第51話 対決➁ 北の大魔法使い
ミレイユが手を振り上げ、瞬時にこちらへと攻撃魔法を放つ。
私がハッと気づいたときには、複数の鋭利な氷の破片がこちらに向かって飛んできていた。
「気を抜くな!!」
アレク様の鋭い声と同時に、私は強く彼の腕の中に抱きしめられていた。
鋭いものが突き刺さる鈍い音がいくつもする。
「うッ……」
アレク様の小さく呻く声がした。
え……
そんな……
私は信じたくないけれど、私の身体にアレク様の身体がのしかかってきて理解する。
咄嗟に支えようとする私の腕の中で、彼の身体が崩れ落ちていく。
「アレク様っ!!」
地面に崩れ落ちる彼の身体を抱きしめた。
背に刺さった氷の破片はすぐに溶けて、流れた血の痕だけが残る。
「そんな!どうしてですかっ!?」
アレク様の顔は蒼白で、いつも綺麗な空色の瞳はきつく閉じられていた。
「やだ!アレク様っ!!なんで!?なんでですかっ!?私なんか、庇って……」
私はアレク様を胸に抱きしめて大きな声で叫ぶ。
「お願いです!死なないでっ!あなたはこの国の王様になる人なんでしょ!?私のためになんて、ダメですっ!ねえ、アレク様っ!!」
「……う、うるさい……頭の上で、叫ぶな……」
アレク様が眉根をきつく寄せながら、うっすらと目をあける。
「あ……、よか……た」
私は泣きながら、アレク様の髪に顔を埋めた。
本当に、良かった……
「……だか、ら、気を、抜く、な……、」
そうだった!!
私は言われて、ハッと顔を上げる。
再び、ミレイユが右手を上げているところだった。
私は、咄嗟に白銀の力に守るよう念じる。
まばゆい光の大きなシールドが盾となり、ミレイユから放たれた氷の破片をすべて弾き飛ばした。
「アレク様、ちょっと失礼します」
そう言って、彼をそっと地面に横たえると、アレク様の前に進み出る。私はまっすぐにミレイユを睨みつけ、彼女と対峙した。
もう彼女から逃げない。
彼女からは強い怒りを感じる。薄い紫の瞳が鋭く私を睨みつけてくる。
でも私にだって、守りたいものがある。
大切なものがある。
聖女ではないけれど……。
お節介で間違って来てしまったけど……。
モブで地味でヲタクな腐女子だけど……、
そんな私にだって、やらなければならない時がある!!
私は再び右手に、白銀の弓を出現させた。
ミレイユもまた、私を睨みつけたまま右手をゆっくり上げる。
私は彼女に矢の焦点を合わせて、ギリリ…と弓を引く。
もう彼女から目を逸らさない。
ミレイユの手から光が放たれるのと同時に、彼女に向けて白銀の矢を放つ。
体中の力を集めて、渾身の思いを込めて。
「いっ、けぇぇぇーーーーーっ!!」
白銀の矢は、白くまばゆい光を放ちながら一直線に突き進み、真ん中で双方から放たれた光が激しく衝突した。
二つの閃光は、バチバチと激しい光の火花を散らすようにぶつかり押し合いながら、やがて、白銀の光がミレイユへと届く。
彼女が悲鳴を上げた。
白銀の矢は、彼女の右肩を射抜いていた。
「おの、れ……」
白銀の矢はすっと消えた。彼女が右肩を抑えると、そこから血がドッと流れ出す。
もう魔力を使い果たした彼女はふらふらとして、立っているのもままならないようだった。
口からも一筋の血が流れる。
「お前ごときなんかに……どう、して……」
私も肩で息をして、立っているのがやっとだった。
ミレイユはそのまま膝から崩れ落ちた。
けれど地面に倒れ伏すところを、抱きとめた者がいた。
黒いフードを目深に被り、はっきりと顔は見えない。
全身黒ずくめの長身の男。
「イ、ヴェール、さ、ま……」
ミレイユは抱きとめられながら、縋るように師匠の顔を見上げた。
「もうし、わけ…、あり、ま、せ、ん……」
そう言うと、彼女は気を失ってしまった。
イヴェール様!?
ミレイユの呼んだ名に、ぎょっとする。
それって……北の大魔法使いのことよね。
今、目の前にいる男がそうだというの?そんな者が現れただなんて、恐ろしくて息が止まりそうになる。
目深にフードを被っているせいで目は見えないが、形のいい顎のラインと形のいい口元はわかる。ミレイユをちらりと一瞥したように見えた。
「馬鹿な女だ。お前ごときが勝てる相手などではない……」
深く低い声。
そう言ってイヴェールはこちらを見る。目は見えないのに、ゾッとする。
視線だけで射抜かれるようだった。身体が強張って、指一本動かせない。
「ミ、ツキ……、逃げ、ろ……、そいつ、は……ダメ、だ……」
私の後ろから、アレク様が言う。地に伏せながらも起き上がろうとするけれど、彼にはもう、身体を起こせるだけの力も残ってはいないようだった。
私だって、逃げたい。ただ彼は立っているだけなのに、威圧感がすごい。
……でも、……だけど、
「アレク様を置いてなんて、行きたくないです。逃げるときは、一緒です」
「まだ……、そん、な、こと……」
「なんとかここは守ってみせます。だから……!」
私はそこで言葉を切る。深く息を吐いた。
……大丈夫だ。
「……だから、アレク様は王様になってください」
「っ、待、て……」
アレク様が慌てている。私のこと、心配してくれてるのかなって思うと、それがちょっと嬉しい。
「私より、アレク様を待っている人がたくさんいるんです」
「ま、た…、おまえ、は……クソ……」
いま、私のために、まだ起き上がろうとしてくれている。
そう、アレク様はきっと良い王様になれる。そんな王様を城だけでなく、街にも待っている人がたくさんいる。
東の空がオレンジに染まり始めている。
マズイ……、朝が来る。朝日が昇ってしまったら。
急がないと……。
きっと誰かが黒馬に気づいて、ここへ来てくれるはず。それまで耐えるんだ!
私の考えを見透かすように、北の大魔法使いはくつくつと気怠げ笑った。
「ぁあ……。そう言えば。城で俺に歯向かってきた紫アタマの男がいたなぁ」
ルーセルのことだ!北の大魔法使いは、城にいたんだ。
だからアレク様が捕まって、イヴェールがルーセル達を足止めしてる間に、ミレイユがアレク様を連れ出しここまで逃げたんだ。
じゃあ……、ルーセルは?
不安と恐怖で、うまく息ができない。
「助けなら期待しないほうがいいぞ。殺しはしないでおいてやったが、まあ、今頃はどうかな。運がよければ生きているだろうが」
どういうこと!?そんな、ルーセルが……
きっと大怪我してるんだ。
北の大魔法使いは、片手にミレイユの身体を無造作に抱えながら
「まあ出来の悪い弟子とは言え、一応これでも居なくなったら、身の回りの世話をするやつが居なくなって困るんでね。世話になった礼はしないとな」
軽い無駄話をするように言うと、北の大魔法使いは気だるげに右手をあげた。
「さあ、踏ん張るがいい。お前の力を試してみようか、白銀のものよ」




