第47話 ダンスはローストビーフではじまる
……私?
口に入りきれなかったローストビーフを口にくわえたまま、とりあえず後ろを振り返ってみた。
なんと、そこに立っていたのは、白馬の王子様のように王子のアレク様だった!!
なな、な、なんで、ここに、王子様ぁっ!?
アレク様は口元に浮かべていた笑みを、一瞬ヒクッと引き攣らせた
……いま、吹き出しかけました?
口に加えてしまったローストビーフを、途中で口から出すわけにもいかず、私は口の中に放り込んだ。
もぐもぐもぐ……
「すげぇ……全部食べた」
小声だけど、地が出てますよ?アレク様……
もぐもぐしながら立っている私の傍に、いつのまにか正装したタリアンさんがスッとやってきて、私の手から料理ののったお皿を受け取ってくれる。
「バカか、お前は……食い意地の張ったカピバラのようだぞ」
いやいや、アレク様の声かけるタイミングが悪いんですよ
てか、食い意地の張ったカピバラなんて見たことないし。
と、言い返したいところだけど、フロア中から視線を集めていることに気がついて、そんなことは恐ろしくて言えない。
ルーセルは、少し離れた向こうのほうで、口元を手で隠しながらも肩を揺らしている。
あれは声を殺しながら、絶対大笑いしているよね!?あとで文句言ってやる……
私はタリアンさんから渡されたナフキンでササッと口元を拭くと、彼は当たり前のようにそれも受け取ってくれた。
ああ、同じ兄弟でもこんなにも違うんですね……
「これは失礼しました。席のほうから、レディの可憐なお姿が見えたので、つい、心が逸って声をかけてしまいました。お赦し下さい」
アレク様は胸に手をあて、少し頭を下げた。
……絶対、これっぽっちもそんなこと思ってないですよね?
それより、皆さんの視線を集めてしまって辛いんですけど、このあとどうしたら……
「レディ、私と踊っていただけませんか?」
うわあー!!無理なんですけど!?
嫌です!!
思わず断りの言葉が出てしまいそうになったけれど、レイが頼んでセバスチャンが私のために特訓してくれたのだ。
ここは、やっぱり断れない……
それに、ここで王太子の申し出を断るなんて、許されるわけない……ですよね。
「……はい、よろこんで」
断りたい気持ちを押し込んだ私は、アレク様に手を引かれて、フロアの真ん中へ移動する。
注目される中、足がもつれないように歩くのに必死だ……
アレク様が胸に手をあて、優雅にお辞儀をする。
私がおそるおそる右手を差し出すと、彼がにっこり笑って私の手を取り、手の甲にキスをした。
唇はほんの軽くしか触れていないのだけれど。かなりドキドキしてしまった。
曲が流れると、彼はグッと私の腰を引き寄せて、ダンスを始める。
レイの優しいリードとはまた違って、彼のは少し力強いリードだったけれど、嫌な感じはまったくしない。レイと踊ったときも踊りやすかったけど、こうしてアレク様のように引っ張ってもらうのも踊りやすく感じた。
私が周りの目を気にしているのが彼に伝わったのか
「周りが気になるのなら、俺だけを見てろ」
と小声で言ってくれた。
俺だけをって……
相変わらず、俺様……。
アレク様の顔を見上げると、彼の瞳がシャンデリアの光を受けて、キラキラときらめいて綺麗だ。
今は優雅で物腰の優しい白馬の王子様のようだけれど、その瞳の奥にあるのは、やっぱりいつもの意志の強いアレク様に見えた。
けれど、不思議とそれが嫌だとは思わなくて、むしろ嬉しく思えるのは、どうしてなんだろう……
「ドレス、似合ってる」
ふいにアレク様が私にだけ聞こえるように、話しかけてきた。
アレク様の足を踏んでしまわないか必死で、あまり話してる場合じゃないんですけど。
「俺の見立てだ」
「あ…、ありがとうございます」
アレク様は嬉しそうに笑った。
「お前の黒髪って、空色に似合うのな」
思わずドキッとして、ドレスの裾を踏んでつんのめってしまった。
アレク様がくっと腰に回した手に力を入れてくれて、何もなかったように支えてくれたけど。
急にそんなこと言われたらドキドキしてしまうじゃない。
意識すればするほど、心臓の音が早くなる。
どうしよう……私、顔紅くなってないかな。
そんな私の動揺に気づいてか気づかないでか、アレク様が耳元に顔を近づける。
「その耳飾りは、レイからの贈り物か?」
「えっ?」
驚いて止まりそうになった私を、アレク様がぐいっとリードしてくれる。
「お前はほんと、わかりやすいな」
「あ、あの……」
なんで、わかったの?
「なぜ、わかるのかって?アイツの瞳の色と同じだから。勘だ」
「勘……」
「まあ、カマかけたつもりだったが、お前の反応で確証になったけどな」
「…………」
こうして私の、王子様と舞踏会で踊るという、おそらく人生で二度とない夢のような時間が過ぎていった。




