浮かべた。
今ごろは、今夜の舞踏会の準備をしている頃だろうか……。
彼女は、いわゆる巻き込まれ事故で、別世界からこの国へ来てしまった。この国の問題に巻き込まれてしまった彼女が、舞踏会に出なければならない理由などどこにもないのに、彼女は不平も言わず、精一杯務めを果たそうと、いつものように真面目に頑張っていることだろう。なんなら先生役であるセバスチャンに、感謝すらしているかもしれない。
初めてこの世界に来たときから、彼女はそうだった。
不安だっただろうに、不満を言うこともなく、周りの心配ばかりして、心細いくせに笑っていた。
本当は不安で泣きたかったくせに、俺の心配をしていた。あの夜、初めて彼女は、俺の前で感情を口にして、涙を零した。そして、城の庭で、ルーセルの胸で彼女は泣いていた。彼女は、それまで不安な気持ちを言えなかったんじゃない。俺達のことを考えて、言わなかったんだ。
彼女は純粋で、いつも他人の事を思って、自分のことは後回しにする、そんなお人好しだ。そのせいで、厄介事に巻き込まれてる。困ったやつ。
けれど……
それが彼女の信念で、弱さじゃない。芯が通っているんだ。それは、彼女の強さなんだ。
目を伏せたレイファスの唇から、ふっと柔らかい笑みがこぼれる。
マダム・ビジューは目を瞠った。レイファスに、こんな表情をさせるとは。
その女性は彼にとって、たった一人の存在になりうるかもしれない。
ランドルフ家の当主であり、騎士団長であろうといつも頑張りすぎる彼が、レイファス自身に戻れる場所。
そうなれば良いのに……マダム・ビジューは、そう願わずにはいられなかった。
目を上げたレイファスの碧い瞳が、光を受けて泉の中のようにきらりと揺らめく。
「彼女の瞳と髪色は、黒だ」
「黒?」
思わずマダム・ビジューは聞き返す。この国では珍しい色だ。どこか遠い異国の女性なのだろうか。
「静かで、やさしい夜の色をしてる。それに、彼女の名は美月といって、彼女の国の言葉で“美しい月”という意味だそうだ」
「へえ~。それは素敵ね。夜闇に浮かぶ美しい月ってとこかしら」
マダム・ビジューが艶っぽい声で言った。
「そう……だな、月の光みたいだ。揺るがない光。静かだけど凛としていて、芯があって、まっすぐで……強い。いつの間にか、目が離せなくなっているんだ。……そんな……」
そんな女性だという思いにたどり着いたとき、ふと視線をあげると、一つの宝石が目に止まった。
傾いた陽射しが差し込むオレンジ色に染まる店内で、そこだけがひときわ輝くように、彼の目を惹きつけている。今までその宝石はそこにあったのか、気づかなかった。
「店主……あれ、は……?」
レイファスが吸い寄せられるように向ける視線の先に、マダム・ビジューも目を向ける。
そこにはオレンジの柔らかい光に包まれるように、アンティークの鈍い金製の台座に下げられた耳飾りが、深く碧く静かに輝きを放っていた。
買い主が宝石を選ぶように、宝石も主を選ぶことがある。
とくに“ラポッシュ デ リュタン”のように、妖精の加護と魔法に満ち溢れたジュエリーショップでは、持ち主が現れるのを待っている宝石も珍しくない。
彼は惹き寄せられるように、深く青くきらめく耳飾りの前に立つ。濃紺のブルーサファイアの周りを小さなダイヤがキラキラと銀色に囲み、その下には小さな三日月の形をしたクリスタルがゆらゆらと輝きを放っていた。
派手ではないが、凛とした輝きと静かに存在感がある。ミツキを思わせる。
「その宝石もあなたに買われたがってるようだわね」
マダム・ビジューが後ろから声を掛ける。しばらく耳飾りを眺めていたレイファスだが、振り向くと満足そうに微笑んで言った。
「マダム・ビジュー。これを」
この宝石なら、傍にいてやれない自分のかわりに、彼女を守ってくれそうだ。
「じゃあ、包むわね」
マダム・ビジューがそう言うと、
「いや、いい。俺がつけてやりたいから」
と、レイファスは嬉しそうに笑って言うと、マダム・ビジューの手から耳飾りを受け取ると、隊服の胸ポケットへそのまま入れた。
顔面偏差値ハイスペックな騎士団長の満面の笑みを目の当たりにして、呆然と立ち尽くすマダム・ビジューに、「ありがとう」と右手を上げ、レイファスは屋敷へ急いで向かうべく店を出ていった。
やさしいオレンジ色の店内に残されたマダム・ビジューはようやく我にかえり、カウンターに座っていた緑の妖精と顔を見合わせ笑った。
「ちょっとぉ~!見たぁ~?今のほほえみっ!『いや、いい。俺がつけてやりたいから』…ですってぇ~!っんもぉ~最っ高じゃない!!」
化粧の派手な大男が、やだやだぁ~と身体をくねって喜ぶ。
ね~、と言わんばかりに、妖精も両手を口にあてて笑っている。
「騎士団長さまのあんな貴重な微笑みを見られるとは、ジュエリーショップをやってて良かったわぁ~。役得よね!まあ、ちょっと焼けるけど。ふふっ……」
マダム・ビジューは閉じたドアを眩しそうに見ながら言った。そして「うまくいくといいわね」と、やさしく微笑んだのだった。
これで『聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないのでお仕事します!』第一章は完結です。いったん、第一章で物語はいったんここで一区切りとなりますが、シリーズとして第二章へと続いていく予定です。
明日からは、第二章『聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないのでお仕事します!』【白銀の迷宮編】を公開予定です。
このさき続いていくであろうミツキの旅と恋の物語に、私も一緒に歩んでいけたらと思います。ゆっくりな、長い旅になりますが、これからもお付き合いいただけると嬉しいです。




