第18話 壁ドンされました
執務室を逃げるようにして去った後、私はすぐに仕事部屋に戻る気分になれなかった。
誰かに会っても、いつもの私でいられる自信がなくて、庭に面した回廊をトボトボと歩いていた。
すっかりあたりは夜闇に包まれて、人影はまったくない。
私を隠してくれるから、ちょうどいい。
私、どうすればいいんだろう……
私だって、こんなところ来たくて来たんじゃない。
聖女様の代わりなんて、どうしたって無理だし、来たくなかった。
このまま二週間、ここにいるの……辛いな……。
泣いてしまいそうだ……
すると、いつの間にかあとを追いかけてきていたのか、レイに見つかった。
どうしたらよいのか分からなくて、私は足早に行こうとしたけれど、すぐに追いつかれてしまった。
「オイッ、待てよ」
声とともにグイッと強く腕を掴まれて、私は足を止めた。
少し彼の息が荒いのは、私のこと探して、走って追いかけて来たのだろうか。
「な、なんでしょうか」
思わず、声が固くなってしまった。
私は彼から視線を反らしたまま、身体を彼のほうへ向けた。
彼の顔を見ることが出来ない。
「………………」
「あの、用がないなら離してくれませんか」
「そんな顔してるのに……」
低く静かな声だった。
「一人で行かせられるわけないだろう」
「っ!?」
どうして?そんな優しい声…………。
ダメ、もうこれ以上、自分が情けなくて、悲しくて泣いてしまいそう。限界。
「もう、放っておいてください!」
私は上擦った声で叫ぶと、彼の腕を振り解こうとした。
でも。
ダンッ―
私の行く手を遮さえぎるように、彼はもう片方の手を、私の目の前の壁についた。
私は壁を背に、彼の腕と壁に閉じ込められて、嫌でもレイの顔を見上げる形になてしまった。
壁ドンだ―
こんなシリアスの場面で、そんな言葉が出てくる自分が、なんとも悲しい。
耐性のない私は、いきなりの壁ドンとイケメンの至近距離に、もう何が何やらわけが分からなくなってしまった。
「敬語はなし、て言った」
彼は至近距離を気にするふうでもなく、いきなりそんなことを言ってきた。
「はい?」
そう言えば、出会った初めての夜、馬車の中でそんなこと言ってた……。
「もっと俺を頼れ」
「っ、…………」
「そんな顔してるのに、あんたはなんで、いつも笑うんだよ」
「え……」
「辛いなら、無理して笑うなよ」
「なん、で、……そんなこと、言うの?頼れ、だなんて」
「……俺にも責任がある」
月明かりを映した彼の紺青色の瞳は、透き通って綺麗だった。
「……そんなことっ、できるわけないじゃない!」
つい感情が溢あふれて、言葉と一緒に涙が一筋、頬を伝ってこぼれ落ちた。
「レイに言ったって、あなたに頼ったって、聖女様じゃない私がここに来てしまったことは変わらない!私なんかが聖女様の代わりに、なれるわけもないのに!私は帰ることの出来る時まで、ただ、ここで待つしかない。みんな困っているのに、私なんか何も出来ないのに、でも私が来てしまった。私が……、私なんかが、ここにいる事実は、どうすることも出来ないでしょう!?」
レイは何も言わなかった。ただ、悲しそうに私の顔を見つめた。
私、ほんと最低だ。これじゃ、ただの八つ当たりよね。
彼は、私のことを気にしてくれて、助けてくれようとしたのに……。
俯くと涙が溢こぼれたけど、もういい。
言ってしまった言葉は、取り消せない。溢れ出した涙も止められない。
「……手を、どけてよ」
そう言って、レイの腕をそっと押しのけると、私はその場に彼を残し、走り去った。




