番外編 初めての贈り物 ②
昨夜のマリアンヌとの会話をふたたび、馬を走らせながらレイファスは思い返していた。
愛する人……ではないし、自分が贈ったものが、ミツキにとって格別になるかどうかは知らないが、大事な時に、傍にいて守ってやれない自分の代わりになってほしい。
せめて、身につけた彼女の励ましに、ほんの少しでもなればいい。
傍にいることは出来ないが、本当なら自分が傍にいてミツキを守りたい。
ふいに、胸がキュッとなる。
っ!?
これって、なんだっ!?
理由がわからないが……なんかモヤモヤする。
自分の代わりに耳飾りではなく、本来なら自分自身が傍にいて、守ってやりたい。
……ただ、それだけだ。他意はない。
なぜか焦って、自分自身にそう言い聞かす。
彼は火照った身体を冷ますかのように、馬を走らせた。
貴族たち御用達のアクセサリーショップ “ラポッシュ デ リュタン” はプルミエアムール通りにある。ここはお洒落な店が並ぶ、貴族たちのデートコースにもなっている。
そのような場所で、騎士団の仕事以外では、滅多に見掛けることのない、ランドルフ家の若き当主であり、顔面偏差値高スペックなレイファスが現れたのだから、周囲の好奇な目を引かないハズがない。
遊びに来ていた貴族の令嬢達に見つかると、すぐに騒ぎとなり、華やかな噂となって広まっていく。
「レイファス様が一人で、あの“ラポッシュ デ リュタン”へ入って行ったのよ」
「白馬を飛ばして乗り付けるご様子は、それはもう、素晴らしく素敵で、何人かのご令嬢がお倒れになったのですって」
「どこかの姫君に贈るアクセサリーを買いに来たらしいわよ」
「あのレイファス様に、恋仲の姫君が出来たんですって!?」
「まあ!!レイファス様が婚約されたの!?」
「そんな!いつの間にそんな女が!?どこの公爵家の姫君なのよ、それとも伯爵家っ?」
「どこかの国の王女様だそうよ」
「ええ~!そんなぁ。私達に勝ち目ないじゃない」
噂とは、尾ひれを生やしながら回り、戻ってきたときには、とんでもない話になっていたりするものだ。
あとで辟易することになるとは露知らず、レイファスは白馬から、ひらりと石畳の上に降りると、木製のドアを押した。
シャララララン……と、涼し気なベルの音を鳴らし店内へと入る。
薄暗い店内はステンドガラスの色とりどりの光が差し込み、落ち着いた優しい空気が漂っていた。他に客の姿はない。
コツ、コツ……
レイファスがブーツの踵を鳴らして一、二歩店内を進むと、さぁーっと金の粉がキラキラと舞うように、きらびやかにやさしい照明が灯った。
「いらっしゃいませ~」
女のような男のような低く、よく通る声とともに、店の奥から化粧の濃い女のような男の店主が出てきた。
「あらあぁぁぁ!妖精たちが騒ぐと思ったら、あなただったの!?レイファス・アエラス、ランドルフ!」と感嘆にも似た喜びの声を上げる。
「……マダム・ビジュー」
こう呼ばないと、怒られるのだ。本名はもっと男らしいのだが……絶対に、禁句だ。
彼は背の高い方であるレイファスよりもさらに背が高く、肩幅も胸板も分厚いマッチョな大男だ。
派手な明るい紫の服がピタリと身体のラインに沿って、ムチムチさを強調している。
店主の見た目はさて置き、ここに並ぶ彼がデザインしたアクセサリーはとにかく一流で、信じられないがとても繊細で、センスも非常に良い。
「あなたに呼ばれれば、お屋敷までお伺いしたのにぃ」
びっしりとマスカラを塗った長い睫毛をバサバサとさせて、嬉しそうに笑って近づいて来る。
レイファスは思わず、後退りして手で制した。
「わ、笑うと怖いから」
「え?なあに、何か言った?」
「いや、言ってない。なんでもない。急いでいたから、突然来てしまった。すまない」
「いいのよぉ〜。レイならいつでも歓迎するわよ♪」
機嫌がよい。
マダム・ビジューはマリアンヌの御用達でもあって、屋敷に出入りしていることもあり、二人はレイが子供の頃からの顔見知りだった。それに彼がこのようなキャラなので、レイも気を張らず、接することのできる相手の一人だった。派手な女のような格好をした大男だが、こんな見かけをしているが、根は優しく人の事をよく見ているのだろう、気遣いのできる男なのだ。
「で、今日はどのような御用で?」
マダム・ビジューはカウンターの向こうから、優雅に商人の顔で問う。
「え、ああ……その……」
慣れないことでどう切り出せばよいのか、つい口ごもってしまった。家族以外の女性にプレゼントなど初めてだ。
床の上に落とした視線を彷徨わせながら、長い指を形の良い唇に当てる。このままでは、なお一層言い出しにくくなってしまう。腹をくくって言うしかない!
レイファスは顔をあげた。
「じつはっ、耳飾りを贈りたい人がいるんだ!」
「っ!!ぷはっ!あっははははぁ~!!!」
レイファスよりもさらに大きな声でマダム・ビジューは吹き出し、ヒィーヒィーと身体をよじって笑いだした。
何がそんなに可笑しいのか解らない。レイファスはきょとんとしたまま、おかしすぎてたまらないと言わんばかりに笑っている大男を見つめた。
「あはは~!なあに、もう!子供のはじめてのおつかいじゃないんだから。そんな勢いよく言わなくっても。可愛すぎるじゃないのよぉ~!!」
涙目になりながら、ヒーヒーと苦しそうに笑っている。
つい、力を入れすぎてしまった。
「そんなに笑わなくっても……」
ああ、ほかに客がいなくて良かった。ふとカウンターに目をやると、緑の小さな妖精も店主と同じようにお腹を抱えて、足をバタバタと笑い転げていた。
……あ。…お前がいたのか。
「……笑いすぎだ」
そこで笑い転げる緑の小さな妖精は、どこかで見たことのあるやつだと思ったら、以前、ミツキが泣いた夜、城の中庭でルーセルとレイファスが話していたときに、傍にいた妖精だった。
「贈りたい相手は、レイがどこへデートに連れて行こうか悩んでいたお嬢さんかしら?」
「デートではないが、たぶんそうだな」
妖精とは、お喋りで噂さ好きだ。レイファスはマダム・ビジューの耳に入れた張本人である妖精をじとりと睨んだが、小さな彼女はまったく悪びれる様子もなく、フフンと鼻を鳴らして、得意げな顔をしている。
「今夜、舞踏会があるから贈りたいんだ」
「そりゃ、また急ね」
「俺も急で驚いてる」
「あら……」
マダム・ビジューは、まだ女性や恋の話など、浮いた話を聞いたことがない騎士団長の様子を窺い見る。
顔はいいのに、そちらの方面は無関心なのかさっぱりだ。
貴族の大人たちの中で、先急いで大人になろうとしていた彼に、ようやく依り所となるような、彼自身のままで居られる、そんな女性が現れたのだろうか……もし、そうなら嬉しい。
マダム・ビジューは視線を伏せると、ふっと口元を緩めた。
「じゃ、ここにあるものから選ぶしかないわね」




