第56話 月夜の告白
私は、ちょっとばかりオタクだということをカミングアウトしたあと、レイと一緒に城の屋上に並んで座り、夜空を見上げていた。
私たちの世界よりも少し大きく、まるい月が、今夜も出ている。星がいっぱいに散らばり、明るくて穏やかな夜だ。
いま私たちが座っているのは、城にある建物のひとつの屋上だ。高い場所にあるため遮るものもなく、城から遠く離れた場所までよく見える。場合によっては見張り台として使われることもあり、階下は兵舎になっているが、平時には人も来ない。
とくに、こんな穏やかな夜は、ここを訪れる者なんていない。
「お城にこんな場所があるなんて知らなかった」
「ときどきここにも来るんだ。ここは見晴らしもいいし、今は夜だから見えないが、天気のよい昼間は海も遠くに見える」
海……。
私はレイと一緒に彼の育った家の屋根から見た海を思い出した。
海の向こうの世界に憧れた少年は、ちゃんとレイの中に今もいる。
なんだか嬉しく思う。
「ここは、レイのお気に入りの場所?」
「まあ、そうなるかな」
さらりと、夜風が彼の前髪を揺らしていく。
「フフ…、レイは高い所が好きなんだね」
「は?」
レイは綺麗な眉の片方を跳ね上げて、私のほうを見る。
「子供の頃のお家でも屋根の上とか!」
カワイイ!ってそれは言わないでおくけれど……
「子供みたいに言うなよ」
あ、バレた?
不貞腐れたような顔をするレイがなんだか可愛くて、クスクスと笑ってしまう。
レイに初めて会った頃は、無口でクール。あまり笑わないし、あまりお喋りも好きじゃない。
顔面偏差値高スペックな完璧な顔が崩れることはほとんどなくて、いつも冷静沈着な近衛騎士団長って印象だった。だから、こんなふうに並んで座って、夜空を見上げられるほど、正直仲良くなれるなんて思わなかった。
けれど、二週間ほど一緒に居て、彼のことを知るとそうじゃないってことがわかった。私が、彼のことを知らなかっただけで、本当はいろんな表情が、レイにもあった。
子供時代はやんちゃだったとか、ホントは明るくて、楽しいことが好きで、家族や街の人たちとも楽しそうにお喋りもする普通の十九歳。
子供っぽくて可愛いところとか、弱いところもあるし、意外と熱いところもあって、泣いたり怒ったりもする。
アレク様やルーセルと接する姿は、まるで兄弟みたいで、セバスには少し甘えたところもあって、ランドルフ家の当主であろうと一人でいつも頑張りすぎてる。
レイって……。
こんなに近くに居て、彼のこと知れば知るほど……、
……好きにならない理由がない。
私が心の中で、彼の好きなところを数えていると、レイが夜空を見上げながら、ぽつりと言った。
「俺……」
「ん?」
横顔が、綺麗だな……。
「あんたに嫌われてるんだと思ってた」
ええっ!?……なな、なんで、そうなるっ!?
「……はい?」
私は驚いて彼を見た。声も思わず裏返ってしまう。
「ど、どうして、そう思ったの!?」
「だって馬車から降りるとき、エスコートさせてくれなかったから」
そう言って、レイは横目にすっと視線を私に向けた。
……あ。流し目は心臓に悪いからやめて?
私は彼の流し目に射抜かれて、ドキドキしながら、はじめてこっちの世界へ来た日の夜のことを、慌てて弁解した。
「違うよ!あれはすごいイケメンな人に、初めてそんなお姫様にするみたいなことされたから、びっくりして、どう対応していいのかわからなくて、タイミング逃して、手を取り損ねちゃったの」
レイがきょとんとしていたけれど、やがて立てた膝に置いた腕に顎をのせ、少し拗ねた顔をして、こちらを見る。
「え、じゃあ、俺の手は取らなかったのに、ルーセルの手を取ったのは?」
ん?ルーセル?
……そういえば。そんな雨上がりの朝があったね。
「ごめんね、レイに手を出されたとき、恥ずかしくてタイミング逃しちゃっただけで。私もあとですごく後悔したし、ずっと寂しかったよ」
肩をすくめて、私は謝罪のつもりで、本当の気持ちを言った。
「ほんとはね、レイにエスコートして欲しかった」
レイがびっくりした顔をして、目をまるくしている。少し頬が赤い。
あ!しまった……!ちょっと調子に乗って言い過ぎたかもっ
「あ、ごめんなさいっ。マリアンヌさんがいるのに困るよね。気にしないで」
私は愛想笑いをして、取り繕った。
「ん?マリィ?……って、なんで?」
「あの、彼女のこと今も好きなんじゃ……」
肯定されるのが怖くて、おそるおそる言った。
言葉にすると、やっぱり胸が痛い。
「ああ……、確かにマリィは初恋の人だけど、昔の話だよ。俺は子供の頃、貴族の中に入って、なんでも一人で頑張ろうとしてた。ここへ来た頃のあんたみたいに。そんな俺を心配して、俺に過剰なスキンシップと世話を焼きたがるところは、彼女の悪いクセだけど、俺もきっと心配かけすぎたんだろうなって思う。まあ、もともとスキンシップが、好きな性格でもあるのだろうけどね」
「そうなんだ……えっと、じゃあ、今は違うの?」
「ああ。子供の恋だよ。今の恋は違う」
「いまの、恋?」
私は驚いて彼の顔を見る。いま、誰かに恋してるの?
思いもしなかった。けど、そりゃそうよね……。
……それはそれで、ショックだ……
「さっきすごいイケメンな人って言ったけど、それって俺のこと?」
「へ?」
気持ちの整理がついていけていない私は、思わずまぬけな声を出してしまった。
「馬車のエスコート断られたすごいイケメンって、俺のことだよね」
嬉しそうにニコニコしている。
こんなに嬉しそうにしてるのに、本当のこと言うしかない。
「え……ええ、まあ」
「ミツキに言われると嬉しい」
「なんか、ルーセル化してるよ」
レイがズボンのポケットから、ブルーサファイアのピアスを出す。
「あ、それ……。レイが持っていてくれたんだ」
片耳のピアス。黒馬に託したあと、失くしちゃったかと思っていた。
「ミツキが……、いつ元の世界へ帰るかわからないから」
コバルトブルーの宝石がきらりと月の光に輝く。
「これからもミツキに持っていて欲しいんだ」
そう言って、レイが私の耳に付けてくれる。
彼のひんやりとした指先が、私の耳朶に触れてこそばゆい。また胸がドキドキと騒ぐ。
付けてくれた後も、なぜかレイはピアスに長い指で触れながら、切なげに見ている。
そんなふうにされたら……
そんな目をされたら……。
帰りたくない……、そう思ってしまうじゃない。
「向こうへ帰っても、俺のこと覚えていてくれる?」
「……もちろんだよ」
忘れられるわけがない。
レイの綺麗な瞳を見てると、今夜は素直になりたいって思う。
「私はね、レイに迷惑と思われてるのかな……て思ってた」
「なんで?」
「マリアンヌさんと恋人なのかなって、思ってたこともあるけど……、私は聖女様でもないし、綺麗でも、可愛いわけでもない。地味でなんの取り柄もないのに、ずっとレイにお世話になりっぱなしで、迷惑掛けちゃってごめんねって……いつも思ってた」
レイは深い蒼い瞳を揺らして、私の顔を見つめていた。そして、微かに吐息を漏らすと、私の肩を抱き寄せ、静かに私を抱きしめた。
「バカだな……。そんなこと思ったことないよ。ミツキ、あんたは自分のこと、もっと大切にするべきだよ」
それは、いつぞやの馬車の中で、レイが美月に言ったこと。
「あんたはいい子だよ。俺たちが知ってる」
すごく優しい声で言ってくれるから、なんか泣きそうになる。
レイは私の身体を離し、頬に手を添え私を上向かせる。
彼の綺麗な顔がすぐ近くにある。
「俺は、あんたに言ってないことがある……」
彼の吐息がかかりそうなくらい近い。くらくらして、私の呼吸が甘くなる。
――次の瞬間。私の身体に異変が起こった。
すべての実感が、ふっと消えていく。身体の重みも、ここにいるという感覚もなくなり、ふわりと軽くなった。
レイもすぐに気がついた。
そのときが来てしまった、私が元の世界へ帰る時間だ
なんで、こんなタイミング……
私の身体は、空へと上がっていく。
見ると、夜の闇の中に、黒い空間が出来ている。そこへ吸い込まれようとしていた。
「レイ!」
彼の伸ばした手を取ろうとしたけれど、私の手は透けてしまって、彼の手を抜けてしまった。
今回の穴は、私だけを飲み込もうとしていた。
レイも立ち上がり手を伸ばすけれど、もう二人の手は届かない距離にある。
「ミツキ、まだ伝えたいこと言ってない!」
「私も!レイに伝えたい……」
「必ず、また会いに行く」
「うん……」
また会って、今度こそちゃんと伝えたい
……あなたが好きって。
私は暗い穴へ飲み込まれた。




