第50話 対決① ドラゴンとミレイユ
私達は木々の生い茂るヒスイの森を抜けて、開けた場所に出た。
どうやらそこは広い野原のようだった。
視界には、建物の影一つ見えない。
空を見上げると、ドラゴンの姿はもう見えなかった。けれど、ヒスイの森の精霊にはドラゴンの行き先がわかる様子で、今も進むスピードを緩めることなく、跳ぶように野を駆け続ける。
やがて、ヒスイの森の精霊の脚が止まった。
いつのまにか空には明るい月はなく、深く濃い青になっていた。もうすぐ夜が明ける。
「娘よ。着いたぞ」
ヒスイの森の精霊の首に埋めるように伏せていた顔を上げると、目の前にドラゴンとその隣にミレイユが立っていた。
そして、少し離れたところに立っているアレク様の姿がある。
よかった!生きてる……
「アレク様っ!!」
慌ててヒスイの森の精霊の背中から、滑り降りる。
「ミツキっ!?」
驚いた様子でアレク様が振り返り、私の名を叫んだ。
私は慌ててアレク様の傍に駆け寄る。
「大丈夫ですかっ!?」
見ると、アレク様は身体のあちこちから血を流し、ボロボロで痛々しい姿だった。
「どうして来たんだっ!バカなのかっ!?」
彼は目を剥いて、声を荒げた。
いつもの綺麗な顔は血と泥で汚れ、白いシャツも破れてすでに乾いた血がところどころにこびり付いている。ずいぶん血を流しすぎてしまったのだろうか。顔色もひどく悪い。
「そんなのっ、連れ去られる姿を見たら、追いかけるの、当然じゃないですか!」
彼が生きていたことに安堵してなのと、あまりにアレク様の痛々しい姿に、思わず涙目になってしまった。
「娘。ワタシがしてやれることはここまでだ」
私たちの後ろで、ヒスイの森の精霊が静かな声で言った。
「はい。ありがとうございました、ヒスイの森の精霊」
そう言って、私は丁寧に頭を下げてお辞儀をした。
ヒスイの森の精霊は、そのままスッと姿を消した。
「へえ~、森の精霊まで手懐けるとは。なかなかやるじゃない」
ミレイユがフンッと鼻を鳴らす。
「手懐けたわけじゃないわ。困ってた私を助けてくれただけ」
そう、ヒスイの森の精霊は気高いから、子どもをほんの少し助けた私に恩返しをしてくれた。
「ほんと、あんたにはイライラしちゃうわ」
ミレイユは肩に掛かった長い赤茶色の髪を煩わしそうに手で払う。
「あんたのような地味でモブにしかなりえないような女が、白銀のですって?でなければ、イヴェール様もあんたなんかに興味持たなかったのに」
腹ただしいとでも言うように、ミレイユは薄紫の瞳を細めて私のことを、睨みつけていた。
「お前たちの狙いはこの俺のハズだ。こいつは関係ないだろう」
アレク様が私を自分の背に庇う。
「煩いわよ、王子様。それがね、そのモブにも用があるのよね」
え、私!?
「どういうことだ」
ミレイユは薄い口元に冷たい笑みを浮かべて、右手を上げて人差し指をこちらにサッと向ける。
瞬間、地面に転がる小石がいくつも浮かび上がり、勢いよくこちらへ飛んできた。
腕で庇うアレク様に鈍い音を立ててぶつかり、それらは足元にバラバラと落ちた。
咄嗟に、彼は私に石が当たらないように、その背に庇ってくれていた。
「アハハ、力が使えないって本当のようね。こんな子ども騙しのような魔法も防げないなんて。そんなやつがこの国の王太子とは笑えるわ」
ミレイユを睨みつけるアレク様の白い頬から、小石で切ったのか一筋の血が流れる。
「もうすぐ夜も明ける。イヴェール様もここへやってくる。でも、そうね、別にお前たちを殺すなとは言われたけれど、どんな状態でとは言われてないものね。煩いから少し遊んでみてもいいかしら」
ミレイユがそう言うと、隣りにいたドラゴンに手で合図をした。ドラゴンがグルルルと喉を鳴らし、のっそりと立ち上がった。
「ミツキ……」
私の目を見て、アレク様が静かな声音で言う。
「俺は丸腰で剣もなく、このとおり我が身を守る魔力もない。だが、お前には白銀の弓があったな」
「はい」
アレク様が私の右手首に手を添わせる。
「いま、出せるか?」
「やってみます」
私は静かに息を吸い込み、強く願う。
お願い……白銀の姫、私たちに力を貸して……
右手首にまばゆい光とともに金色のブレスレットが現れると、私の左手の中に弓が、右手に矢が握られていた。
ふっ…、とアレク様がやわらかく笑った。
「上出来だな」
そう言って、彼は私の背後にまわると、私の右手と左手に自分の手を重ねる。
「俺には情けないが力がない。だから、今はお前の力を貸してくれるか?ミツキ」
こんなに優しくて、力強く感じるアレク様は初めてだ。
「はい、アレク様」
私にはなんでも出来るような気がした。
「俺には力はないが弓をひく技術はある。お前は念じてお前の白銀の力で、アイツを仕留めるんだ。いいな」
「わかりました」
「俺が合図したら、願いを込めて矢を放て」
「願いを込める……はい」
「……ミツキ、お前なら出来る。俺を信じろ」
アレク様は私の後ろに立ち、弓と矢を持つ私の手に自分の手を添える。そのまま私は弓を構えて、矢をギリギリと引いた。
咆哮を上げたドラゴンが、こちらへドスンドスンと地響きを立てながらこちらへ向かってくる。
まるで私たちを今からいたぶることを楽しむように、真っ赤な口から涎を垂らしゆっくりと近づいてくる。
怖い……
「恐れるな。まだだ」
震えそうになる手を、アレク様の手のぬくもりが支えてくれる。お蔭で落ち着くことができた。
深く呼吸を繰り返す。
その間もドラゴンは近づいてきて、私達の目線も少しずつ上ってくる。
ドラゴンが再び咆哮を上げた。矢の先に真っ赤な口の中が見えた。
「今だ!!」
アレク様の合図だ。
私達は絶対に勝つ!
私は矢を放った。
ビュン—
矢が鋭い音を立てて手を離れ、ドラゴンをめがけて飛んでいく。
矢は、まばゆい白銀の光を放ち、鋭い一本の閃光となると、そのままドラゴンの真っ赤な口の中へと、まっすぐ突き進んでいった。
ドラゴンの喉の奥に矢が突き刺さった。
ドラゴンが口を閉じた一瞬、辺りは暗くなり、しんと静かになる。次の瞬間、ドラゴンの中から強い閃光が破裂して、ドラゴンが口を大きく開けて空を仰いだ。耳をつんざくような、悲鳴のようなものすごい咆哮。立ち上がって仰け反ると、そのまま、ずしん、と地響きを立てて倒れ、動かなくなった。
「キャアアァァァァァッ!!」
ミレイユが悲鳴をあげ、ドラゴンに駆け寄る。
「ちょっと!目を開けなさいよっ!」
悲痛な叫び声。
ミレイユにとって、このドラゴンは大切な存在だったんだ。
それは、きっと友達や家族のようなものだったのかも知れない。
彼女の悲痛な叫び声が、耳に残る。
そのことに囚われて、彼女の動きに気づかなかった。
「お前だけは許さないっ!」
私の反応が一瞬、遅れてしまった。




