第54話 戦いのあとで。キスのお相手は誰ですか!?
北の大魔法使いは、自身も大怪我を負って、ミレイユとともに姿を消した。
レイはあれだけの攻撃力を持った魔法を使ったのに、何もなかったように、私とアレク様の傍へ駆け寄ってきた。
「ミツキ!アレク!」
アレク様は、荒い息を肩で繰り返し、視線だけレイのほうへ向ける。もう、随分苦しそうだ。
「お前……、今まで隠していたのに……、やりすぎ、だ」
「ごめん。我慢ならなかった」
「……バカ、」
そう言って力なく笑みを浮かべたあと、アレク様はフッと意識を失った。
「アレク様っ!?」
「大丈夫、気を失っただけだ。けど、マズイな。血を流しすぎている」
アレク様の状態を一瞥したレイは、眉根を寄せて唇を僅かに噛んだ。
「それに、レイ。ほら!」
私は東の空を指差した。
深く青い空に、オレンジの光が随分差し込んで来ていた。もうすぐ朝日が昇る、ということだ。
「早くお城へ!」
「ああ……、そうなんだけど」
レイが何やら言い澱む。
「ここには翼竜で来たんだけど、スピード重視で小型なんだ。だから二人までしか乗れない」
あ……、そうか。
誰か一人は次の助けがくるまで、ここで待たなければならない。
レイは悩んでいるようだったけれど、そんなの決まっている。
「じゃあ、私が待ってる。アレク様のほうが重症だし、私はアレク様を抱えながら乗ったことのない翼竜に乗るなんて出来ないし……」
「ダメだ!」
レイはすぐに否定した。
「あんたを一人で置いていくなんて、出来ない」
彼がそう言ってくれただけで、嬉しい。もう十分だ。
私はゆっくり立ち上がる。ふらつかないように両脚に力を入れて、気合でまっすぐに立つ。
「私は、大丈夫。こうして立てるくらいには、まだ元気だから」
両手を広げて見せた。
「でも!!」
眉間に皺を寄せて、レイのほうが辛そうな顔をしている。
乱れた前髪から覗く蒼い瞳が真剣で、ひどく揺れている。
私は深く息を吸って、レイの顔を静かに見る。
「アレク様は、この国にとって、大切な人でしょう?今、いなくなったら、この国が大変なことになる。そんなの私もイヤ。それに、レイは騎士なんだから、アレク様を守ることが仕事でしょ?」
「……ミツキ」
「私のことは気にしないで。ほんとに大丈夫だから。私なんかより、ほら、早くアレク様を!朝日が出てきちゃう!」
心配かけないように、なるべく明るく言う。
レイは眉根を寄せて苦渋の様子だったけれど、小さく息を吐いた。
「……わかったよ。なるべく早く戻る」
そう言って、彼は胸ポケットから蒼いピアスの片方を取り出した。
目印の代わりにと、私が黒馬に託したやつだ。レイが持っていてくれたんだ。
レイは初めてこれを贈ってくれたときのように、私の空いた片方の耳に優しくつけてくれた。
「これは、お守りのかわりだから」
指先で触れると、月が揺れるのを感じた。
「必ず、戻ってくるから」
「うん……待ってる」
私は笑顔で答えた。
彼はアレク様を抱き、翼竜の背に跨って空へと飛び立った。
何度もこちらを心配そうに見ながら。
私は立ったまま、小竜の姿が見えなくなるまで見送っていた。
さすが、スピード重視というだけあって、あっという間に見えなくなってしまった。
しばらくの間、彼らが見えなくなった空を眺めていた。
……もう、いいかな
私は脱力すると、膝から崩れ落ちて、そのまま地面に仰向けに倒れた。
さっきより空が明るくなってきている。
アレク様は、大丈夫かな……
先ほどまで暗くて気づいてなかったけど、ここって色とりどりの花が咲く綺麗な花畑だったんだ。
私は空を見上げたまま、お腹の上で手を組んだ。なんだか気持ちがいいな……
こうしてじっとしていると、さっきまで痛かった身体のあちこちの痛みが、和らいでいくような気がする。
目を閉じると、このまま眠ってしまいそう……。
私、聖女様の召喚を邪魔しちゃって、誤ってここに来てしまったけど、少しはみんなの役にたてたのかな……
地味でオタクで腐女子なモブなりに、なかなか頑張ったよね、私。
どうやら私は眠ってしまっていたようで、次に目を覚ましたとき、そこは陽のあたる綺麗な花畑だった。
私はゆっくり身体を起こす。不思議と、身体のどこにも痛みは、まったくなかった。
何気なく向こうを見ると、死んでしまったはずのパパとママが立っていた。
「……ママ、……パパ?」
まだ私は夢を見てるのかな。
それとももう一つの世界だから、ここでは亡くなった両親にも会えるのかな!?
私は嬉しくて、少し離れた所に立つ二人に向かって、
「パパ!ママ!私、頑張ったよ!」
手をぶんぶんと振りながら、大きな声で言った。
久しぶりに両親に会えて、年甲斐にもなく甘えたくなる。
夢か現実なのかわからないけど、ここはとても心地よい。
さっきまでの恐怖と痛みが嘘みたい。あの気の張り詰めた戦いが、夢だったかのように思える。
「私、ドラゴンや大魔法使いと戦ったんだよ。怖かったけど、いつも逃げてばかりじゃいけないって、勇気を出して頑張ったよ。それにね、ここに来て仲間もたくさん出来たの!」
ママが嬉しそうに微笑んで「そう、よかったわね」と言ってくれた。
パパが「頑張ったんだね」と笑って頷いてくれた。
そう言って褒めて欲しかったんだと思う。自分を認めてもらえたような気がして。
なんだろう……、子供の頃に戻ったみたいで、とても懐かしい。
私が二人の傍に駆け寄ろうとすると、誰かの声が私を呼び止めた。
「ミツキ!行くな!」
え?誰?……聞き覚えのある男の声なんだけど。
「戻ってこい!」
戻って、来い?
私は後ろを振り返り、私を呼び止めるのは誰なのか、見ようとした。
でも、差し込む光が眩しくて、その人の顔が誰なのか、影になっていてよく分からない。
「うーん……、ちょっとパパとママにもう少し会ってくるだけなんだけど」
私がパパとママの方を振り返ると、二人は向こうで、微笑んで待っていてくれている。
「あとでこっちに戻って来るから、少しだけ」
私が両親のほうへ行こうとすると、誰かわからないその人が、私の手首を強く掴んだ。
なにをそんなに慌てているの?どうして、そんなに必死なの?
私は不思議に思って、私を引き止める男が誰なのか確かめようと、私より随分背の高い位置にある男の顔を見上げるのだけど、なぜかその部分が誰なのか、はっきりと分からなかった。
「え、でも……」
困ったな……て、私が思っていると、その人がいきなり私の頬を両手で挟み、上を向かせた。
そして、キスをしたのだった。
ええっ!?
私っ、キスされてる!?
ファーストキスなんですけどっ!
なのに、肝心な顔がわからないって、どういうこと!?
深く口づけられて、まるで熱が注ぎ込まれているようだ。身体に熱が流れ込んで、あたたかい熱が全身駆け巡っていくみたい。
こんなに情熱的なキスをするのは、いったい誰なのですか!?
キスの相手が誰かわからないなんて、悔しすぎる。
これはいったい誰なのか、確かめなきゃ!!
私が強くそう思ったところで、私の記憶は途切れた。




